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第133話 ガーッ!といってドガーッ!

「お父様、ただ今戻りましたわ!」


 サーシャ、クリスさんとともに、急ぎトラヴィス本宅へと戻った俺を迎えたのは、


「おう、サーシャにクリス、お帰り……って、にーちゃんまでここに戻ってきてどーすんだい? ああ、もしかしてうちに住むことに決めたのか? もちろん、にーちゃんならいつでも大歓迎だぜ?」


 眼鏡をかけて書類仕事をしている、特に変わらない様子のおっちゃんだった。

 さすが一大商会の主、割と大ピンチのハズなのに堂に()った落ち着きっぷりである。


「このような一大事に、お父様は何を悠長にトンチンカンなことをおっしゃっているんですの! だいたい書類仕事なんて後でよろしいではありませんか!」


「だから肩ひじ張らずにパパと呼べとだな……あとこれはこれで、俺の決済が必要な大切なお仕事なんだよなぁ……」

「そんなことよりも! 荷馬車が襲われたというのは本当なのですか?」


「そんなことって……まぁいいけどよ。その話なら本当さ、残念なことにな。ちょうどさっき本隊が帰ってきたところだ。まずは死者が出なかったってことを素直に喜ばねぇとな」


 いったん書類をデスク脇へと片づけたおっちゃんは、サーシャとの話を優先することにしたようだった。


「それで《シュプリームウルフ》が現れたというのは――」

「それもどうやら本当らしい。なにせ3メートルを優に超える大型の銀狼が襲ってきたそうだ。それ以外の線はまずないだろうな」

「そんな……どうして……」


「ま、そう言うわけでよ。今回はうちが用意できる最強の護衛部隊だったんだ。それでダメだった以上、さすがにもう諦めねぇといけねぇよ。これ以上やったら次は本気で死人が出ちまう。民のためという理念を掲げるトラヴィスが雇い人を浅慮で死なせたとあっちゃ、ご先祖様に顔向けできねぇからな」


「それでしたらご安心を――このわたくしが参りますわ」

「はぁ……バカは休み休みに言ってくれ。騎士団ともやり合えるメンツでもやられたってのに、お前が行ってどうなる? 被害がいたずらに増えるだけだ」


「心配いりませんわお父様。わたくしにはこれがありますもの」


 サーシャの言葉と同時に、クリスさんが恭しく弓を差し出した。

 白地に青の入った美しいフォルムには見覚えがあった、決闘の時にも使用していたサーシャの愛弓だ。


「護衛団ではもちろん弓も使いますが、主兵装は剣、槍、盾の騎士・戦士がほとんどですわ」


 そうか――!

「当然、本格的な戦闘となれば足を止めての接近戦をせざるを得ないってわけか」


「そういうことですわ。技術も練度も低い野盗相手には、それで大正解ですけれど」

「でも格上のSS級の《シュプリームウルフ》相手だと話は変わってくる――」


「はい、なのですわ。なので今回は仮想敵を《シュプリームウルフ》に絞り、直接的な戦闘は行いません。代わりに正確な弓の射撃でもって、我が方の足を止めることなく車上から《シュプリームウルフ》を牽制して逃げ切る、という作戦ですの!」


 ぺたんこの胸を大きく張りながら、ドヤ顔で作戦概要を説明するサーシャ。

 おっちゃんはというと、サーシャの説明を吟味するべくやや考え込んだ後、


「あー、やっぱりダメだ! それじゃ最後の難所をクリアできねぇ。森を抜ける最後の最後のところは、地形的に足を止めずに進むのは不可能だ。実際、今回もそこで止まったところをやられたんだからな。それによ、お前にもしものことがあったら、俺は――」


「お父様、心配していただきありがとうございます。ですが、このままでは東の辺境はスコット=マシソン商会に食い物にされてしまいますわ。民の当たり前の暮らしを守るためにトラヴィスの次期当主として! わたくしにはこの輸送を成功させる責務が――いえ、そうすべきという自覚がありますの!」


「サーシャ、お前そこまで……」


「幸いなことに、わたくしは武門であった頃のトラヴィスの血を色濃く受け継いでおりますわ。弓の腕前は今や辺境一の弓取りの呼び声高く……いえ、現在はセーヤ様がおられますので辺境二、ですけれど……」


 チラッとサーシャがこっちを見た。

 いや別にそこにこだわる気は、全然ちっともないんだけどね?

 それよりも可愛い女の子にチヤホヤされてモテたいです。


「――にもかかわらず、ここで身体を張らなくてなにが名門トラヴィスでしょうか? それに今回はセーヤ様もおりますもの。百人力ですわ」

「サーシャ、トラヴィスの私事(しじ)に、にーちゃんを巻き込むんじゃ――」


「おっちゃん。その話ならもう終わったんだ。俺は俺の意思で仲間(ファミリー)であるサーシャを助ける。それにおっちゃんには給料に色も付けてもらった恩義もあるしね」


「ファミリー?」

「ええ、セーヤ様はもう、その……婚約者(ファミリー)なのですわ……ぽっ」


 ん?

 サーシャはなんで、そこで恥ずかしそうに頬を朱に染めるんだ?


「お父様も、それでよろしいですわね?」

「いや俺は別にそれにどうこういうつもりはねぇんだが……なんていうか微妙にボタンの掛け違いがあるような気が、しなくもないというかだな……?」


 おっちゃんはどこか同情するような視線でもって、俺の方を一瞬チラッと見やると、


「……まぁいい。クリス、筆頭格メイドであるお前の意見も同じか?」

「サーシャ様の理想を余すところなく体現してみせることこそ、私に与えられた唯一無二の使命であると心得ております」


「そうか……ならこの一件はサーシャ、お前に全て任せよう」

「あ、ありがとうございますわ、お父様!」

 黄色いバラが花開くがごとく、サーシャの顔がパァッとほころんだ。


「ただし一つだけ条件がある。必ず生きて帰ってこい。これは現当主であるマルテ・トラヴィスによる、決して違えることの許されない命令だ……サーシャ、絶対に帰ってくるんだぞ」


「トラヴィスの次期当主サターホワイト・マテオ・ド・リス・トラヴィスの名誉にかけて、必ず帰ってくることをお約束いたしますわ」

 サーシャが意気軒昂(いきけんこう)に言葉を返した。


「クリス、サーシャを守ってやってくれ」

「筆頭格メイドの誇りにかけて、必ずや主命を果たして見せましょう」

 クリスさんが優雅に一礼をした。


「にーちゃん、まずは自分の身を最優先にしてくれ。まずはそれが最低条件だ。その上でこの通り、どうかサーシャのことを頼む」

 いかつい両腕で、がしっと肩を掴んで懇願するように頭を下げるおっちゃん。

 娘を思う男親の気持ちが、これ以上なく伝わってきて。


「ああ、確かに頼まれた……!」

 この俺が、《神滅覇王(しんめつはおう)》にして《王竜を退けし者(ドラゴンスレイヤー)麻奈志漏(まなしろ)誠也が、全身全霊でもって必ずサーシャを守ると約束しよう――!


「なら、もう俺が言うことは何もない! サーシャ! お前なりのトラヴィスの貫き方で、いつもみたいにガーッ!といってドガーッ!と突き進んでこい!」

「はい、なのですわ!」


 こうして。

 俺、サーシャ、クリスさんによる、A5地鶏の精鋭輸送部隊が結成されたのだった――。

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