第132話 「ファミリー」
ディリンデンに戻るべく立ち上がったサーシャと、それを呼び止めた俺。
そんな二人の間に割って入ったのは、もちろんクリスさんだった。
「マナシロ様、これはあくまでトラヴィス商会の問題にございます。マナシロ様のお手を煩わせるわけにはまいりません」
サーシャに代わって、さくっと容赦なく断りを入れてくる。
でも、だ。
「クリスさんも知っての通り、俺はトラヴィス当主のおっちゃんとは知らない仲でもないんだぜ? しかも先だって《神焉竜》を撃退した救世主でもあるわけで。トラヴィス商会は東の辺境の顔役なんだろ? だったら、ちょっと話を聞くくらいはさせてもらってもいいんじゃないかな?」
「マナシロ様のご厚意は痛み入ります。ですが――」
「当主の知人で救世主のたっての頼みを、筆頭格メイドだからって無下に断ったりはしないよね? 俺の実力ってことなら、それこそサーシャがその目で見てよーく知ってるだろうし、決闘はクリスさんだって見ていたはずだ」
「マナシロ様の実力を疑うつもりもありません。しかしながら――」
「もし役に立てないなら、その時は素直に帰るからさ。だからこの通り! 俺も連れてってほしいんだ。大枚をはたいてくれたおっちゃんには恩義も感じてるんだ。何かできるなら力になりたいんだよ。な、頼むよ?」
「……申し訳ありませんサーシャ様。ご当主様との交友関係を盾にこうまで言われてしまうと、私が判断できる領分を少々超えてしまいます。つきましてはサーシャ様のご判断を仰ぎたく」
よし、おっちゃんを持ち出すことで、最大の難関であるクリスさんを突破したぞ!
……コネに頼ってるのがちょっと格好悪いけど!
「そうですわね……セーヤ様の仰ることはいちいちもっともですわ」
「オッケー。なら俺も連れていって――」
「ですが、それでも今回のことはセーヤ様には関係ありませんわ。あくまでトラヴィスのわたくしごとに、関係ないセーヤ様を巻き込むわけにはまいりません」
それは芯の強さを感じさせる毅然とした態度だった。
ほんと強い子だよ、サーシャは。
頑固、なんて言葉は失礼だな。
これが上に立つ人間の正しい在りかたなんだ。
だけどさ。
「関係ない、ね……」
「はいそうですわ。此度の一件で、関係のないセーヤ様のお手を煩わせることはありませんので、どうかご安心下さい」
関係ない、か。
まぁそうなんだけどさ。
でも――、
「安心なんてできるわけないだろ、関係ないから――嫌なんだろうが!」
「え……?」
俺の言葉の意図が解らなかったのだろう、サーシャがきょとんとした顔をする。
逆にウヅキはというと肘を曲げて脇を締め、握った両手をあごのあたりにもってくる、いわゆるがんばれ!の応援ポーズをとっていた。
これから俺が何を言うか、わかってるって感じだな。
ならその期待に応えるのが漢ってもんだろ!
そしておっぱいがぎゅむとっと両肘で寄せられて、世代最高峰のエベレストなおっぱいがその威容をこれでもかと誇示していたのだった……くっ、ごくり……おっぱい……おっぱい!
「……セーヤ様、意味深なセリフを言いかけて、なのに急にあらぬ方向を向いて口ごもってしまって、どうなされたんですの?」
はっっ!?
こんな大事な場面で、俺はよそ見してしまうなんて……!
くっ、なぜならそこに「エベレストっぱい」があるから……!
「こほん……まぁなんだ。俺は聖人でもなんでもないし、昨今もてはやされてる男気なんてもんも、悪いが持ちあわせちゃいない――でもさ」
俺はにやり、と不敵に笑った。
「女の子が危険な目にあうかもしれないって時に、関係ないからって座して待つだけの人でなしってわけでもないんだぜ?」
ラブコメ系S級チート『ただしイケメンに限る』がなければ絶対に言えないイケメン専用なセリフだった。
内心ちょっとドキドキなのは内緒だ。
「――っ! だから、セーヤ様には、関係ありませんわ!」
これは、脈ありだな……!
さすがS級チート『ただしイケメンに限る』、効果は抜群だ!
ならもう恐れるものはない!
「たとえ他人でも、仮に関係なくても。俺は俺の大切な人が不条理に押しつぶされるのを指をくわえて見ているのは、俺が、俺自身が嫌なんだよ!」
そうだ、俺には、俺の大切な人を助けるだけの力があるんだ。
俺はこの力を俺と、俺の守りたい人のために使う――!
何よりサーシャは超がつくほどの美少女なんだ。
ちょっと思い込みが激しいけれど、いつも一生懸命で努力家で、家名にすごく誇りを持っていて、先祖代々受け継いできた理念を率先して実現しようとしていて。
そんな頑張り屋さんで可愛いサーシャが困っていたら、ちょいと手を貸してあげたくなるのは、これは男なら当然のことじゃないか!
「だいたい、わたくしが危険な目にあうなどと、どうしてそんなことを言えますの?」
「サーシャのことだから、自分が先頭に立って輸送の指揮をとるつもりでいるんだろ?」
「――っ! どうしてそれを――」
「わかるさ。民とともにあるというトラヴィスの理念を、誰よりも体現しようとするサーシャだからな。護衛のスペシャルチームが敗北した以上、この任務はきっと誰も成し得ないだろう。となればサーシャなら自分の身を危険にさらしてでも、必ず先頭に立とうとするはずさ。違うか?」
「……違いませんわ。でも、それでも……それでも関係ない人を巻き込むわけにはいきませんの!」
「だから言ってるだろ! 俺と関係ないところで、大切な人が傷つくのが! サーシャが傷つくのが! お前が傷つくかもしれないってのが、俺はめっぽう嫌なんだよ!」
「ぁ――っ」
「だから頼む。俺をお前に関係させろ。俺にお前を関係させてくれ。俺は強いぜ? なにせ俺は、《神滅覇王》にして《王竜を退けし者》、今をときめく麻奈志漏誠也なんだからな!」
「セーヤ様には――関係ありません」
「サーシャ……」
どうしてわかってくれないんだ。
――そう言いかけたところで、
「だから今これから、この時点をもって、セーヤ様にはわたくしに関係してもらいますわ」
「サーシャ……!」
「セーヤ様、事ここに至っては、セーヤ様はもうわたくしの婚約者ですわよ? 金輪際逃げることは許しませんわ」
「仲間か、いい言葉だな。気に入ったよ」
ファミリーってのは、マフィア映画に出てくる「家族のような深い絆で結ばれた仲間」って意味だ。
もっとカッコよく言うなら、三国志演義に出てくる「桃園の誓い」あたりか。
ほんと、そこまで期待されたとあっちゃ、俺も本気の本気を出さないとな――!