第122話 上級国民のあるべき姿……
「だってお父様! トラヴィス家は由緒正しき七選帝侯の末裔ですわ! であるならば、名門に相応しい高貴なる名前を名乗るべきですの!」
「あのなぁ、うちが貴族だったのは何百年も前の話じゃねぇか……」
「例え何百年前であろうとも、この身が尊き血筋の流れを汲む以上わたくしにはノブレス・オブリージュ=高貴なる義務を内外に知らしめ実行する必要がありますの! そのための、まずは高貴なるサターホワイト・マテオ・ド・リス・トラヴィスというフルネームなのですわ!」
「おおっ、なんという意識の高さ……これが上級国民のあるべき姿ってやつか……」
俺ちょっと感心しちゃったぞ。
なんて思ってたんだけど、
「僭越ながらお嬢さま。私の記憶によりますと、とある物語のヒロインに憧れて『この素敵な名前を名乗りたいわ!』と仰り、そっくりそのままパクリ――失礼、お付けになられた名前でしたよね?」
「んがっ……」
鬼畜メイドさんの容赦ないツッコミを受けて、サーシャが潰れたカエルみたいな声を上げた。
じょ、じょうきゅうこくみんの、あるべきすがた……。
ねぇ、素直に感心しちゃった俺の純情を返してくれない……?
「ク、クリス……! なにを明け透けにばらしているのですか! あなたはわたくしの一番の味方でしょうに!?」
「もちろん左様にございます。だから故に、お嬢さまの可愛らしい一面をマナシロ様にも知っていただこうかと愚考した次第でございます」
クリスさんは全てを包み込むような慈母の瞳でもって、サーシャに語りかける。
「ご安心ください、お嬢さま。お嬢さまの御心はこのクリス、余すところなく察しております。この私めにお任せくだされば、必ずやお嬢さまに最良の結果をご用意するとお約束いたしましょう。今は大きく先んじているサクライ様にも、決して遅れを取らせはしません」
「! ああクリス……っ! あなたときたら本当に頼もしい限りですわね! さすが《約束された勝利のメイド》と評されるだけのことはありますわ!」
なにそのどこぞの騎士王のエクスカリバーみたいな二つ名を持ったメイドさんは……。
「……うん、やっぱこの人には逆らわないでおこう」
そんな俺の不安と困惑をよそに、
「よろしいですか、クリス。今の言葉、たがえることはこのわたくしが許しませんからね」
「もちろんでございます。トラヴィスの筆頭格メイドの栄誉にかけて、必ずやお嬢さまに勝利の美酒を捧げてみせましょう――」
固い絆を確かめ合った見目麗しい主従であった。
そしてクリスさんの強力な支援を再確認したことで、
「ということですわ、お父様!!」
ビシィッ!
すっかり立ち直ったサーシャが、お行儀悪くおっちゃんを指差した。
「ああもう、わかったわかった。人様に迷惑かけない範囲で好きにしろ。やれやれ、にーちゃん、こんな感じでちょっとばかし、思い込みの激しいところもあるんだが、親の俺が言うのもなんだが悪い子じゃあないんだ。仲良くしてやってくれるとありがたい」
「それはもちろん。こちらこそ仲良くしたいと思ってますから」
こんなに可愛くて、しかもお金持ち。
一生懸命な女の子で、ちょっと思い込みが強すぎる気もあるけれど、俺のことを崇めて(?)くれてもいる。
俺の輝かしい異世界モテモテハーレムのために、仲良くならない選択肢はないよね。
その後しばらくはサーシャがやたらに美化した俺の話をするのを聞きながら、美味しいブランチをいただいて。
今は食後の優雅なティータイムを満喫していた。
クリスさんの入れてくれた紅茶ってのが、これまた、
「美味しい――」
渋みや苦みが全くなくて、茶葉の持つ性能をこれでもかと引き出しているのだ。
この口内に広がる芳醇な味と香りときたら――今まで俺が淹れていた紅茶は、あれだ。色のついたお湯だったな、うん。
そしてサーシャがあることないこと説明してくれたおかげで、俺の素性はおっちゃんの知るところとなっていた。
「まさかにーちゃんがあの《神滅覇王》マナシロ・セーヤだったとはねぇ。そうならそうと一言、言ってくれりゃあいいのに。ったく、にーちゃんも人が悪いねぇ」
ピキーン!
時は来た!
時は来てしまった……!
俺はすっくと立ち上がると、
「ふっ、敢えて名乗るほどでもなかったからさ――」
なんてクールに宣言する俺ってば格好よくね!?
このセリフ一度言ってみたかったんだよな。
「なぜ敢えて名乗るほどでもないことを、今、敢えて立ち上がって言ったのでしょうか?」
鬼畜メイドさんが容赦ないツッコミを入れてくるが、気にしてはいけない。
ちなみに本当のところはというと、時給10万円に目がくらんで自己紹介をするのを完全に忘れていただけなんだけど。
それこそ敢えて言うことでもないだろう?