第100話 波間に浮かぶ小舟の扇
真なる決闘『波間に浮かぶ小舟の扇』の舞台として、馬車で揺られること東へ15分。
俺たちは海を臨む美しい真白な砂浜へとやってきていた。
んだけど――、
「たしか、距離は100メートルって聞いたんだけど?」
「小舟が少し沖まで流されてしまったようですね」
「どうみても150メートル以上……170メートルはあるように見えるけど?」
「申し訳ありません。全ては私めの失態にございます。いかようにも叱責は受けましょう」
「しれっとよく言うぜ……」
この超やり手のメイドさんが、そんな凡ミスをする訳がない。
二人とも失敗させることで、勝負を流すつもりが満々である。
当然、故意のはずだけど、俺にそれを証明する方法はなかった。
「……まぁいいけどさ。で、あの小舟にしつらえた赤い扇に、中てればいいんだな?」
「さようでございますね」
「できるものならどうぞ?」
って感じの挑発的な視線を向けてくるメイドさん。
まぁ普通に考えればこんなもん、中たるわけがない。
でも、俺って普通じゃないんだよね。
S級チートの真髄を、今からとくと見せてやるよ。
「じゃあ今度こそさっさと終わらせるか。先手番は俺でいいよな?」
俺は決闘相手たる金髪ちびっ子お嬢さまに声をかけたんだけど、
「たたでさえ海風はきまぐれに方向を変えますわ……。今は手前は右から左に、中間は左から右――、いえ手前から奥へと変わりましたわ……。奥ではうねるように風が巻いていて……。だめ、射線が読み切れない……。こんなもの、どうやって中てると言いますの――」
険しい表情でぶつぶつと独り言をつぶやいていた。
「ま、別にどっちが先でも構わないよな」
俺は先ほどと同じように、流麗な流れでもって矢をつがえると、
「南無八幡大菩薩、願わくは、あの扇の真ん中射させ給え――」
心に浮かんだ『力ある言葉』を詠唱する――!
この戦闘系S級チート『那須与一』を伝説へと登らしめた、屋島の合戦のエピソード。
この『波間に浮かぶ小舟の扇』は、まさにその逸話ものだ。
S級チートはただでさえ強力な存在だが、その由来と同じような条件が重なった時、S級チートはそのスペック上限すら超えた、伝説級の力を発揮する――!
精密射をするにはあまりに遠すぎる距離。
気まぐれに向きを変える海風。
波によって不規則にゆらゆらと揺れる小舟。
――だが、それがどうした?
悪いが、この種目を選んだ時点で俺の勝ちは約束されている――!
キーーーン!
極限まで集中力が高まった一瞬。
力強くも耳に心地よい弦音を残して放たれた、その神域に至ろうという一射は――、
気まぐれな海風に邪魔されることなく――、それどころかまるで海風に寄り添われるように風に乗って勢いを増すと――、
「的中ですの――」
吸い込まれるようにして、波間に揺れる小舟の扇の真ん真ん中を射抜いたのだった――。
完全に静まりかえったギャラリー。
「なんという神業、よもやこれほどとは――」
ふふん、見たか。
さしもの敏腕メイドさんも、動揺を隠しきれないみたいだな。
砂浜に寄せるザザーンという波の音だけが唯一、世界の音を支配していた。
ちなみにウヅキはというと、完全に見逃してしまったのだろう。
まだ一生懸命に、遠間にゆらゆらと揺れる小舟を凝視しては、まだかなまだかな?って感じで、ぎゅっと手を握りながら息をのんで見守っていた。
おいおいウヅキなんだよ、ほんとマジで可愛すぎるんですけど!?
「そういうわけで、どうだ? 俺は中てたぞ? さあ次は、お前の番だ」
「わ、わかっておりますわ……」
言って、金髪少女は波打ち際ギリギリまで近づくと、目を細めて小舟の上にしつらえられた扇をにらみつけた。
そして自分の弓を引きかけて――、いったん止め。
もう一度射線を読み直してから、また弓を引きかけて、再び止め――。
「く……っ」
答えの出ない迷路のような逡巡を、何度か繰り返したのち。
「ままよ――」
意を決して弓を引き絞る。
しかし高難度に加えて迷いに曇ったその射では、例え1000回放ったとしても、ただの一度も的中することはないだろう。
やる前から結果は見えていた。
今ここにはギャラリーも居て、当然、金髪ちびっ子お嬢さまの取り巻きも多数見ている。
ここでこいつに赤っ恥をかかせるのは簡単だが、それが更なる怒りへと繋がって結果的に逆効果になる可能性も捨てきれない。
となれば――、
「ったく、もう見てらんねぇな……」
なにより、ウヅキを苛める態度こそ許せないものの、一生懸命に弓術の研鑽を積んできたことが伝わってくる女の子を――、
しかもそれが超が付くほどの美少女なんだ――、
そんな子が自業自得とは言え、公衆の面前で恥をかかさせるのを見るのは誰よりも俺自身が嫌なのだった。
「なぁおい、そんなんじゃ中たるもんも中たらねぇぞ」
言って。
俺は狙いを定める金髪ちびっ子お嬢さまを後ろから抱きすくめるようにして、自分の手を、弓を引く少女の手へと重ねておいた――。
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