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第1話 「突然ですがあなたは死にました」

「突然ですがあなたは死にました」


 麻奈志漏まなしろ誠也、32歳。

 西日本のとある地方都市の、十把一絡じっぱひとからげでくくられる中小企業のヒラのサラリーマンだ。


 唯一特徴があるのは俺自身の才覚とは何の関係もない「麻奈志漏まなしろ」という珍しい名字だけ。

 1000人に自己紹介すれば、999人以上がはてなマークを頭に浮かべるであろうこの名字は、それなりに由緒あるものらしいが、残念ながら平凡以下の俺の人生においては悪目立ちした記憶しかない。


 学校のテストでも、俺が名前を書き終わったころには隣の人は既に1問解き終わってたりして、そのたびに損した気分にさせられたものだった。


 そんな取り立てて優れたものがない、年齢=彼女いない歴、右手が恋人の冴えないこの俺が、目覚めるといきなり美少女からそんな言葉を投げかけられたのだから、


「……えっと、ドッキリ?」

 何の面白味もないそんな答えを返してしまったのも、致し方のないことだろう。

 むしろ少し冷静になって考えてみれば、ドッキリを仕掛けられたことすら、


「すみません、相手を間違えました」

 とか言われそうなほどに、良い方に目立ったことが何もない人生を送ってきた俺である。

 ……自分で言っていて悲しくなるな。


 はい、この話はやめやめ!


「ドッキリではありません、あなたは死にました」

 美少女は繰り返す。


 よくよく見てみると、整った顔立ちは幾分か緊張に覆われており、どこぞの官公庁の制服のような真新しいスーツ姿は、スーツに着られる新入社員丸出しだった。


麻奈志漏まなしろ誠也さん、32歳。中小企業勤務。幼い頃に両親が事故でなくなり、父方の祖父母に育てられる。その祖父母が亡くなった後は天涯孤独。趣味は深夜アニメ鑑賞と読書かっこライトノベル。彼女なし、童貞」

「うん、間違いない、俺だ」


 人生まるごとドッペルゲンガーでもいなければ、この麻奈志漏まなしろ誠也なる人物は俺のことで間違いないだろう。


 でも最後の項目って必要なのかな?

 とってもセンシティブな個人情報なんですけど?

 それとも異世界のマイナンバー制度には、童貞か否かが記載項目としてあったりするのかな?


「ってなわけでして、本人確認がとれたことで――」

 美少女はこほん、と可愛らしくのどの調子を整えると、


「私は異世界転生を取り仕切る異世界転生局の、日本支部・関西地区担当のアリッサ・コーエンと申します。初めまして、麻奈志漏まなしろ誠也さん」


「どうも、はじめまして……」

 あまりに唐突すぎる展開を前に戸惑っている俺の心情なんて、どこ吹く風。

 アリッサ・コーエンと名乗った美少女は、つらつらと説明を続けていく。


「実は私、今回が初めての転生支援業務になりまして、至らぬところもあるかとは思いますが、元気・やる気・根気の3つの『気』でもって精力的に取り組みますので、どうぞよろしくお願いしますね」

 どうやら俺の見立てどおり、新人だったようだった。


「よ、よろしくお願いします……」

 いきなりのことについていけず、相変わらず凡庸な答えしか返せない俺。

 夢かな? と思って頬を捻ってみるが、うん、普通に痛いな。


「夢ではありませんよ」

 俺の所作を見たアリッサもそう言っている。

 ……どうやら俺は、本当の本当に死んでしまったようだった。


「それにしてもいきなりだな……ぶっちゃけ何で死んだかすら記憶にないぞ……」

 確か昨日は、花金なのに上司参加の飲み会に強制連行されて、ひたすら愚痴を聞かされ続けた上に、べろんべろんに酔いつぶれるまでしこたま飲まされて、途中から完全に前後不覚だったから……うん、帰りにトラックにでもはねられたのだろうか?


 だがしかし。

 今となっては、そんなことはどうでもいいことだった。


「あなたには知る権利があります。あなたがなぜ死んだかと言いますと――」

「いや、全く興味ない」

「はい?」


 自分に何が起こったのか、なぜ死んだのか。

 そんな些細ささいなことは、もはや大したことではない。

 どうせどこにでも転がっている、くだらなくてろくでもない理由だろう。


 そんなことよりも何よりも、俺の思考の全ては、耳にしたスーパーミラクルウルトラハイパーデラックスなパワーワードのことでいっぱいだったのだから。


「えっ、ってことはつまり――」

 そういうこと?

 まさかこれって―― 


「繰り返しますが、突然ですがあなたは死にました。そしておめでとうございます、あなたは異世界への転生者に選ばれました――!」

 アリッサが告げたその言葉は――


「い、い、い――」

「飯井? お友達の名前ですか? 残念ですが、死後の遺言は認められていないんです」


 何をいっとんだこいつは?

 ボケなのかマジレスなのかは知らんが、最早そんなことはどうでもいいさ。

 だってさ、これってつまり――


「異世界転生……キターーーーーッ!!!」


 ってことだろ!?

 思わず飛び出た渾身のガッツポーズ。

 握りしめた拳を何度も何度も振っては、身体全体で溢れんばかりの喜びを表現する。


 こうして。

 冴えない俺の人生は、最後の最後で、奇跡の代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームランをぶちかましてくれたのだった。

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