迷宮の悪魔と希望の天使
シリアス回と見せかけてのラブコメ回
「ヒャッハー!くたばれ天使族!」
「キャーー!」
ソロモン王の支配する王国の反対側…今は「世界の果て」と称される荒廃した街に
哀れな天使の叫び声が響く。
ソロモンの軍勢が行った「天使狩り」その標的、犠牲者だ。
人間でいう所14歳ぐらいの金髪の少女は、千切れた翼を引きずりながら路地裏を走っている。
翼もそうだが血に濡れた手足を見れば、彼女は鎖でもちぎって逃げて来たのだろう…
見た目に反して天使はずっと長命高齢であり、身体能力を人間の比ではない…そうは言っても
天使の輪も無く、翼も千切れ、手足を負傷した彼女は…逃げ切る事など出来るものか…。
…そんな事は彼女自身が解っている。…だから
「だれか…だれか助けて…!」
掠れた声で、彼女は祈った。目から涙が止まらない…
仲間はつかまり、一人生き延びて、体は傷つき…、未来には絶望しかない…それでも
「ククク…観念しな…、大人しくしていれば手足の一本で済ましてやるよ」
ギギギギ…ガリィ…ギギギギ
「ひぃ!」
少女の心を弄ぶように、ソロモンの配下、トーキングステーキの男が巨大な斧を引きずり音を立てる。
…男の言葉は嘘ではない…、つい先刻、つかまった仲間の腕が捥がれるのを見た。
嫌だ…嫌だ…嫌だ…嫌だ…嫌だ…嫌だ…嫌だ…!……恐怖!
孤独、絶望、後悔、罪悪感、痛み、苦痛、空腹、乾き、恐怖…そして生への執着
数百年前は知らなかった「心」人形だった歳月…
この数年の幸福で満たされた日々は心への感謝だ。
…けど
要らない!要らない!こんな…こんな苦しいのが痛いのが辛いのが心なら!
ピキ…
ヒビが入った。
心に…
「捕まえたぁあああ」
「あぁ…誰か…た…」
…誰に祈るというの?神様に?神の使いであった自分達が?
「おい待てよ」
「ん…なんだお前?」
腕をへし折られる寸前で、目の前の路地から声が聞こえた。
トーキングステーキの動きが止まる。
ザク…ザク…
「タス……あ……」
建物の陰から出てきたのは二足歩行の黒い牛だ…。
少女の淡い、希望は無くなった。
「なんだお仲間かよ?逃げたのはコイツで最後だからよ、腕ちぎったら部隊に帰るぞ?」
ピュン…ドバッ
腕が飛んだ。
少女でなく、トーキングステーキの腕がだ。
「わかったわかった、これでいいだろ?牛肉やろう」
「っなぁあ?ああぁ…ぎゃぁあああああああああああああああああああああああ!!!」
噴水のように肩から噴き出す血を抑えトーキングステーキは絶叫をあげた。
口から泡が飛び、目は飛びださんばかりの無様な顔だ。
少女は突然の自由に頭が追い付かず…その場にへたりこんで赤い噴水を見た。
「黙れ…下等生物が…フン“ミディアム!”」
牛男が呟くと、黒い炎が上がり…トーキングステーキは物言わぬ消し炭となった。
黒い炎は闇の魔力の塊だ…輪を持った天使でさえ防ぎきれない高位の魔法!
「あ…あぁ…あっ」
「大丈夫かい?天使のお嬢ちゃん」
うずくまる少女に目線を合わせるように、男はそっと近づき、片膝を地に着けた。
「安心してくれ…俺は暗黒堕落軍の者さ、君を…君たちを…助けに来た!」
少女は目の前の牛男の瞳をみやる…とても優しい、目をしている。
同じ牛でも…あいつらとは違う!
「あ…ありが…わ…わたしは…」
ボヒョァアアアアン!
ドゴオオオオン!!
「ぎゃぁあああああああああ!」
ビクッ!
突然の轟音と絶叫に飛び上がり…少女は牛男の胸に飛び込んでしまった。
牛男は少女を抱き留め…そして千切れた翼に気が付く。
「大変だったんだな…大丈夫だ、店長が仲間も助けてくれるよ」
「て…店長?」
少女をゆっくりと立たせ、牛男は爆炎上がるオレンジの空を見やる。
少女が逃げてきた方角だ…仲間達が…連れていかれた方向だ!
「あっちだな、いこう…歩けるかい?」
「えッでも…」
足が震える…今さっき逃げてきた、地獄の方角だ…
「そうか、ちょっとがまんしてくれよ」
「っあ」
ヒョイっと牛男は少女を抱き上げた。
「名前を言ってなかったな…俺はミノステーキ、地獄出身の迷宮の悪魔さ」
「わ…わたしは…希望の天使…コ…コンパスよ」
不思議だ、彼の腕の中だと震えが止まる…
凍ったように冷たかった手足が…ゆっくり熱い血が流れていく…ドクン…ドクン…
「希望の天使か!素敵な子と知り合えて光栄だよ…コンパスさん!行こうか!」
……
ジュウウウウウウ
「おぉミノステーキ!どうだった?おっ?」
「あらら~、どうしたの抱っこしちゃって!」
二人が町を抜け、荒野に出ると
兄のミノタウ郎と兄嫁のメデューサさんがステーキを焼いていた。
アルマゲ丼屋台変形ステーキモードだ。
「からかうなよ兄さん、彼女足を負傷してるんだ」
「あぁ…そうか、大変だったなぁ」
ジュゥウウ
ニンニクの香りが香ばしい。
「ケガしてるならメルシアさんが治療してくれてるわよ?さすが救いの天使、凄いわ」
屋台の裏に回ると、負傷した天使達が治療の順番を待っている。
みんあ疲れ果て泣き震えている…しかしこれは、恐怖からではない…恐怖からの解放と安堵の震えだ。
「私が合図したら、止血のひもとってね…血がぶしゃーなるけどすぐふさぐから…」
一人の天使が白目をむいて抑えられている。
片腕が千切れ、蒼白…体は小刻みに震えている。
そんな彼女を抑える二人の天使がメルシアの言葉にうなずく。
“血の扉開き命を求む、対価に光と神の愛…鍵の名はメルシア…光注げ光輪”
メルシアが呪文を唱えると、頭上に天使の輪が輝いた。
“命よ形を成せ!「ヘモグロ!」”
術名を言いながら手で合図を送ると、抑えの天使が傷口を縛った布を取り払った…
ブシャァアアア!
血が噴き出し!気絶していた天使がびくりと跳ねる。
ブシャ…ァ…ポタ…ポタ…
「止まった?」
「…まだよ!強く抑えて!」
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああ!!」
抑えられていた天使が叫びをあげる!額に血管が浮かぶほどの苦悶の表情と
壮絶な怪力…、後ろで抑えてた天使が頭突きを喰らって気絶した。
「抑えて!大丈夫だから!」
ブチブチブチ…
ふさがった傷口を突き抜けて骨が伸び
赤黒い肉と、白と黄のスジが這い上がる…
ズビュバシュゥオオオオオオオオ…
赤い霧が腕を覆い…霧が晴れると腕があった。
「凄い!さすがですメルシアさん!無くなった腕が元通り!」
「フフフ、でしょ~、代わりに一人負傷したけど」
ミノステーキは大興奮だ!
腕の中のコンパスに顔を向け破顔する…!
「良かったな!君の翼も治るよ?」
「ふぇ…ひゃ…はひ…」
コンパスは漏らしていた。
…さっきの悲鳴は、腕を引きちぎられた時と同じぐらい痛そうだった。
めっさコワイ
「これで彼女はダイジョブ!血が足りないから…いっぱいステーキを食べるといいわよ!」
「任せてメルシアさん!食材は山ほどあるからね!」
…怪我人12人
4時間をかけてなんとか全員を治したころにはすっかり夜となっていた。
みんな泣きながらステーキを食べている。
「うぅ…私…ドーナッツが一番と思っていたけど…」
「えぇ…お肉おいしひ…おひしひ」
「兄さん聞いてくれよ、こいつら俺を仲間だと勘違いしやがったんだぜ?」
「我々魔族と食材が一緒のわけないのになぁ~ハハハ、まぁうまいから許してやろうぜ」
「はぁ…今日はさすがに疲れたわぁ…」
「メルシアさまって料理以外もすごいんですねぇ」
「フフフ…花嫁修業に抜かりはありませんよ」
「フフフ…お先失礼していますわ」
…ちょっと前までは想像も出来ない状況だ。
コンパスはお肉を食べながら、まだまだ実感が追い付かない。
その様子が心配をかけたのか…
「コンパスちゃん…こっちのおろしポン酢も美味しいよ?」
「あっミノステーキ様」
ドキン
「大丈夫だよ…世界中で今、大変な事が起きてるけどさ。ここと同じで…店長が全て救い出してくれる」
「凄いんですね…店長さんって」
ミノステーキ様の言う店長さんなる人物を、コンパスは見ていない。
瞬くまにトーキングステーキ軍を壊滅させ、ソロモンの王国に向かったそうだ。
「店長は悪魔であり、天使なんだ…神の使いであり、理を外れた者…世界を混沌に導き…世界を解放する者」
…ミノステーキ様は穏やかな表情で空を見る。こんな地獄の時代に…あぁ…
あの空に…私達は居たんだ。あの真っ暗な空に…
「…ミノステーキ様、ミノステーキ様の言葉は信じます…でも、私コワイ…これから世界はどうなるのでしょう…
天使も悪魔の役割を終え、地上には狂気の王…空に…見守る者は誰も居ません…誰も…迷ってしまいます」
世界各地のドーナッツ屋に、ソロモン軍は突然襲い掛かってきた。
ドーナッツの材料、小麦畑にも火を放たれた。
輪を持たない天使達はただ逃げるしかなく…火の海を渡り、仲間を見捨て…
ソロモンの国民たる人間達に石を投げられ…
「空が暗いんです!光が無いんです…迷ってしまう!私は…怖くて…心細くて」
ギュッ
力強い腕が、肩を抱き寄せてくれた。
大きな蹄がやさしく頬を撫でる。
「君は希望の天使だろ?…笑ってごらんよ、君が光になるんだコンパス」
「…わ…わたしは…うぅ…」
「大丈夫、迷ってもいいじゃないか!…それにさ…」
大きな唇で額にキスをされた…ドキィイン
「俺は迷宮の…悪魔だぜ?」
ジュゥウウ
「あっつぅうう」
「焼ける焼ける」
「おいおい…火加減ってどうなの?強い?弱い…迷っちまうぜ?」
「迷う?…迷ったっていいじゃないか…だって」
「「俺は迷宮の悪魔だぜ?」」
ジュゥウウ
……
…………
………………
「ちょっとまってて」
…
「死ね兄貴!“ミディアム!”」
「うわっつ!やめろよ!おちつけって迷宮の悪魔!」
「うるせぇよガや!既婚者リア充は黙ってろよ!こっちは必死だよ!」
「っちょwおまwやっぱ天使フェチなのね悪魔なのにwwメルシアさん初恋?ww」
「“ブラックヴォルケイノ!”」
ちゅどーん!
ちゅどーん!
「おめでとうコンパスちゃん、ほぼ告白されたわね」
「あわわわ…」
ジュゥウウ
コンパスの顔から湯気が上る。
…こんな時代に、素敵な夜だ。




