救いの天使メルシア
パリィイン!
酒瓶で頭を殴らた。
愛する女に捨てられた哀れな男の八つ当たりだ。
女に捨てられたのも当然で
男は女いがいにも幾人も愛人を作ったからだ。
結局
誰もかれもが男を捨て、男は空っぽの心を酒で満たし
ギャンブルに興じた。
そしてまた財産までなくして…教会でなんでも相談室を開いていた
天使メルシアの頭を酒瓶でなぐったわけである。
「大丈夫ですよ?わたしは…あなたを愛します」
「うぅ…嘘だ…俺なんて…誰にも愛されるわけがねぇ」
頭から血を流し、微笑みかけるメルシアを
男は更に突き飛ばし蹴り上げた。
あぁ…男は本当に壊れてしまったのだ、誰よりも多くを愛した男は
誰よりも愛に捨てられた。
「ほっふぅ!大丈夫…あなたはただ、愛の器が大きかっただけなのです!」
「うぅうう!来るな!来るなぁああああああ!」
血まみれになったメルシアはなおも微笑み
石畳から男を見上げ手を伸ばした…その手が届く事もなく
メルシアの前から男は消えた。
…ハァハァ
ピカアアア
メルシアの頭上に輝く天使の輪が
世界から魔力を吸い上げ、メルシアの体を癒す。
…クゥウフゥウッア
ハウァッアッアヒィン!
「………なんて素敵な時代なんでしょう」
傷も衣服の汚れも治り、起き上がったメルシアはうっとりと
男がけ破った教会のドアをみやる
ドアの向こうでは捨てられた子供達が徒党を組み
ホームレスを襲っている。
男も女も欲望に塗れ、愛に燃え、また苦しみ。
愛憎渦巻く世界がそこに広がっていた。
「グレゴリに感謝を!あぁなんという至福!」
メルシアは「救い」の天使である。
堕落した者を救うのが彼女の役割であった。
グレゴリにより心が解放される前は
みんな従順な人形であったので、救うと言っても
事故的に、ルートから外れた者を戻すだけだった、
メルシアも何も感じず
戻された者も何も感じない
…しかし“グレゴリ”は起きた。
地上の血の流れる者たちすべての「門」を開いた悪魔の魔法
そのせいで地上は今のように堕落した。
開いた門の名は心、またの名を愛
ハァハァハァ
救いの天使であるメルシアは勿論地上に降りていた。
救い上げるには地の底でも水底でも地獄の底でももぐるのが彼女の仕事だ。
そして彼女は運よく
グレゴリの強大な魔力を直撃で受けた。
メルシアの心の扉は開くどころか吹き飛び
もう抑えは効かない!沸き上がるのは愛!愛!愛!
「ああああああ!堕落した人々を助けないとぉおお!私頑張るぅうう!」
彼女はダメ人間フェチになっていた。
駄目男に殴られて、金を持っていかれて、罵倒される事に快感を見出した。
心の獲得により、より熱心に仕事をするようになった彼女は
世界で一番荒廃した国の、荒廃した街の、路地裏のスラムに
教会という名の「なんでも相談室」を設けて困窮する人々の相談にのった。
「仕事が無いんです」
「無い物は仕方ありません、諦めましょう」
「そんな!俺には家族が、金が要るんです!」
「あら大変!そうですね…だったらお金のある方に貰うしか」
「そんな馬鹿な!くれるわけないでしょう?」
「ならば…奪い取るしかありません!家族のため、愛のためです!」
「え…でも盗人は市中引き回しの上獄門貼り付けで…」
「大丈夫です…わたしの翼は…あなた方を助けるためにあるのですよ?」
「め…メルシア様?」
「ウフフ…あぁ!人の役にたてる!素敵!さぁあの城の宝物庫を狙いましょうか!」
…残念だったのは、メルシアは頭はよろしくないという事だ。
彼女は受けた相談を全て無茶苦茶な力技で解決した。
それで喜ぶ人もあれば、それに憤慨する人もいる。
彼女が街を歩けば石を投げられ
犬にしょんべんをかけられる
あちらこちらに指名手配書がバラまかれ
遂に街に居られなくなった。
「あぁん、…私が堕落したみたいになってる…私好き」
ここまでくると堕落フェチもなかなかの物だ。
…しかし、こまった。
長い年月をかけて造った居場所「教会」はついに取り壊された。
人々を救うために内職で稼いだお金も
みんな駄目男の酒代に消えてしまったし
ぐるるるる
♪
ぐーるる ぐーるる ぐるるる~
世界は回るよ ぐーるるー
目を離しても大丈夫さ
手を出さなくても大丈夫さ
ぐーるる ぐーるる ぐるるる~
あれれ だったら何の為?
意味が無いなら投げ出そう
ぐーるる ぐーるる ぐるるる~
仕事投げ出し 踊りを踊ろう
お腹すいたら お菓子を食べよう
…夕日のオレンジに染まった岩山に
低音ビブラートの効いた ゴスペルが流れてきた。
メルシアは最初きょとんとしていたが
岩影から出てきた男を見てドキッとした。
眼鏡と翼を黒く塗った天使…いや…駄天使!
頭にあるはずの輪もないが…駄目人間を見続けたメルシアには解った!
この人は最初からこうだったわけではない!
何かに失望し…駄目になっている!
「お嬢さん、こんなところで何を?」
「え…いや…、家がなくなって」
グルルルル…
かァっと顔が赤くなる。
「ほほう…お嬢さん天使ですね?美しい天使の輪だ…どうです?」
「…っえ?」
ス…
男は今世界で話題の流行スイーツ“ドーナッツ”を取り出した。
天使も夢中になって天界を放棄するほどの美味だという喜びと堕落のパンだ。
「おじょうさんこれと天使の輪…交換しませんか?」
「っえ?」
ドキーン
初めてだった、堕落した人を見るのは好きだったが
まさか自分を堕落させようとする人がいるなんて…そんな…まさか
「ど…どうして?…私を堕落させてどうするつもりよ!」
胸の高鳴りが止まらない!
溢れだす涎と…お腹の音も止まらない!あぁ…あぁ落ち着いて私の翼!
嬉しそうにピョコピョコさせないで!
「何故?ですって…?そうですね……」
男は漆黒の翼で体を包み、闇の眼鏡を中指で抑えながら考えるポーズをとった…が
バッサァアアア!
沈む夕日を背に受けながら、男は翼を大きく広げ
その陰で私を包み込んだ。
「堕落したあなたが…見てみたいんです」
「うっひゃぁああああああああああああああああああああああ…
メルシアは速攻で輪を外し、グラースに捧げた
そしてドーナツを齧りながら運命に感謝した。
ドキドキドキドキ
…これだ!この気持ちだ!
初めて、私と同じ人を見つけた…違う!
その人が私を見つけてくれた!
もう…もういいわ!
堕落した人を救うなんて…わたし…わたしが堕落しちゃった!
もう、この人以外目に入らない!
…あああああああああああああああああああああああ!!」
「ハハハ、なかなか美しいハイトーンボイスです。耳に心地良い」
二人の天使は堕落した地上で出会い
そして旅の仲間となった。
片や漆黒の堕天使
片や世界の指名手配犯
これがグラースとメルシア、メガーネと魔王ラグナとの前世での出会いである。




