聖女は聖女に相応しくないことを自覚している
聖女は自身がそう讃えられるに相応しくない人間であることを自覚している
彼女は『神』に頭を垂れない
彼女は才能に恵まれていた
聖女候補生の中でも頭ひとつ抜けていた
しかし、聖女になりたいという気概が欠けていた
見ず知らずの人々のために祈る必要がどこにある
見たことも会ったこともない『神』に何を祈る
適当に手を抜いて別の誰かに聖女になってもらおう
そういう魂胆でいた
ある日、彼女を残して聖女候補生は死んだ
魔族の襲撃にあった
目の前で魔族に、一方的にいたぶられて死んでいった
弱い者は順番に丁寧に丁寧に全身の皮を剥がれて死んでいった
戦闘によってさほど苦しまず死んだ者が羨ましい思えるくらいだ
次はいよいよ自分の番だ
体は震えて動けない
動けたところで奴等は逃走を許しはしない
逃げ出していないから自分の足は折られていないのだ
あんな酷い目に合わせられるくらいならいっそ舌を噛みきって死ぬか脳裏をよぎるが、実行できない
彼女は願った
「誰でもいいから助けてよ……」
その声は誰にも届かない
死体にも、魔族にも、神にさえも
その筈だった
「いいよ」
魔族の殺戮ショーに一人の少女が踏み込んできた
恐ろしく美しい少女だった
魔族も息を飲み皮を剥ぐ手を止めるほどに
自身がそこそこ恵まれた容姿をしているのが微かな自慢だったが、次元の違う少女を目の当たりにしとんだ思い上がりだったことを恥じる
「生きてるのは君だけか。じゃあ、君が聖女ってことになるのかな?」
少女は問いかけながら自然な流れで、魔族を切り捨てた
剣を抜き、振り抜く動作すら惚れ惚れする美しさだった
魔族が我に帰った頃には自身が作った値の池に沈んでいる
敵襲にようやく反応した魔族は少女を囲み、普通の人間ではとても抵抗できない暴力を降り注いだ
しかし、少女の目には彼等が写らない
彼等の爪が、牙が、魔法が、少女を傷付けることはない
ただ、彼等がそうしてきたように順番に、切り捨てられていくだけだ
弄ぶことなく効率的に次々に殺されていくその様は虐殺というより処理だった
「君、大丈夫?」
逃げ出す魔族に、転がっている死骸の爪を切り取り、頭を的確に撃ち抜きながら、一言を発さない自身に問いかけていた
ああ、そうか
まだ聖女ではない自身は理解する
この少女こそ信仰すべき『神』なのだと
傷一つなく魔族を殺し尽くした少女に祈りを捧げた
彼女が望むなら自身は聖女となろう
少女は聖女となり、『神』と見定めた少女、勇者と旅をすることになった
危険な旅だと分かっていても心が踊る
メンバーの中で一番弱いのは自分だとわかっている
足を引っ張ることだろう
迷惑をかけるだろう
それでも勇者は彼女を許す
勇者の薄い笑みを浮かべた顔が揺らぐことなどありえないのだから
夢見心地だった
勇者は足手まといの聖女をあらゆる障害から守り抜いてくれた
信仰はやがて恋慕へと変わる
日に日に勇者への想いは募り、勇者を独占したくてしょうがなくなっていく
チャンスが訪れた
仲間と分断された
いや、聖女だけが魔族の卑劣な罠にかかって遠くへ飛ばされたのだ
他の仲間は自力でなんとかしていた
勇者はそんな間抜けの手を掴み、巻き込まれた
勇者は聖女を責めることなく、合流する手段を口にしていた
けれど、劣情の抑えが効かなくなっていた聖女の耳には入らなかった
今思えび敵の罠だったのかもしれない
世界のなによりも尊い唇を無理矢理奪い、塞ぎ、蹂躙した
流石に勇者も驚いたようで目を見開いた
そんなこと旅の中で一度もなかった
誰も引き出せなかった
誰も見たことのない勇者を自分だけが知っている
自分がさせているその優越感に聖女は獣のように勇者を貪り尽くした
抵抗がなかったのだから合意したのと同じだ
そんな破綻した考えで勇者を自身で染め上げて全ての初めてを奪い尽くそうとヤれるだけのことをヤった
女同士とか自身の初めてとかどうでもよかった
これほどに生を謳歌したのは彼女との邂逅以来と言っても過言ではない
事後、勇者は聖女を責めなかった
許されざることをした彼女をいつも通りの顔で受け入れた
だから、聖女は止まることが出来なくなった
「貴女が悪いんですよ勇者様」
拒むことなく全てを受け入れてくれる勇者に聖女はつけ込んだ
仲間と合流した後も隙を見ては勇者と体を重ねた
魔王なんて、人類なんて、どうでもよくなっていた
「死にたくない……」
魔王が最後にそんなことを口走った
これまで命乞いをしてきたのは勇者に負けず劣らず美しいその魔王だけだった
大抵が命乞いをする前に物言わぬ体になっていたから
派手な爆発
勇者によって魔王は跡形もなく消し飛ばされた
はずだ
勇者だってそう言っている
「お嬢ちゃん、いつもは首に切り落とすとかなのに今回は随分と派手じゃないの」
「首を落とした程度じゃ死なない相手、いたよね?魔王ともなれば肉片一つから再生とかしかねないかなって思って」
「流石は勇者だ!これで我々は英雄だ!さあ、凱旋だ!」
無邪気に喜んでいる馬鹿は一人だけ
死体を確認していないので聖女達は本当に魔王が死んだのか不安が残った
けれど、勇者がそういうのだからそうなのだろう
文句を言ったところで勇者はいつも通りの張り付いた笑みで質問をかわす
聖女は魔王の最後の言葉が引っ掛かっていた
勇者は助けを乞われたら基本的に助けるスタンスだ
それは魔族にも適応されるのだろうか?
国に帰ると聖女達は英雄として華々しく祭り上げられた
仲間の二人は性に会わないと報酬だけ持ってさっさと雲隠れした
賢者は武勇伝を得意気に語って回っている
聖女はお飾りとはいえ、教会で発言力はもっとも高い位になった
勇者は毒を盛られ、しかし口にすることなく王に告げ国を出た
聖女は焦燥感に駆られた
勇者を、神を、始末しようだなんてなんて恐ろしいことをしようとするのか
教会の権力が届く範囲で号令し、クーデターを起こそうかと思ったくらいだ
聖女が落ち着くのにそこそこの時間と犠牲を必要とした
その間に生きていた魔王はまた人類への侵略を再開した
聖女は人類なぞどうでもいいが、愛おしい勇者を見つけ出し、手の届く範囲に繋ぐために教会を利用しなくてはならない
そのために再び、人類の旗頭として人類を心もない言葉で鼓舞する
滅ぶなら勝手に滅びてしまえ
勇者を捨てた国に用はない
勇者を探し出しさえしてくれれば
それまで滅びないように聖女は人類の味方を続ける
いっそ自分の手で滅ぼしてやりたい衝動を押さえ込みながら
勇者のことだけを想い続ける
勇者の代わりなぞ望むべくもないが、勇者のことを想いながらまあまあな少女を抱き、笑みを浮かべる
「こんな私が聖女なんて似合わないにも程がありますよね?」
「…………」
無邪気にも聖女を信じ、裏切られ、無理矢理純潔を散らされ、聖女に壊された少女達を見れば、勇者は怒るだろうか?
怒った勇者を見たことがないので、想像するだけで気持ちが昂ってしまう
まだこの少女は使えるだろうか?
『勇者は英雄でも善人でもない』とリンクしています