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番外編:元冒険者アリスと獣の国の姫 その⑤ アーシェ村にて

「ハルムストの娘が帰ってきたんだって?」

「んだ。ボロボロでいつの間にか姿消してたけんども、早馬に乗っかってけぇってきたってよ」

「仲間ほったらかして何を今更だっつぅんだよ」

「まぁその仲間も、もう自分の事も認識できねぇんだから戻ってきて意味なんかねぇけどな」


 この村の年寄りは相も変わらず噂話が唯一の娯楽らしい。

 他の人達は年に一度とはいえ訪問者の多く訪れる時期の為に頑張っているのに、彼らはいつも何かするものを笑い自分達は何もせずその癖に恩恵だけは享受しようとする。

 私がこの村が嫌いな理由の一つだ。

 けれどあの時はここに戻るしか手がなかった。


『村人の空気が真っ二つにわかれているのだな』

「もうすぐお祭りだからね。年の終わりには《精霊祭》が毎年行われるの」

『精霊祭? この村に漂う精霊の魔力と何か関係があるのか?』

「この村はその昔、精霊が人の姿を借りて暮らしていたと言われているの。ドワフやエルフも精霊の一族だけど、この村に暮らしていたのは正真正銘の精霊、実体を持たず魔力のみで身体を構成する本来の意味での精霊」

『ドワフ族もエルフ族も精霊を始祖に持つが、彼らの場合は肉体を持つ精霊、所謂《妖精》の一族だからな。そう考えるとこの村に住んでいたという精霊の存在は興味深い』


 ディスペンザーはそれきり黙ると何か考え事をしているようだった。

 この剣と過ごしてそれほどの時間は経っていないけれど、彼が人間と同じように思考するのだという事を最近になって感じるようになった。剣でも物思いにふけるんだと驚いたけれど。


「アリス? アリス=ハルムストかい?」

「その声は――ダリントン先生!」


 私の後ろから名前を呼んだのはこの村で唯一の医師であり聖職者でもあるダリントン=ヘーグマン医師だ。仲間と共にボロボロになって帰ってきた時に私達を受け入れてくれたのは他ならない彼の助力があったからこそ。

 そのお陰で仲間達は彼の診療所でシスター達に面倒を見てもらえることになったんだ。


「お久しぶりです先生」

「おかえり。半年以上経つかな? 何度かお金が送られてきていたから元気だと言うのはわかっていたけれど……随分と体調も良くなったみたいで安心したよ」

「あの時は勝手に抜け出してしまってすみません。皆は、元気にしていますか?」

「あぁ、元気にしているよ。――とは言っても依然変わりなく、と言ったところだけどね」

「その事ですが――」


 私は事の顛末をダリントンに話す。

 最初は信じられないと言った顔をしていたダリントンだったが、実際に《清浄のポーション》を取り出して見せると一目見て驚きの声をあげた。


「これは! 凄いな《呪術》の効果がかかっているのか!」

「おわかりになるんですか?」

「まぁ、一応は聖職者でもあるからね。詳しい事はわからないけれど、普通のポーションでは……いや、ダンジョン産のポーションですら見たことのない特殊な術式が見えるね。私の眼では基礎の部分の形状から呪術だという事が辛うじてわかるくらいだけど」

「効果は折り紙付きの様です。これで皆を……」

「あぁ、いけるだろうね! ――だけど、少し問題があってね」

「え?」

「最近この辺りの村で男性だけが何者かに狙われている。生気を奪われ意識を失ってしまうんだが……アーネスト君がその被害にあってしまったんだ」

「そ、そんな!? アーネストの容態は――」

「落ち着いて。今のところ命に別状はない。今はあんな状態だが彼も上級冒険者だからね。抵抗力があったんだろう、他の被害者よりもずっと症状の進行は遅い」

「……けれど、いつまでもそのままではいられませんよね?」

 

 ダリントンは腕を組むと難しい顔をして頷く。その表情が今の現状を如実に物語っているように思える。


「もって1週間と言ったところだろう……。だけど昨日、冒険者ギルドから上級冒険者が10名ほど派遣されたんだ。彼らがどうにかしてくれることを信じよう。……まぁ取りあえず診療所へ行こうか」


 上級冒険者10人と言うとかなりの戦力ではある。

 ダンジョン攻略は勿論、盗賊の討伐もこなせるし私達も実際に何度も依頼を受けて同じことをしてきた。ただ待つ方はこんなにも落ち着かないものなんだと痛感する。


『アリス。今回の相手はそう簡単には捕まらないぞ』

「どういう事?」

『サクバスは別名《迷宮蜘蛛》と呼ばれている。魔力で編んだ糸を対象につけそこから生気を吸い取るのだ。魔力の糸はあくまで生気を吸い取る為の物でしかない。細く、長く作られるため普通の人間には感知できない。魔力を斬る剣やスキルがなければ対応の難しいモンスターだ』

「それじゃあ……」

『アリス。とにかく一度会いに行ってみてはどうだ?』

「そ、そうだね」


 私はダリントンから敢えて距離を取って歩く。

 ディスペンザーとの会話を聞かれたくないというのもあるけれど、考え事をするときは誰にも話しかけられたくはない。

 ダリントンもそれを察してくれているのか、こちらを気にする素振りは見せるがあえて話しかけてはこなかった。

 そうこうしているうちに私の眼にはヘーグマン診療所の看板が見えてくる。


「ダリントン先生、おかえりなさ――まぁ! アリスではありませんか!」

「お久しぶりです。ヴィータ先生」


 私とダリントンを出迎えたのはヴィータという妙齢の女性だ。エルフ族なのではっきりとした年齢はわからないが、私が小さいころからこの村で暮らし、診療所の手伝いや子供たちの面倒を見てくれている。また教会の施設長という立場でもあり、ダリントンの補佐を務めている。

 ただ長く暮らしていても年寄り連中からは受け入れられず、それをいつも気にしている気弱な面もあるけれど……村の子供達にとっては外の事を教えてくれる教師のような存在だ。


「心配していましたよ! けれど、まぁまぁ顔色も良くなって……元気にしていましたか?」

「はい。いい人に雇ってもらえて……今は商店で店員をしています」

「そうですか。そうですか……何より無事でよかったです」

「先生……」

 

 ヴィータは優しく私の背中をさするとにこりと笑う。

 優しくていつも私達の事を気にかけてくれる姿は10年前からちっとも変わっていない。


「ところで、アーネストの話は聞きましたか?」

「はい。道中、ダリントン先生から……」

「私も何とか探ってはいるのですが、どうやら相当に巧妙な手口を使って印をつけているようですね。私程度では一瞬見えても生命力に変換されるともう追跡できません……。ごめんなさい、力になれなくて……」


 ヴィータは悔しそうに目を伏せる。

 彼女はこう言っているけれど、その能力は決して低くはない。私の魔法の先生でもあり、有事の際には村のために戦う自警団の一員でもある。

 多くの魔法を収め、膨大な魔力はエルフの里でも並ぶもののいないと称されたほどなんだと以前訪ねてきた同郷のエルフから聞かされた事がある。

 そんな彼女に見えない精度の魔力の糸だなんて、他の誰にも見つけることはできないだろうなと思う。

 

「取りあえず、一度皆の顔を見てきます。何かを考える前に、まずは挨拶をしておかないと……」

「……そうですね。そうですね。アーネスト以外は今の時間だと病室に居ます。アーネストは中庭の陣を施した小屋で休んでいますよ」

「ありがとうございます」


 私は頭を下げると診療所の中へと入ってく。

 後ろではダリントンとヴィータが私の様子を窺っているように感じた。

 暫く歩くと、入院患者のいる病棟へとたどり着く。

 ここは教会と隣り合わせで設置されていて、シスター達が素早く診療所と教会の仕事に行き来できるようになっている。

 扉を開くとそこにはベッドが3つ。ひとつは綺麗に整えられいるが、他の2つにはそれぞれベッドの主が座っていた。


「……ただいま」


 声を掛けると病室にいるふたりがこちらを見るが私が誰だかわかっていないのか首を傾げている。

 一番手前でベッドに腰かけているのがフェルムス。アーシェ村で共に育った仲間でパーティメンバーのひとり。

 《守護騎士(ガードナイト)》という上級職でパーティの守りの要だった。

 伝説級の盾《ガドリンの城壁》を装備しパーティの先頭を歩きながら常に私達を危険から守ってくれていた。

 トロルの一撃でさえ難なく受け止めたその太い腕は、今や見る影もなく細くなり視線は虚ろに部屋の中を彷徨っている。

 そしてその奥のベッドで絵本を読んでいるのがエルク。パーティの中では双子の妹のエミーナと同じく一番年下で、その器用さから《探索者(マジックストーカー)》という上級職で、フェルムスとふたり、パーティには居なくてはならない防衛の専門家だった。

 宝箱の位置や罠、モンスターのいる場所や弱点など索敵に関しては私よりもずっと高度なスキルを持っていた。

 

「フェルムス、エルク、ただいま」


 私が近くでそう声を掛けるとフェルムスは無言でうなずき、エルクはにこりと笑う。

 昔からフェルムスは無口でエルクは良く笑う。そこは変わらないんだなと少しだけ安心する。

 ふたりの様子を見てから今度は隣の病室へと場所を移す。


「エミーナ、ただいま」


 病室に入るとベッドの上で外を眺める女性が一人。

 私の声に反応しこちらを振り返ると少しだけ驚いたような顔をしてすぐにニカっと歯を見せて笑った。

 彼女はエルクの双子の妹のエミーナ。

 《魔法遊撃師(マジックアーチャー)》という上級職で、魔力で編んだ弦から色々な魔法を矢のように撃ち出す私と同じ後衛職だ。

 兄のエルクよりもよほど活発で、パーティリーダーのアーネストとはよく口喧嘩をしていた。

 けれど戦闘になると、兄妹のように息の合ったコンビネーションで次々と敵を仕留めていくその姿は冒険者ギルドでも度々噂になっていた。

 

「お姉さんは、シスターじゃないんだね!」

「うん。あなたのお友達だよ」

「そっか!」


 彼女はこうして喋る事が出来るけれど、私達パーティメンバーの事になると何故か記憶することができない。兄であるエルクの事すら忘れてしまうのだ。

 《錯乱の洞穴》での体験がそれだけ大きなトラウマとなってしまったのだろう。


「じゃあまた後で遊ぼうね」

「うん! またね!」


 私はエミーナの髪を撫でると病室を後にする。

 向かうのは中庭。

 診療所内でもひと際濃い魔力の漂う庭を抜けると入り口に魔法陣の描かれた小屋が見えてくる。そこがアーネストの保護されている隔離室だ。

 私は魔法陣に手をかざすと扉をゆっくりと開ける。一瞬ピリっとした結界特有の違和感を感じたけれど、それを無視して部屋の中央で眠る男性へと近づいていく。


「……ただいま、アーネスト」


 私の声に応えることもなくベッドで眠り続けているのは、私達のパーティリーダーであるアーネストだ。

 幼い頃、一番に「冒険者になりたい!」と言って私達を引っ張り出した張本人で《赤熱の魔法剣士》の異名を持つ上級冒険者だ。

 職業は下級職にあたる《戦士》だけど、その能力は既に上級職に匹敵していた。

 スキルの特性で上級職にこそ転職できなかったが、そのお陰か驚くほどの能力の高さを発揮していたのを覚えている。

 何度も他の小ギルドから組まないかと打診があったけれど、彼は頑なに私達以外とパーティを組もうとはしなかった。

 あの時の私達はそれが普通で、そこにどんな想いがあったのかなど詳しく聞いたことは一切なかったけれど、今は少しだけ話を聞いてみたいなと思えるようになった。


「痩せたね」


 声を掛けその腕をそっと撫でる。

 フェルムスに負けないくらい太かった腕はまるで枯れ枝のように細く痩せている。一撃でスケルトンの頭を粉砕していたその両の脚も今や自身の体重を支える事すらできないだろう。

 血管が浮き、骨ばり筋肉のそげた身体は老人のようになってしまっていた。

 

「ごめんね……。私、皆の事を考えないようにしてた」


 独り言のように呟くと一瞬だけアーネストの右手が震える。まるで「俺はまだ生きている」と主張するかのように。

 頬のこけた顔を見ていると昔の思い出がいくつも蘇ってくる。アーネストが木の棒を振り回してフェルムスの頭にたんこぶを作って怒られた時の事、エミーナがエルクの本を破いて本気で怒られていた時の事、私が流行り風邪で寝込んだ時に服をボロボロにしながら皆が薬草を取ってきてくれた事。

 そして、冒険者になる為に大人達の反対を押し切って村を出た日の事。

 

「どうしてかな。どうして私は皆の事を考えないようにしてたんだろう……最低だよね」


 意外と聞き上手だったアーネストは何も答えてくれない。ただ私の言葉だけが部屋の中を漂っていた。


『アリス』


 その時ディスペンザーが話しかけてくる。

 剣の鍔に取り付けられた宝玉が赤く輝いているのはスキルで何かを探っているのだろうか。


『うっすらとだが魔力の糸が見える。だがそれがどこに続くかまではわからん』

「ディスペンザーにも感知できないなんて……どうしたらいいの……?」


 お世辞にもアーネストの状態は良いとは言えない。

 痩せた身体でこれ以上生気を吸われれば命の保証はないだろう。ダリントンはもって1週間と言っていたけれどこの吸われ方だとそこまではもたないと思う。

 すぐにでも対処しなければいけないという焦りが私の心臓を早鐘を打つように鼓動させる。まさかとは思っていたけれど、ここまで状態が悪いなんて。


『お前が視るんだアリス』

「え?」

『……自分を過小評価しているようだが、この際はっきりと言っておく。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……」

『お前の魔力に関するセンスは恐ろしく高い。正直に言って異常だ。その能力は《聖女》並みと言ってもいいだろう。そのお前に視えなければ誰にも視ることはできないだろうよ』


 ディスペンザーは少しだけ呆れたように、それでいて力強く私を諭すように声を掛けてくる。

 さくらの事を何度も凄いと感じた事はあっても、まさか自分自身にそんな能力があるなんて思ったこともなかった。

 けれど、もし本当にそんな能力があるのなら、もし今その力が使いこなせるのならアーネストを救う事ができる。また皆で笑いあうことができる。皆で、さくらに謝って許してもらう事が出来る。

 そう思うと私の感情に合わせて身体中の魔力が波打つ。

 焦りが昂りへと変わり頭の中がすっと冴える。


「……どうしたらいい? 教えて欲しい」

『意識を集中しろ。眼に魔力を集中するんだ』


 全ての魔力を眼に集中させる。本来は魔力を一部分に集中させる行為は武器や防具を介さないと危険だ。けれどやらなければこの魔力の糸は視えないと直感が告げている。

 それに魔力の操作に関してデシィスペンザーほど適任の教師はいないだろうなとどこかで強く信頼している気持ちが私の背中を押す。


「――うっ……」


 試しに少しだけ魔力を眼球に込めてみる。繊細な器官は膨大なエネルギーに何とか耐えるが、同時に激しい違和感も発している。

 更に魔力の量を増やすとまるで視界を染め上げた様に世界が赤で染まり、熱さと痛みが両の眼を襲う。

 なおも魔力を集中していると、顔にぬるりとした液体の感触を感じる。魔力を一点に集中させた負荷で目だけでなく、目の周りも熱を帯び、破れた血管から流れた血液が涙のように零れ落ちているようだ。


『循環だアリス! しっかりと眼の中で魔力を循環させろ!』

「うあぁっ!!」


 魔力が眼の中で渦を巻く。

 その瞬間、まるで部屋の中の魔力が重量を持ったようにゆっくりと流れはじめる。恐る恐る腕を上げると私の手は魔力を掻き分けてその空間に動きの痕跡を残す。

 ほどなくして視界がはっきりと全ての輪郭を認識し世界が明るく煌めいて視え始める。あぁ、今なら星だって全て数えられるんじゃないかという謎の万能感が湧いてくる。 


『なっ!? ――魔眼……だと!? いやいいぞ!! 右腕だ!! 右腕に絡みつく糸の先を追えアリス!!』


 アーネストの右腕を見ると赤く光る細い糸が部屋の外へと伸びているのが()()()


魔力追跡(トレース)――」


 そう呟くと魔力の糸は赤く発光を始めはっきり視認できるようになる。

 私は窓を開くとその糸がどこに延びているのかを確認する。

 赤い魔力の糸、長く伸びるそれは向かいにある《精霊の峰》の山頂へと繋がっていた。

アリスの元ネタはそのまま不思議の国のアリスのアリスです。

何故だろう、昔から凄く好きなんですよね。

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