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初めてのPT。初めてのダンジョン。初めての……。前編

「お客さん、時間だよ」

「はーい。ありがとうございます」


 私は宿屋の女将さんに銀貨を1枚渡すと欠伸をしながら宿屋を後にする。 

 女将さんによれば南門にあるダンジョン行きの馬車に乗れば30分ほどで到着するらしい。


「すいませーん。ここが『蟲毒ダンジョン』行きの馬車乗り場?」

「ああそうだよ。一番早い便であと5分くらいで出発だな。行きだけで銀貨1枚1000リムだ。乗るかい?」

「乗る乗る!」


 ゆったりと馬車に揺られながら南門をくぐる。私以外には身体の大きな男性がひとりと少女がひとり。どうやらこの二人はPTらしい。

 少女の恰好は見た感じ僧侶みたいだ。そういえばそんな職業もあったなぁ。しかしゲームやっても漫画見てても思うんだけど、僧侶って禁欲とか厳しい戒律があるモノじゃないのだろうか。毎回嬉々として勇者についていったり敵を殴り殺したり勇者と恋愛してるけど、それ魔法使いでもよくない? って思ってた。けど実際に見るとやっぱジョブの幅は広い方がいいよねって納得してしまうんだよね。ファンタジー凄い。

 男性の方はどう見ても戦士だろう。片手剣と盾を持っているのですぐわかる。でもたまに剣と盾を持った狩人もいるから困る。まぁここではいないだろうけど。


「着いたよ」

「ありがとー」


 私は一番に馬車から飛び出すと洞窟の入り口に駆け寄っていく。

 入り口は普通の洞窟と言った感じだけど中は見えない。どうもこの入り口は何かしらの魔法がかかっているのか、ただの真っ暗な穴にしか見えない。

 入り口の右側には小さな詰め所があり、ここで手続きをして中に入る事になるらしい。私は躊躇いなくその詰め所へと進んでいく。


「お、おいアンタ」

「はい?」


 振り返ると馬車で一緒にここまで来た大柄の戦士と少女僧侶のPTが微妙そうな顔をしている。


「そんな薄着で中に入るのか? もしかして凄い効果の付いた装備なのか?」

「わ、私のローブのように金糸を練り込んでいるんですか?」


 ああ、なるほど彼らはどうやら私の事を心配してくれているらしい。なかなかどうしてこの世界も捨てたものじゃないじゃないか。一瞬何か因縁をつけられるのかと思って心配した。最初の印象が悪すぎて少しこの世界の人間に警戒心があるのかもしれないなぁ。


「いえ、そんな立派な物じゃないですよ! ただ私スキルで防御力かなり高くなってるので。虫の毒もどんなものか試してみないとなぁって」

「なるほど、初めてここに来たという事なのか」

「あ、じゃ、じゃあ良かったらPTに入りませんか? 丁度アイテムの管理をしてくれる人を探していたので」

「おお、渡りに船! じゃあじゃあ是非お願いします!」


 初めてがPTっていうのも悪くない。初めてのダンジョンだしPTプレイにあこがれもあったし、まずはこの人達についていって歩き方を覚えようかな。


「じゃあこのクリスタルにギルドカードを触れさせてくれ。それでPT登録が完了する。自動的に1日で解散になるクリスタルだ」

「へぇ、そんな感じでPT組むんだ」

「私はアンです! よろしくね!」

「オレはゴレス。戦士だ。よろしく頼む」

「あ、私はさくらです。商人ですけどよろしくー」


 私達は挨拶を終えると早速ダンジョンの中へと入る。

 

 内部に入ると少し鼻にツンとくるような臭いを感じる。なんというか硫黄の様な感じだ。『蟲毒の洞穴』は毒を使う虫型モンスターが生息しているという。まずは敵の攻撃をわざと受けてみてこの『身体』が持つのかを試そう。人数がいるしまさかマヒして死ぬなんてことはないだろう。

 入ってすぐの小さな広間を左に進むと道は真っ直ぐ奥へと続いていく。ゴレス曰く、ここは階層型のダンジョンらしく下へ降りるほどモンスターの生息数、種類、アイテムの質が上がるらしい。


「ぬ、前方に1匹。人食い蟻(キラーアント)だな」

「あのぉ、お願いがあるんですけど……」

「なんだ?」

「まず私のスキルが効果があるか試したいんですけど、いいですか?」

「ええ!? き、危険ですよ!」

「けれどここを暫く根城にしようと思っているんで。あれ基本的なモンスターなんでしょ? なら効果なければ違う所に行かないといけませんし……」

「しかし……まぁ仕方がない。周りを見ても他のモンスターはいない。無理に突っ込んでいくようなことはするなよ」

「ありがとう!」


 私はお礼を言うと人食い蟻(キラーアント)に向かってゆっくりと歩きだす。この世界でモンスターを見るのはこれが初めてだけど、やはり近くで見ると少し気味が悪い。大きさは5歳児くらいだけど虫としては十分なサイズじゃないだろうか? 私が虫ダメな人だったら即失神してるくらいの大きさではある。


「ほーら、おいでー、怖くないよ。おいでー」


 私はテレビで見た動物博士がやるように目線を下げゆっくりと近づいていく。これで生き物との距離を縮めて仲良くなれるらしい。あ、違う違う。仲良くなりたいわけじゃなかった。

 人食い蟻(キラーアント)は最初じっと私を見ていたが、すぐに身を屈めるとお尻を高く上げる。少し小刻みにブルブルと震わせるとその先から管のようなものが伸びるのが見える。


「マヒ毒の管だ! 気をつけろ!」


 えー、いきなり麻痺(パラライズ)? いやでもむしろ好都合かも。今なら見捨てられない限りは麻痺しても助けがいるし絶好の機会に変わりはないはず!

 私が歩みを止めない事に何かを感じたのか、人食い蟻(キラーアント)はお尻の管から黄色い液を素早く撃ちだし顔めがけて飛ばしてくる。握りこぶし程度の大きさで数は2つ。私は敢えて避けることはせず素手でその液体を受け止める。


鋼の身体(ビルドボディ)の効果により状態異常が無効化されました》


 頭の中に無機質な声が響く。どうやら『鋼の身体』はこの世界では常時発動型(パッシブ)スキル扱いになるようだ。

 しかし人食い蟻(キラーアント)にそんなことはわからない。相手がマヒしたと思い込み距離を詰めてくる。速度は意外と速いね。そしてすぐ足元まで接近するとその顎から生える鋭い牙を私の腕へと突き立てる。


「大丈夫かさくら!!」

「きゃああああ!」


 二人が慌てて助けに来ようとするのを左手を上げて止める。何せ人食い蟻(キラーアント)はガジガジと必死に噛んでいるが私の肌には傷一つつかない。まぁよく考えれば『錯乱の洞穴』で出会ったPTはあのダンジョンを最奥まで進んできた強豪PTだったと思う。そんな彼らが疲れていたとはいえ裸の私に傷一つつけられなかった時点でそれ以下の攻撃では傷つくことはないだろう、とは仮定していた。

 けどこういう油断が原因で死んでいった強キャラいっぱいいたからなぁ。今のは絶対に口にださないようにしよっと。


「問題ありません。どうやらちゃんと効果があるようです。マヒ毒も効いてません」


 私はまだ噛みついている人食い蟻を引きずったままゴレスへと近づいていく。一瞬二人が後ずさったが、ゴレスに向けて蟻を差し出すと躊躇しつつもその首と胴体を剣で引き裂く。人食い蟻はびくりと震えるとそのまま動くのをやめた。


「しかし凄いな、そんなスキルがありながら何故商人なんだ? 戦士ならば王国騎士にもなれただろうに」

「いやぁ、剣とか握ったことないし。それに人に縛られるのはうんざりって言うか面倒っていうか」

「でも凄いですよ! PTで気を付けないといけないのは後衛が奇襲されることだって聞きました! このスキルがあるなら後ろをさくらさんが守ってくれればかなり楽になります!」

「そうだねぇ、じゃあ今日はその練習も兼ねて後ろを歩こうかな!」


 私達はそんな話をしながらダンジョンを進んでいく。途中でまたもや人食い蟻(キラーアント)が現れたがゴレスが盾を巧みに使い壁際へと押し付け剣でとどめを刺した。なるほど、あの装備もこのダンジョンでの取り回しを考えたものだったんだね。彼にしてはやけに小さな盾と剣だと思ったもの。

 そのまま階層をひとつ、ふたつと降りていく。途中新しいモンスター亡骸虫(ウジー)を見つけたけど難なく踏みつぶして退治する。

 そして6階層から階段を降り、ふたりも初となる地下7階層へと到着したあたりでダンジョン内の空気が急激に変わったような気がした。

 今までは少し薄暗い程度の洞窟だったけれど、今は空気は冷たく肌にまとわりつき肌に刺さるようなピリピリとした何かを感じる。


「あれ、なんか……」

「ああ。雰囲気が変わったな」

「まるで墓所の様です……ゴレス、気を付けてくださいね」

「しかしこんな階層の話は聞いたことがないぞ」


 何かを感じたふたりも警戒を強くする。私は念のため後ろで見えないように地図を更新しておく。これでもし何かあってもすぐに移動できるからだ。

 しかしその地図を見た時に違和感を感じた。ここは階段から降りてきて小さな小部屋の様な造りになっているが、その先は直線の通路が続いている。問題はその先。まるで巨大なホールのように丸い空間が広がっている。どこにこんな規模が? と言わんばかりの大きさだ。


「あの、おふたりさん」

「なんだ?」

「はい?」

「一応聞いておきたいんですけど、戻りませんか?」


 ふたりは顔を見合わせたが同時に頷く。


「ああ、何か嫌な予感がする。オレたちも初めて7階層まで降りたがこんなに雰囲気が変わるモノなのかもわからん」

「はい、何と言っていいかわかりませんが、こんなに寒々しい感覚は初めてです」


 私は頷くと後ろの階段へと近づく。


《階層の主を討伐してください。それまでは帰還できません》


「え? 階層の主? 帰還できない?」


 私がそう呟くと二人は顔を真っ青にし黙り込んでしまう。

 何度も階段を上ろうと試みるが、何か壁の様なものに阻まれて前に進むことができない。私は諦めると二人の傍に戻り肩をすくめた。


「なんか階層の主を倒さないと帰還できないって。これボスか何かがいるんですかね?」

「……か、階層の主は、居る。いや『居た』と言った方がいいか……」

「ん?」

「このダンジョンは攻略済みのダンジョンなんだ。ダンジョン攻略を生業にするギルドが階層主を討伐し消滅しなかったダンジョンが一般に開放される。そしてそうしたダンジョンには二度と階層主は出現しないと言われている。ここはそういう意味で『攻略済み』なんだ」

「で、でもどうして!? それなら階層主が居るなんておかしいです! しかも討伐しないと帰る事が出来ないなんて……聞いたことないです!」

「ああ、オレも聞いたことがない」


 私は腕を組んで考える。

 そういえば入院中にプレイしたゲームでもこんな展開あったなぁ。普段はボスなんて出ないフィールドに急にボスが出現してフィールドが封鎖される。主人公は初心者でベテランの友達と一緒に狩りに来ていたけど結局友達はやられて主人公だけ助かるんだ。……うん、嫌な予感しかしないね。

 まぁゲームとは違うとしても、この世界に詳しい二人が言う事だ。現状がおかしいという事は嫌でも認めないといけないんだと思う。問題はこの先の空間。恐らく、きっと、絶対そこにはボスモンスターが居る。このメンツでどうにかなるような相手なのかな?


「因みに聞くけど、ここのボスモンスターはどんなやつなの?」

「確か、巨大な蜘蛛のようなモンスターらしい」

「うーん……あのね、ふたりにはこれ見せるけど……私のスキルで作ったダンジョン内の地図なんだ。レアスキルだからあんまり見せたくはないんだけどね。今居るのがここで、ここにほら空間があるでしょ? 多分ここに居るんだねボス」

「何!? 凄いスキルっ――あ、いや今はいいか。……確かに、この空間が怪しいな」

「なんか、なんでもありですねさくらさん……こうダンジョンから脱出できるスキルとかないですか?」

「あったらこんな顔してないよ」

「ですよね……」


 私は真顔でアンを見る。少しだけ何かを期待していたアンの顔はすぐに青ざめ俯いてしまう。


「……そういえば、このダンジョンに入る前に受付で記帳しただろう?」

「うん」

「その時に俺たちの前に……つまり昨晩ダンジョンに入っているPTがいるようだ。外に出た記録がないから恐らくダンジョン内で夜を明かしているんだと思うが……」

「へぇ、ダンジョンの中で泊まる事も出来るんだね」

「ああ、セーフゾーンがあるからな。ただし20階層に1階層だと聞く。そこそこの人数のPTならそれくらいは潜るだろうな。……それと、ダンジョンに入ってから感じていたが異常に敵の数が少ない。関係があるのかわからんが」

「あるんじゃないかなぁ……そう言う時ってなんか異常事態ってことが多いんだよ。イベント特有の静けさっていうか」

「イ、イベント? ……まぁ、本来ならあの時点で気づくべきだったが、俺たちも新しい仲間ができて浮かれていたようだ。すまんな、さくら。巻き込んでしまって」

「ごめんなさい。本当なら私達がしっかりしなきゃいけないのに……」


 すっかり落ち込んでしまった二人を私は気遣う。だってこんな突発イベントって攻略サイト見ながらじゃないと絶対わからないよ。ゲームならそれでいいけど、ここは現実……現実なんだからさ。わかるわけがないよね。


「人生に攻略本はない!」

「何?」

「いやなんでも。ただの名言作る癖だから……。まぁでも、ここでボーっとしてても仕方がないよね。その、先に入ったPTが上がってくることを頼りにするとして。まずは少し先に進んでみてみない?その扉、開けたら真っ直ぐボスが見えるらしいし。距離も結構あるからいきなり攻撃されるってことはないと思うけど」

「そうだな。冒険者が危険を恐れていてはつとまらん。だが慎重に進むぞ」

「ほいきた!」


 小部屋からボスへとつながる扉をゆっくりと開ける。

 真っ先に感じたのは鼻に届く異臭。そして微かに響く何かのうめき声。


「あ、血の臭いだ」

「えええ!?」


 私の悪い癖。考えたことをすぐ口に出してしまう事だ。


「もしや、先行したPTか……。帰っていないのではなく帰ってこられなくなったという事か……」

「うーん、どうだろう。取りあえず少し進んでみようか。奥に薄っすら明かりが見えるけど、やっぱり結構な距離だね」


 私達は小部屋から出ると少しずつボスの部屋まで近づいていく。通路は暗く足元も見えない。手探りで進むが、ボスとの距離が近くなるにつれて背中に感じる冷たさはどんどん強くなっていく。多分これは魔力的な何かだと思うけど、私魔法使えないし魔力ってよくわからないんだよね。

 

「……く」

「ん?」

「どうした?」

「いや、何か聞こえない?」

「薄暗くて何も見えませんよぉ……」

「たす……けてくれ……」

「ほら!」

「きゃあああ! 悪霊ですか! 聖なる波動を!!」

「落ち着け、そこだ。人が倒れている」


 見ると通路の中ほどに人影が見える。目が慣れてきたというのもあってようやく視認できた。私は一応、腰の短剣に手を当てるとアンを後ろに庇いながらゴレスを先頭に近づいていく。

 ようやく相手がはっきりと見える位置まで来て私は息をのんだ。そこにはひとりじゃなくて見えるだけでも10人程の人が地面に倒れている。どうやら昨晩入ったPTで間違いないようだ。私達と同じようにこの不可解な現象に巻き込まれ立ち往生していたんだ。


「大丈夫か?」

「す、すまないが……ポーションは持ってない、か? なか、まもひどい、傷をお、負ってるんだ……」

「すまんが人数分は……」

「あるよ」

「ほ、ほんとうか? 済まないが――」

「毎度あり! お代は後程。まずは治療だね!」


 私はポーションを取り出すと壁にもたれ掛かっている男に飲ませる。そして次々に地面へと倒れている人達の口へ無理やりポーションをねじ込んでいった。

 幸い死人はいないみたいだけど衰弱が激しい。ノーマルポーションでどれだけ効くのかわからないから取り敢えずもう一本処方しておく。

 暫くして気を失っていた人たちも起き上がりお礼を言われる。慈善事業じゃないからお金は貰うけどね、と思いながらも気分は悪くない。


「いやぁ!? アレス!? アレスがぁ!!」


 そんな中でひとりの女性が通路の奥で倒れている男性に駆け寄る。どうやらもう一人いたらしい。


「はいはいっと。ポーションを……うん? え、これ、まずくない?」

「なん――こ、これは!」


 ゴレスも思わず大声を出すほど驚いている。

 そのアレスと呼ばれた戦士、恐らくはPTの中でも壁役をしていたのだろう。重厚な鎧で身を包み、傍には大型の盾が転がっている。ただし、その盾を握る左腕も一緒に。


「私達を守るために盾になって!! そんなどうしたらいいの!?」


 まだ辛うじて息はあるようだけど、このままだと確実に死ぬ。私は病院で運び込まれてくる救急患者の顔を思い出した。私の数少ない特技、顔を見れば助かるかどうかがわかるこの忌々しい特技が告げている。あと数分で死ぬと。


「いやぁ! アレス!! アレス!!」

「お姉さん」

「ああああ!!」

「聞きなさいよっ!」


 私は思わず縋りつく女性の頬をビンタする。女性は張り倒され驚いた顔をして私を見た。


「あのね、泣きわめいても解決しないの。この人助けたいんでしょう?」

「た、助けられるの…!?」


 私は頷くと異空から『エクスポーション』を取り出す。それを見て女性は「ただのポーションか」と落胆したような顔をするが、他のPTメンバーにこのポーションの価値を知る人がいた。


「な――エ、エクスポーションか!?」

「そう。これなら千切れた腕でも繋がると聞いたよ。だから単刀直入に言うけど、お姉さんこれ買って」


 私がそう言うと彼女のPTメンバーから罵声が上がる。


「こんな時にも商売か!? この守銭奴め! 命がかかってるんだぞ!」

「守銭奴? こんな時? 何か勘違いしてない? こんな時だからこそだよ。命に値段なんて付けられないっていうけど、そんなことないんだ。少なくとも今、彼の命はこのエクスポーション1本分の値段が付いてる。そしてそれを買うという事は命を買うという事。世の中その命を買いたくても買えない人がいくらでもいる。私は慈善事業でやってるわけじゃない。これは商人としてのプライドだ!!」


 その場が凍り付く。私が言ってることはある意味正論でも今の状況だと見殺しにする可能性も含んでいる。『お金のない奴は生きられない』そう突き付けているんだ。けれど私は自分で生きようとしない奴は嫌いだ。まるで自分を見ているようで。私は単に、私の言葉を信用して飛びついてきて欲しいだけ。施しで命を救えるほど私は立派じゃない。


「買う……買うわ! 彼の命に比べればエクスポーションなんて安い物よ!! 売って頂戴、商人さん!!」

「毎度あり!!」


 私は瓶の蓋を開けると、女性が抱えている彼の口にねじ込み無理やり嚥下させる。飲みきれなかったポーションがボタボタと顎を伝い、身体を伝い、千切れた左腕へと流れていく。

 咄嗟に盾を握る腕を持ち上げ千切れた箇所に持っていくと、まるで磁石同士がくっつくように強い力で引き寄せい合い元の位置へと戻っていく。繋がるってこんな感じなんだ……。

 暫くすると彼の呼吸も安定し、顔色も少しだけ良くなった気がする。だけど依然衰弱していることに変わりはなかった。

 私は食料と水を取り出すと全員に配る。私を罵倒していた男も頭を下げ「すまなかった」と謝罪して受け取った。いやいや、いいんだよ。あなたのいう事は間違いじゃないからね。


「ところでお姉さん、ポーションの値段聞かないね?」

「え、ええ。だってエクスポーションなんて見たこともないもの。でもお金は払うわ。私の装備を全部売っても。いえ、私自身を売ったとしても……」

「お姉さん、そのお兄さんの彼女なの?」

「……そう、なりたいと思っていたの。けれど彼は辛い別れをしたばかりで……私の気持ちを伝えるのはあまりに卑怯だと思って。だから気晴らしに久々にこのダンジョンに来たのよ。私達が出会ってPTを組むきっかけになったこのダンジョンに」

「そっか。大変だったんだね……ごめんね? 顔、叩いちゃって」

「いいの。私どこかで諦めてた。最後にアレスの記憶に残りたくてただ錯乱してただけなのかもしれない。けどあなたは少なくとも彼を生かすための選択肢をくれたわ。目が覚めたわ。ただ泣き叫ぶだけが私の仕事じゃないって」

「まぁ私はあんまりそういう事わからないけどさ。生きて欲しいって思う事は普通だと思うよ。誰からもそんな事思ってもらえない人もいるわけだし。そう考えるとそのお兄さんは幸せ者だね」

「そういってもらえると嬉しいわね。ありがとう」


 私は鼻の頭を掻くと手をパンっと叩く。


「よし! じゃあ集金のお時間です! まずは最初のポーションね。11人分だから1本300リム。ここまでの配達料が100リムとして400リム。それが22本だから……8800リムだね。食料と水は合わせて200リム。それが11人分で2200リム。占めて11000リムになりまーす」

「まぁ、ダンジョンの中で売るならそうだな。ここまでの配達料には納得だ。しかし安くはないか? 」

「まぁ配達料に関してはまだお店始めたばかりだからね。今後変動するかもだけど、まずは開店記念価格って事でさ!」

「あ、あの、エクスポーションは因みにいくら出せば……。私手持ちで現金は10万リムしかないの……家に帰れば一応20万リムはあるけど……」

「30万リムか……エクスポーションは相場では100万リムはするそうだ……よし、俺たちからもいくらか――」

「お姉さんついてるね!!」


 私は言葉を遮ると拍手をする。


「丁度開店記念価格でさぁ、今なら30万リムで販売してたんだよね。じゃあここで10万リム貰っておくね……はい、毎度!」

「あ、ありがとう……本当にありがとう……」


 女性は涙を流すとアレスの頬を撫でる。まだ意識は戻っていないけど、こんなに思ってくれる人がいるのは嬉しい事だよね。


「しかし、喜んでばかりもいられない。このダンジョンから出られなければ残りの代金の回収どころの騒ぎじゃないぞさくら」


 ゴレスが少し困った様に話を振ってくる。そう、私達は今ダンジョンに取り残されてるんだった。先行PTが帰還途中で加勢してくれることを祈ったけれど、そのPTがこのありさまでは恐らく私達が加勢しても何も変わらないだろう。ポーションもまだ在庫はあるけど、力押しで戦うには心もとない。それに相手は重装備の戦士の腕を千切ってしまう程の攻撃力なんだから今度誰かの手足が千切れたら流石に私の心も痛む。まぁ売るんだけど。


「そういえば、ボスってどんなだった?」


 私が最初に出会った男に尋ねると、彼は身を震わせて話し始める。


「噂で聞いた通りの巨大な蜘蛛の化け物だった。最初は善戦してたんだが、あいつにとっては遊んでるのと同じだったに違いない。急に動きが変わってアレスが吹き飛ばされちまって俺たちもボロボロに遊ばれて死ぬ寸前まで追い込まれた。その時ライア――あんたが平手打ちした女戦士なんだが、ライアがたまたま放った聖なる矢(ホーリーシュート)が奴にダメージを与えたんだ。怯んだすきに全員でアレスを抱えてこの横穴に戻ったんだよ」

聖なる矢(ホーリーシュート)? ライアさんは元々聖職者のジョブから転職されたんですか?」


 アンが尋ねるとライアは頷く。


「そう、私は元々神官になりたかったの。だけどさジョブには相性があるじゃない? 残念だけど私は向いてなかった。固有スキルも取得スキルも残念ながら向いてなかったから転職したの」

「なるほど、聖なる矢(ホーリーシュート)は固有スキルでしたか。でも不思議です。大型の蜘蛛という事は昆虫型のモンスターですよね? なぜアンデッドに有効な聖属性攻撃が効果を発揮したんでしょう?」

「あ――。もしかして、このボスってさ一度倒されてアンデッド化してるんじゃない? そしてそれをダンジョンがボスモンスターとして誤認してるのかも」

「……ありえますね。ドラゴンゾンビなどの例がありますし」

「しかし階層主がアンデッド化? そんな話聞いたことがないぞ。ドラゴンゾンビは種族としての特性だ。それに討伐されてから何年もたっているのに今更アンデッド化なんてありえるのか?」

「でも可能性は見えたよ。もし本当にアンデッドなんだとしたら私が倒せるかもしれないよ?」


 全員が顔を見合わせる。ただの商人がボスモンスターを倒す? そんなことあり得る訳がないといった顔だ。けれど私にはこの状況を打開できる切り札がある。そう『錯乱の洞穴』で見つけたあの武器が。

 私は腰の短剣に触れる。まるで出番をわかっているかのようにその短剣が小さく振動するのを感じた。

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