道具屋の少女は家なき子
ダンジョンを彷徨い始めてからどれくらいたっただろう。どうにもこのダンジョンは人気がないのか一切人に出会わない。
ダンジョンと言うとモンスター! と相場が決まっているけど、今のところ一度もそれらしいものに出会わないでいた。
「なんだろ、少し拍子抜けだなぁ」
私はそう呟くと水筒に口をつける。これは例のPTが落としていったものだけど、まだ半分以上中身が残っている。そういう特殊なアイテムなのかと思ったけれどそうじゃなかった。
私殆ど水も飲まないし食べ物もいらないみたいなんだよね。
それがどういった理由なのかはすぐに検討が付いた。
「多分鋼の身体のせいだよね」
どうやらこの鋼の身体はそういう効果があるらしい。絶大な物理防御力に魔法防御力、そして空腹や喉の渇きを感じにくい。まさにダンジョンを潜る為に存在するようなものじゃないか。
そう考えるとこのままこのダンジョンをウロウロしてもなんて考えも出てくるけれど、とにかく今は空が見たかった。生まれてからガラス越し以外の空を見たことのない私は自由になる身体があるだけでも満足していたけど、やっぱり外に出たいと思っていたからね。
「お、また宝箱だ」
私は宝箱を開けると中身を確認する。
「あ、地図だ! なにこれ、入り口まで全部載ってるじゃん……入り口までもうちょっとか。意外と近くまで来てたなぁ。……ていうか彼らは地図なしでここまで来たの? 凄くない?」
私は地図をまじまじと見ながらダンジョンを歩いていく。ここまでにも何個か宝箱を見つけていた。不思議なもので壁の中に埋まっていたり、曲がり角の奥にポツンとあったりと一貫性がない。それどころか中身もネックレスや緑の薬瓶、短剣に靴とこちらも一貫性がないんだよね。
最初の指輪はたまたま当たりだったから良かったけれどもしゲームみたいに呪いなんてついてたら面倒くさいし、あれから見つけるアイテムは全部収納して持ち運んでいる。
しばらく歩くとダンジョンの入り口らしきところに辿り着く。外からの光がまるで光のゲートのように輝いている。
私は高鳴る鼓動を必死で抑えると外へと脚を進める。
「おおおお! これがそ――」
「きゃあああああ!?」
何、なんなの急に悲鳴上げるとか。びっくりして漏らしそうになったじゃないか。
「……え、どうしたの?」
私は傍で尻もちをついている少女の前にしゃがみ込むとその顔を覗き込む。
少女は赤い髪を肩口で切り揃え大きなカバンを背負っている。顔を見ると見た目以上に幼く見えるのは身長と眼の大きさのせいだろうか。くりっとしていてとても可愛らしい。
「え、あの、今そこのダンジョンから……」
「うん、出てきた」
「えぇー! あのダンジョンに入ってたんですか!?」
「入ってたと言うか、中に出てきたというか……なんていうんだろうね」
へらっと笑うと少女は不思議そうに小首をかしげた。
「そういうあなたはここで何してるの?」
「あ、ええと、このダンジョンの周りにはここにしか生えない苔がありまして。それを錬金術師の方に買い取ってもらうんです」
「へぇー、でもその割には周りに誰もいないね」
「え? ええと、ここに来るなら『精神異常耐性』のスキルがないと難しいですから……。この村では数人しかいません」
「精神異常耐性? スキル?」
少女は首を傾げると立ち上がりぱっぱっと服の土汚れを払う。私も一緒に立ち上がると少女の次の言葉を待った。
「あ、私この先の村で道具屋をやってますミリアナと言います。あ、いや、やってます、というかやってましたというか……」
「何々、どうしたの?」
「いえ、初めてお会いした人に言う事じゃないんですけど……道具屋は父と母が経営してたんですが、二人とも商品の仕入れに行く途中で盗賊に襲われてしまって…………私一人で切り盛りしてたんですがそれもうまくいかずに借金の担保として取られちゃいまして」
そういう少女をよく見ると服はボロボロで肌も汚れている。髪も少しボサボサになっているだろうか。
こんな少女が一人で頑張っているのに誰も手を差し伸べないとかなんだこの世界は。まぁいきなり指輪を奪う為に指を切り落とそうとしたり魔法ぶち込んでくる世界だもんな、命があるだけまだマシなのかな。
「あ。私さくらっていうの。ミリアナちゃんは道具屋さんだったんだよね? 商品の買取とかできない?」
少女は一瞬顔を輝かせるが、すぐにその表情を曇らせ俯いてしまう。
「すみません。お力になりたいんですけど、買い取れるだけのお金もないんです。鑑定でしたらできますが……」
「お、本当? じゃあ鑑定してよー。困ってたんだよねぇ。お金も払うからさ!」
そう言うと私は指輪を叩き異空からアイテムを取り出す。ミリアナは空中に現れた四角い空間を見てギョっと驚いているように見える。
短剣、靴、篭手、ネックレスに緑の液体が入った小瓶が5本、そして最後に謎の石。
ミリアナは目を輝かせると鞄の中から手袋を取り出して地面に布を敷く。その上に座り込み、まずは短剣から手に取る。
「鑑定しますね。ええと……破、魔の短剣……え――破魔の短剣!?」
ミリアナは驚くと短剣を取り落としそうになる。丁寧な所作で短剣を布の上に置くと震える手で今度は靴を手に取る。
「こ、こっちは――ひぃ!? 早駆けの革靴!? え、じゃ、じゃあこっちの篭手は……ひいいい剛腕の篭手!?」
ミリアナは目を回すと後ろにひっくり返ってしまう。なんだかコントみたいだなと思いながら私は彼女の顔を眺めていた。
10分くらいたってようやくミリアナが目を覚ます。はっとした顔で起き上がると私に全部のアイテムを押し付けて距離を取る。なんか滅茶苦茶怯えているんだけど何があったの?
「だ、大丈夫? 何か問題があったの? 呪われてるとかさ」
「い、いえ!! そうじゃないんです!! ただどのアイテムも異常な程高級なんです!! クラスでいうなら伝説級……ううん、その指輪に至っては神話級ですよね…!! ダメです、心臓が止まっちゃいます!!」
何が何だかわからないが、私はアイテムを異空の中へと収納する。ミリアナは相変わらず怯えた様に震え近づいてすら来ない。なんだかすっごく微妙な気分だわ。
「アレ全部この洞窟で見つけたんだよね」
「や、やっぱりここで見つけたんですか!?」
「そうそう、結構奥の方で。けど私以外にも5人くらいのPTが一番奥の部屋に来てたよ? どうして彼らはこのアイテムを取っていかなかったのかな?」
「PT、ですか? た、多分そんな余裕がなかったんだと思います。この洞窟はご存知の通りの特殊な洞窟ですから……」
「いやゴメン、私知らないんだ、この洞窟の事」
「え、ご存じないんですか? ここは特殊ダンジョンと言って、ダンジョン自体が侵入者を阻むギミックを持っているんです。名前は『錯乱の洞穴』と言います。私の様な精神異常耐性スキルを持っている者でさえ奥には入りません。それほどまでに難易度が高いダンジョンなんです」
へぇ……という事は彼らはそれなりの高レベルの冒険者だったってわけかぁ。その割にはなんていうか、なりふり構ってなかったような気がしたけれど。しかもやけにボロボロだったし、あれは何かがあったという事なんだろうか。
「でも不思議です。そんな所まで入ってこうして普通に出てこられるなんて。どんなに精神異常耐性が高い人でも1週間は寝込むそうです」
「ええと、まぁ、うん。私ちょっと精神的にタフなんだよね! 多分そのおかげかな!」
「は、はぁ……」
絶対納得してないなこの子。顔がそう物語っているもの。
「そうだ、鑑定の代金を払うね。いくらかな?」
「とんでもない! こんな素晴らしいアイテムを鑑定させてもらえるなんて嬉しいです! お代は――」
「ダメ。受け取ってほしい。自分の能力を安売りしちゃいけないよ!」
彼女はポカンと口を開けながらただ頷いている。
「決まった」私はそう思った。今のセリフは死ぬ前に何度も練習した大好きな漫画の主人公のセリフなんだ。村人達が「勇者様からお金なんて受け取れません」と言った時に言い放った言葉。こんなこと言ってみたかったんだよなぁ。
私は異空からお金の入った袋を取り出すと、金貨を彼女の掌の上に5枚乗せる。
それを見た彼女がびくりと身を震わせるのを見て少なかったかなと思いもう5枚乗せる。
「ちょちょちょちょっと待ってください! こんなにいただけません!」
「え、ああ、多かったの?」
「多いなんてものではありません! 『鑑定スキル』の対価は高レベルの人でも多くても金貨1枚くらいです!」
「え、ミリアナの鑑定レベルはどうなの?」
「わ、私は鑑定だけは最高レベルですが……村ではいつも何個鑑定しても金貨一枚だったので」
「ふーん、じゃあ残りのネックレスと緑の液体で5個だから金貨5枚追加でいいじゃない」
「あ、え、でも……」
「まぁいいよ、良いアイテムだったんでしょ? だったら大判振舞いさ!」
「じゃ、じゃあ残りも鑑定しますね!」
ミリアナは嬉しそうにネックレスを受け取ると鑑定を始める。そんなに喜んでもらえたのなら私も頼み甲斐があるってものだ! なんだかうれしくなっちゃうね!
「ひぃいいいい!?」
うん。もう慣れてきた。
私は目を覚ましたミリアナと一緒に彼女の道具屋があったという村まで行くことにした。距離自体はさほどでもなかったし、私からすればすべてが新鮮で楽しく感じた。ミリアナはあまり乗り気ではなかったけれど、ここにずっといても何も始まらないし仕方がないっていうのもある。
体感40分ほど歩くと村の入り口が見えてくる。ミリアナは私の後ろに半分だけ隠れるとそこから村の中の事をいろいろと教えてくれる。暫く歩くとやけに人が並んでいる建物へとたどり着いた。
「さぁさぁよってらっしゃい! こいつが世にも珍しいエクスポーションだ! どんな傷でもたちどころに治るってもんだよ! 今なら限定10本! たったの金貨50枚だ!」
威勢よくアイテムを販売している男がいる。ミリアナにあれは何をしているのかと問いかけるが、顔を蒼くして震えてしまう。
なるほど、アレが元々ミリアナの両親がやっていたお店であそこで商売をしているのが借金取りというやつかと納得する。
だって見た目が漫画やアニメに出てくるチンピラそのものなんだもん。
「あ、あそこで売っているのは……エクスポーションを薄めた偽物です! 鑑定がレアスキルなのをいい事に騙して売ってるんです……その為に私達のお店を…………」
「ふーん……」
私はミリアナと短く話をすると彼女を残して人垣の後ろから店を覗く。
そこには大小さまざまなポーションが並び、どれも高値の札が付いている。その中でも一番高い物は私の持っている液体と全く同じ形状、色をしていた。
確かミリアナがあの緑の液体を「エクスポーション」だって言ってたなぁと思い出す。じゃあ金貨50枚の価値があるってことなんだね。
「ねぇお兄さん、そこのポーションってエクスポーションってやつなの?」
「お! そうだよ! こいつが腕が千切れようと脚が粉々になろうと回復してくれるエクスポーションだ!」
「へぇ、じゃあちょっと実践して見せてよ」
「……は?」
「だからさ、私が50枚金貨払うからそれ使って実践してみてよって言ったの」
「何でそんなことしなきゃならねぇ!」
「だって本物なんでしょう? 皆その効果知りたいよね? 鑑定できる人がいないんだから鵜呑みにして買ったらバカじゃないかなぁ。ねぇ?」
私がそう煽ると何人かが頷く。
「言われてみればそうだな……金貨50枚はかなり安いが、偽物だったら困るしなぁ」
「なんだてめぇ! 俺たちの商売にケチつけようってのか!?」
「じゃあさ、鑑定してもいい?」
「は?」
「だから、私の雇い主が鑑定してもいいかってきいてるの」
私がチラリと視線を後ろへ送ると、そこにはミリアナが身を震わせて立っている。
「なんだぁロックス商店のクソガキかよ。店取り戻すために嫌がらせ始めたのか? ギャハハ!」
「え、ちが」
「そんなことどうでもいいから鑑定させてよ」
「チッ、てめぇ痛い目見ないとわかんねぇらしいな!」
ポーション売りの男は懐からナイフを取り出すと私の前でちらつかせる。
周りの客はそれぞれが距離を取り、私とポーション売りの男の様子を窺っている。
「あれぇ? 鑑定されると困るの? 今自分から『私は人を騙して商売してますぅ』って宣言したようなものだよあなた」
「うるせぇな! 鑑定結果なんて本人にしかわからねぇんだからどうやって証明すんだよ! あのクソガキが『偽物だ』っていやぁ偽物扱いになっちまうじゃねぇか!」
「それならもう解決してるよ。ほら」
「あ、なんだその石……あ、そ、そりゃ魔法の墨石じゃねぇか!」
「そ。効果わかるよね? うちの店長が鑑定した品物にはぜぇんぶこの墨石で鑑定結果の詳細を記した保証書をつけてるんだよ。だからさ、鑑定させてくれたら私達があなたにお墨付きをあげちゃう」
「うっ……」
なんてね。この石の効果もさっきミリアナに訊いたばかりでうろ覚えだし、ミリアナが最初から『偽物』だといわなかったらこんな喧嘩吹っ掛けられない。
今私はドキドキしてるんだ。こんな口喧嘩なんて姉以外としたことがないし、以前は消極的ですぐに言い負かされてたからね。正直に言って自分でも驚いてるくらいだよ。
しかも今の私には絶対に口喧嘩では負けない『奥の手』があるんだからね。
「さぁどうすんの? 本物? 偽物? ていうかそもそもさ、ミリアナちゃんのご両親の借金だって本当に存在するの?」
「ああ? 確かに借金は存在するぜ! ポーションだって本物だ!」
私はニヤリと笑うと魔法の墨石を握る。そして左手に握っていた紙に押し当てると、そこにプリンターで印刷されたように文字が浮き出てきた。
「どれどれ……お! みなさーん、どうやらこの男が売ってるポーションは偽物みたいですよ! 更に言うとありもしない借金をでっち上げてこのお店の権利を無理やり横取りしたいみたいですねぇ」
そう言うと片手に紙を広げ高々と掲げて見せる。そこにはこう書かれている。
『真贋のネックレスのスキルによる判定結果。借金は存在せずポーションは偽物。』
そう、私が今身に着けているのはさっきミリアナが鑑定してくれた神話級アイテム『真贋のネックレス』だ。このネックレスは便利で相手に問いかけるとその答えに嘘があった場合判定してくれるというもの。どういった方法かはわからないけど、能力の高さはまさにお墨付き。
更にこの魔法の墨石は、鑑定や真贋判定など『真実を判明させる』スキルやアイテムの結果を紙に記録してくれる効果がある。まさに鑑定スキルとの相性最高。なかなか手に入らなくて世界に現存する物も500個あるかどうかという伝説級のアイテムらしいよ。
「さ、てと。話聞いてくれてました?」
私が群集の中にいる鎧を指さすと、その鎧は槍を携え人だかりから一歩前へと進み出る。その容貌はまるで鎧でできたミノタウロスのようにも見える。顔は牛を象った兜で隠れその下は全身鎧で固められている。
「あぁ、全て見ていたぞ」
「良かった。じゃあどうなりますか? この場合」
「そうだな、間違いなく処刑だ」
「なるほど」
私はそう言うとニッコリと笑いポーション売りへと振り返る。
彼は顔面蒼白で膝から崩れ落ちると、股間から水を滴らせ笑っていた。
それもそのはず、私と会話していた鎧の騎士は通称調査官、大陸を自由に渡り歩き犯罪者の検挙や新ダンジョンの発見、未開地域の探索などを生業としている冒険者の最高位。睨まれれば王国騎士団でさえひとりで壊滅させられると言われているらしい。
私もミリアナに訊くまでは知らなかったけど。
その後、到着した兵士にポーション売りは捕縛され、店のポーションは全て証拠品として没収された。私はミリアナと一緒にお店の中に入ると余計なものを全て外へと運び出す。
最初は唖然としていたミリアナだが、お店を取り戻せたことで涙を流しながら後片付けをしていた。
「しかしよく私が何者かわかったな」
店先で指揮を執るミノタウロスが感心したように言う。
「ああ、あれはこの子が教えてくれたんです。あそこの鎧の人が疑っているけど証拠が見つからないって」
「ほお?」
「あ、あのお久しぶりです……」
ミリアナが頭を下げるとミノタウロスは何かに気付き頷く。
「そうか……キミはあの時の……」
「はい、父と母が盗賊に襲われた時に私を助けてくださったのは貴方でした。調査官様」
「ああ、覚えている。そうか、ここが君の故郷だったか……」
どうやら二人は顔見知りみたいだ。
私はこっそりと抜けだすと、ミリアナのお店の近くのベンチで休憩を取る。思い返せばこの世界に来てこんなにのんびりと休んだのは初めてだったかもしれないなぁ。
空を見ると大きな鳥が何羽も山の方へと飛んでいく。
私はふとミリアナのお店を見る。ミリアナが無事にお店を取り返せたことを祝って村の人達が押し寄せていた。中には涙を流しながらミリアナを抱きしめて喜んでいる人もいる。ミリアナもなんだか嬉しそうだ。
「道具屋さんかぁ……うん、いいかも!」
私はひとりそう呟くとベンチに寝転がり空の青さに胸を躍らせた。