さくら商店は商業都市ガネッサで儲けたい!
私の名はザナック。
商業都市ガネッサの門を預かる責任者だ。
この商業都市は多くの名だたる商人を輩出した事から全商人の憧れ、まさに商人の為の都として大陸にその名を馳せている。
そして一年に一度開催される『商人祭』は多くの商人が大陸中から自慢の商品を持ち寄るまさに大陸一の熱気を放つ王国公認の祭りなのだ。
ここに集まる商人は少しでも成功し『黄金の道』を歩みたいという熱い情熱と思惑を胸に秘め、商人という職業が互いに売り上げや商品で戦う『商人の闘技大会』へと参加してくるかのようだ。
だが、その中には努力の方向を間違えた者達も多く存在する。
模造品や偽装品、中には奇抜さを狙いガラクタばかりを『福袋』と称して販売する不届きな輩も少なくない。
そして私は20年以上この門の中でそんな商人達を見てきたのだ、今更多少の事で驚くような経験の浅さではないと自負している。
「な、なんだアレは?」
そう、ほんの数分前までは。
「あのぉ、すいません。これお願いします」
その少女は少し明るい灰色がかった髪の毛を肩口で切り揃え、ごく普通の商人服に不釣り合いなほど高価な装備を身に着けていた。
腰には一目で業物だと分かる短剣、そしてその手には何体の魔物の生き血を啜ってきたのかわからない真っ赤な篭手、そして足元にはまるで流星を履いているのかと勘違いするような煌めく革靴。
極めつけは……。
「あ、ああ。あの、お嬢さん、商人で、間違いないね? ええと、アンパルから来た……さくらさんかな?」
「はい! 途中で馬車を引いていた馬が体調を崩したので、仕方がなく私が引いてきました! あ、冒険者ギルドのギルドマスターが後ろに乗ってますので要人門へ通していただけますか? これギルドマスター・シリウスの身分証です」
「そう……ですか。ええと……いやいいか。はい、どうぞこちらへ」
その、およそ一人では動かせないであろう大型馬車だ。
私はニコニコと笑いながら馬車を引いて後ろをついてくる少女に驚きと恐怖を隠せなかった。
見た感じ15歳前後だろうか? その少女が引いている馬車は要人用の大型防護馬車『センチュリオン』、この街で開発され最近販売を開始したものだ。
そのサイズは通常の馬車の2倍にもなり重量に至っては防弾仕様で3倍にもなると言われている、まさに『走る砦』と呼ばれる最高級馬車。
大の大人が数人がかりでようやく動かせるものを普通に引いている少女は一体何者なのだ!?
「あ、ザナックたいぃいいい!?」
部下で一番冷静なカルレンでさえ顎が外れるかと言わんばかりの驚きようだ。
むしろ私並みの精神力を持っていなければこうも普通に接することはできないだろう。
「……すまんな、今は要人の案内中だ。あとで頼む」
「あ、はい…………すげぇ」
私は多くの奇抜な商人を見てきたが今回はどうやら私の負けのようだ。
だがまだ私に冷静さが残っている分、惨敗という事ではないだろう。
「あ、あそこ馬車停留所って書いてる」
私が停留所へ視線を向けると少女はあっと言う間にそこまで走り出してしまう。
その動作には一切の迷いも力む様子もなく、極自然に少女が美しい花でも見つけたかのような優雅さすら感じるほどだ。
私は定まらない視線を誤魔化す為に空を見上げる。
そこには一匹の夜光鳥が日の光に照らされながら濃い影を作っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あの門番さん、なんで空見上げて笑ってるの?」
「あれじゃな、恐らくお主を見て恐怖を感じて……」
「なんで!?」
私は馬車を停留所に止めると馬車管理所へと手続きに向かう。
こうすることで馬車を盗まれないように管理してくれるとパスティさんに教えてもらった。
今の馬車は私が借りたものだからちゃんと返してあげないといけないし、こういう手間は惜しまないように気を付けなきゃ。
しかし、中々に重たい馬車だったなぁ。
篭手と靴がなかったらここまで来るのは不可能だったかもしれないね。
「まさか本当に動くなんて……うっ。ぶ、無事到着出来て良かった……」
「もうパスティさん、そんなに心配しなくても。普段よりもずっと速度は抑えてましたから」
「あれで……? 途中で現れた野生のブルが粉々になって吹き飛びましたよ? 道中で人を轢いてない事を祈りたいです……」
パスティはハンカチで口元を押さえると足早に宿に向かっていく。
そりゃ初めて馬車を引いたんだから少しは揺れるけど、何もあんなに酔うことないじゃん。
まぁもしかしたら元々乗り物に弱いのかもしれないけど。
「ではワシらは先に宿に入る。お主も同じ宿でよかったら部屋を手配するが、どうする?」
「あ、じゃあお願いしちゃおうかな! 宿泊費はギルド持ちですよね!」
「勿論じゃ、馬車を引いてもらった礼に滞在中の宿泊費はワシが持とう」
「流石! じゃあ早速ですけど市場を見てきますよ! 夕方には戻ります!」
「うむ。宿はその目の前の『夕日の黄金亭』じゃからな」
「はーい、じゃあまた夕飯の時にでも!」
私は手を振ると足早に市場へと向かう。
すでに地図は作成済み、どうせなら観光地図として売ろうかなと考えて200枚ほど複製しておいた。
「まずは商人祭の受付へ……ええと商人ギルドかな。場所の申し込みには5万リムだったっけ。場所代だけでかなり儲けるんだなぁ」
あちこちにある『商人ギルド』と書かれた看板を目印に進んでいくと、そこには長蛇の列ができていた。
まだ商人祭まで5日もあるのにこんなに人がいたんじゃ場所なんて確保できるのだろうか?
「はい、次の人」
一時間ほど並んでようやく私の番になった。
「はい、ギルドカードだしてください。……うん? レベル1か。商人になりたてでもう参加?」
「はい。運が良い事に売り物もありますから」
「ふーん、まぁ売れるといいね。はいどうぞこの腕輪をちゃんとつけてね。場所はこの区画のここね。腕輪に番号も振ってるからね」
「ありがとうございまーす!」
「はいつぎー……」
私はお礼を言うと早速自分の割り振られた場所へと向かう。
普段はこの街に暮らす人のための資材なんかを置いてあるらしいけど、祭りの期間はそこを開放して会場にしているらしい。
だけどそれだけじゃ収まりきらないから街の至る所にフリーマーケットスペースが設けられている辺り、どれだけこのイベントに情熱を注いでいるのかがよくわかる。
「ええと、私の場所は……ありゃ、やけに奥だなぁ。それに人目にもつきにくいし……」
「あらお嬢ちゃん、祭りの参加者かい?」
「あ、はい。割り当てられた場所を見にきたんですけど」
「ああ、じゃあご愁傷様だ。そこは毎年『売れ残り市場』なんて揶揄されててね。人の足が向きにくいんだよ。私も前回はそこでさぁ、結構いいもの売ってたんだけど振るわなくてね」
「確かに、少し立地が悪いですね」
「だろう? まぁ見に来てくれる人はいるよ。だけどやっぱり通りから離れると数は減るね。見に来るのは物好きと掘り出し物を探している商人くらいさ。だから勝負するなら大きなものでやるしかないねぇ。消耗品は結構売れにくいんだよ」
「なるほどなるほど、ありがとうございます。お陰で参考になりました」
「いやいや、何か珍しい物だすんなら教えとくれ。私も顔出すさ」
「はーい!」
話しかけてくれた女性商人に別れを告げると私は街の市場を散策する。
まずは明日の為に消耗品と食料の準備だ。
色々と調べたところによるとこの近くには何と6か所もダンジョンが存在しているらしく、しかもそのどれもが中級以上。
出てくるアイテムも民話級以上で中には伝説級を手に入れたという人もいるらしい。
私の今の商品だと売れるのはエクスポーションと精霊シリーズの装備品だけで、他は殆どが汎用品の装備で心もとない。
だからまずはダンジョンに潜ってアイテムを集めてみる事にした。
集まらなければ今回は記念参加で終わるかもしれないけれど、まぁなるようになれだ!
明日の朝、最初に行こうと決めていたダンジョンに潜ってまずは小手調べといくことにする。
場所は私に一番合っていると思う『幻惑の花園』ダンジョン、その名の通り精神異常耐性が高くなければ入れない所。
きっとアイテム産出量も多くないし、上手くいけば民話級アイテムでもちゃんと売れるんじゃないかと考えているけど……果たしてどうなる事やら。