さくら商店は馬車だって引けます!
「そういや知ってるか?」
「何を?」
「さくら商店」
「なんだそりゃ?」
「なんでもダンジョンでアイテム販売してるやつがいるらしい。たまにレアな物を手に入れてくるらしくてよ、アンパルに数年前に活動してた凄腕のエルフ魔法使いがいただろ金髪の」
「ああ、あの美人さん。確か眼を怪我して引退したって……」
「そいつの眼、治しちまったんだと」
「はぁ!? まさか……エリクシルポーションか!?」
「そうだ。どっから持ってきたのかしらねぇが、最後に見たのが『竜人の祠』だったらしいから自力ドロップだろうな」
「すげぇどんな運だよ」
「しかも! エクスポーションを複数本売りに出してたらしい」
「げぇ!? すげぇな、一体どこから流れてきた商人なんだ?」
「それがなぁ……噂じゃあ最近アンパルで冒険者登録した新人らしいぜ?」
「……マジで?」
「いいよなぁ……アイテムの申し子だぜ」
「もしこの祭りで見かけたら少し覗いてみるか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「だからぁ! ただ道を急いでただけだってば!」
「バカ言うな! お前商人じゃないだろう!? あんな速度で走る商人がいてたまるか!」
「む、ちょっと世界をしらないんじゃないですかぁ? これ! この靴の能力ですって!」
「くつぅ? 何の装備だ」
「早駆けの革靴」
「……うん、お前レベル1の新人だよな? どっかのボンボンか?」
「いえ、この世界に来たばか――りじゃなくて、冒険者になりたてです」
「だったらそんな装備持ってるのはおかしいだろ! 偽装だ偽装!」
「あーもう! 鬱陶しいな! いい加減にしないとぶっ飛ばしますよ!」
「おま、お前! 一応俺は巡回の兵士だぞ! 国を敵に回すつもりか!」
「おーやってやろうじゃないですか! 何でもかんでも言いがかりつけて自分の無知を棚上げするような奴がいる国なんて滅ぼしてやりますよ!」
「言ったなお前! 知らねぇからなお前!」
「あー? なんだっていうんですかー! やってやろーじゃないですか!」
私は今絶賛喧嘩中だった。
ただ道を爆走しながらおにぎり食べてただけなのに呼び止められてずっと「偽装スキル使っているだろう!」と責められ続けている。
なんでも『商人祭』が近くなると偽装スキルの使い手が商人都市ガネッサへ近寄ろうとするらしい。
スキル看破を持っている者は基本的にガネッサで警備にあたるらしく、巡回の兵士はこうして怪しい者を呼び止めギルドカードの提示を命じているらしい。
私も呼び止められてギルドカードの提示を求められたから素直に出したんだけど、どうにも経歴が怪しいやその移動スキルは何だと質問攻めでついに喧嘩となり今に至る。
「言っときますけどね! 私冒険者ギルドのギルドマスターとお知り合いですから! 疑わしいなら問い合わせればいいじゃないですか!」
「バカ! はいバカ! 今から問い合わせてたら時間がかかりすぎるだろうが! そんなの口から出まかせに決まってるわ!」
「はぁ!? あなたギルドマスター知ってるんですか! ギルドマスター! あのおじいちゃんを怒らせたら怖いですよぉ? 首を切り飛ばされちゃいますよ!」
「そんなことはせん」
「そう! しないかもしれない! けど怒らせた……ら……?」
「ワシがどうかしたかサクラよ」
「ぴっ!?」
私が驚いて尻餅をつくと、ギルドマスターの後ろで馬車から降りてきたパスティがくすくすと笑っている。
「え? なんでここに!? 商業都市に行ったんじゃないの!?」
「いや向かっておるよ。どうせお主、いつものように爆走しておったのだろう」
「うっ!?」
「じゃからあれほど常識の範囲内で走れと言っておるだろうが。人でも撥ねたら大事じゃぞ」
「ちゃ、ちゃんと前は見てますから……」
「あ、あのぉ、もしかして冒険者ギルドのギルドマスター、シリウス様ですか?」
「ああ、そうじゃ。ほれ身分証じゃ」
「おお! まさしく! 毎年ご苦労様です!」
「ねぇ」
「ん?」
「なんでギルドマスターは疑わないの?」
「お前と違って信用がある」
「ぐぬぬ!」
くそぉこの権力の犬めぇ。
私がこの国一番の商人になった時には覚えときなさいよ!
「しかし奇遇じゃな。ワシらは途中の村で知り合いがおってな。そこで1日休んでおったのだ。どうじゃ、一緒に乗っていかんか?」
「え、いいんですか?」
「まぁお主は走れば今日中に着くと思うがな。偶にはのんびり旅をするのも悪くないと思ってな」
「じゃあ折角だしお邪魔します!」
「シリウス様、もしや本当にお知り合いで?」
「ん? あぁ、うちの期待の新人じゃ。今回は大目に見てやってくれんか?」
「いえいえ、何の問題もありません! どうぞお気をつけて」
「犬」
「あぁ!?」
「こらやめんか! いくぞ!」
ふん、だ。
ああいう利権にまみれた官憲が民をいたずらに苦しませるんですよ!とは、敢えて言わなかった。
また怒られたら嫌だし。
「しかし、あんな道の往来で喧嘩しておるとは……ぐふ、思い出したら笑いが……」
「もぉ! あの兵士本当に融通が利かないんですから! 危うく殴り飛ばすところでしたよ!」
「それは……ふふ……いい所にふふふふ」
「パスティさんまで……もういいですよ!」
「んん! しかし、それだけ神経質になっているという事じゃな。大きな規模の催しとなると色々な人間が集まってくる。その為には少しばかり締め付けが厳しいとは思っても手を抜くわけにはいかんのじゃ。万が一偽装グループが入れば損失が出る。場合によってはその損失で命を落とすこともある。商人は戦闘で命を落とすよりも取引で命を落とすことの方が多いのじゃ」
「まぁ、うん。なんとなくわかりますよ。商人にとって取引は戦いみたいなものですからね……。けどだからってなんでも決めつけてたら冤罪になり兼ねませんよ! それもこれもスキル看破のアイテムがないのが悪い!」
「そうじゃな……昔はあったのだ。しかしとある戦で持ち出され行方不明となってのう。それっきりじゃ」
「あ、やっぱりあるんだ……しかし、なんでもありだなぁこの世界」
「なぁに、お主が見つければいい。どうせガネッサに着いたらダンジョンへもぐるつもりじゃろう?」
「あ、はい」
「元気ですねぇ、相変わらず」
そんな話をしながら数時間、馬車に揺られていると外がいつの間にか薄暗くなっていた。
心なしか馬車の速度が落ちている気がする。
パスティが扉を開け御者に何かを確認すると、少し困った様にギルドマスターにどうするべきかと判断を仰ぐ。
「ふむ。馬の調子が悪い、か」
「はい。どうやら昼過ぎに食べさせた飼葉に何か調子を崩すような植物が入っていたみたいで……。ここにきて馬が動こうとしないそうです」
「まいったのう……。この調子だと…。明日の夕方には入りたかったが……お、そうじゃ。サクラよ、先にガネッサに入りわしらが遅れる事を商人ギルドに伝えてはくれんか?」
「あ、そうですね。……じゃあ私が馬車を引きましょうか?」
「え? さくらさん、いったい何を……」
「いや、遅れるくらいなら早く着く方が良くないですか? ねぇ御者さん、馬は休んだらどうにかなりそうなの?」
「ああ、すぐそばに村があるでな。そこで2~3日休ませてもらえば問題ないじゃろ」
「じゃあそこまで一回私が行って迎えを連れてくるからさ、馬車は私が借りてもいいですか?」
「まぁ、ワシも金を貰って馬車を転がしとる以上はお客が最優先だからな。助けてもらえるならありがてぇが」
「よし、じゃあ決まりね。取りあえず一回向かう事にするよ」
私は馬車から飛び降りると先にあるという村まで走る。
あっという間に馬車が見えなくなり、まっすぐ伸びる街道に街灯の光が灯り始める。
この世界の街道には魔石をはめ込んだ街灯が設置されている。
そこまで明るい訳ではないけれど、あるのとないのとでは全然周りの明るさが違うし、何より安心感があるよね。
暗いのでそこまで速度を出していなかったけど、走り始めて5分ほどで前方に3人の人影が見える。
どうやら武装した兵士の様で、こちらを認識すると手を振り停止するように促している。
正直今日の事があるから止まりたくはなかったけれど、ここで無視して突破するよりも事情を話して御者のおじさんの警護を頼んだ方がいいと思い速度を緩める。
「驚いた、馬かと思ったが人とはな」
「あれ、その声……」
「ん? あぁ、さくら商店の」
「あぁシルヴィアさん!」
馬に乗った三人組のうちの一人は以前一緒にダンジョンに潜った騎士団長のシルヴィアだった。
二人で驚いて挨拶をしていると部下なのか男性が二人シルヴィアとの間に割って入る。
「お話し中すみません、団長、お知り合いですか?」
「あぁ、彼女には以前色々と世話になってな。さくら、すまんが一応確認させてくれ。今日はどういった用件でここに?」
「あ、そうだった! 実は冒険者ギルドのマスターの乗った馬車にトラブルがありまして。この先で立ち往生してるんです。なんでも馬が食べちゃいけない草を食べたとかで」
「ああ、この時期だとタンボルの花が咲くからな。恐らくあれだろう。倦怠感を引き起こす軽い毒草だ」
「へぇそんなのもあるんですね」
「ああ、ケイン、軍馬用の毒下しは持っているか?」
「はい! 先に届けに参ります!」
「あ、それで! 馬はこの先の村で休ませるみたいなんで、私が馬車を引いてガネッサへ行こうと思うんです」
「馬車を、引く?」
「はい! こうくいっと」
「なるほど、ふふふ。ではケイン、ホークの両名は御者の護衛についてやってくれ。私はギルドマスター殿を護衛しつつガネッサへ向かう」
「了解!」
「では案内してくれさくら」
「はーい! じゃあしっかりついてきてくださいね!」
私はそう告げると回れ右して元来た道を駆けだす。
後ろから何かが聞こえた気がするけれど気にすることなくそのまま道を進む。
一応暗くなってきたし3人だけだと心配だからねぇ。