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ありふれた異世界転生に全てを賭けた少女

 息抜きに新しいお話を始めました。こちらは不定期更新ですが、出来れば一日おきなどに更新していきたいです! 

 メインの連載物と比べるとテイストは非常に軽いですが、お手軽異世界転生物と考えて頂ければいいんじゃないかと思います。


 よろしくお願いします!

 異世界転生。そういったものは漫画やアニメの中だけの話だと思われているけど、実はそんなことはないんだと思う。

 何故って? それは今私がその異世界転生の渦中にいるからと言ったらわかってもらえるかな? そう私はついさっき病気で死んじゃったんだから。だからこんな草原のど真ん中に立ってるはずがないんだよね。


 私は花扇さくら。生まれてから死ぬまでの16年間のうちで外で出たことは数回しかない。

 生まれつき身体が弱かった私は何度も生死の境をさまよった。けれど運が良いのか悪いのか毎回生きながらえてしまった。

 10歳を過ぎたころだったと思う。毎度意識を失い死に向かう命を無理やり引き戻される感覚に疲れ心を壊された私は早く死にたいとずっと考えるようになった。もうこの身体は呪われていると思ったよ。病院の玄関から外に出ようとしても息苦しくなって倒れてしまうし、屋上に出ようとしたら日光の強さに驚いて心臓が止まりかけるし。

 けどそんな私を助けてくれたのは漫画だった。その漫画の主人公は病気で死んじゃうんだけど異世界に転生して健康な身体と友達と、楽しい異世界ライフを手に入れたんだ。なんて素敵な事だろう。私だって元気に遊びたいし仲のいい友達とお出かけだってしてみたい。憧れの生活をベッドの上で夢見てもいいと思うんだ。

 それからというもの、私は漫画やアニメ、ゲ―ムに夢中になった。いつ異世界へ行ってもいいように、そういう物は片っ端から取り入れていったんだ。 


「こんな事あるわけないじゃん」


 私の看病に疲れた家族は冷たいもので、ベッドの上で痛む背中を母にさすって貰っている時に勝手に私の漫画を読んだ姉はそう呟いた。

 絶望しちゃったなぁ。だって私の願いは死んだあと漫画の主人公のように健康な身体で元気に走り回る事だったから。こんなベッドからトイレに行くだけで息切れして眩暈のする身体じゃなくて、日光に驚いて心臓が止まりかける身体じゃなくて、薬の副作用でボロボロになった身体じゃなくて。

 その日から私の体調は急激に悪化した。わかってたんだよ、そんなこと起こりえないって。死んだらそこまで。意識も消えて私の存在も消え去る。ありえるはずがないって。

 自分でも死がすぐそばで手を振っているとわかったある日、家族がお医者さんの話を聞くために席を外したのをいい事に、私は死にかけの身体を必死に動かして呼吸器のスイッチを切った。

 徐々に止まっていく私の心臓、失っていく体温と意識。何もかもが消えていく瞬間私は喜んでいたんだ。もう苦しむこともない。もう悲しむこともない。家族に辛い想いをさせることはない。私は嬉しさのあまり涙を流した。


「ところで、ここはどこ?」


 私は今草原の真ん中にぽつりと立っている。見渡す限り全て草原、緑が目に染みるくらいの青々しさだ。

 こんな景色見たことないから死後の世界ってあるんだ? という気軽な感覚で少し楽しんでいたかもしれない。長年の入院生活で私の心はすっかり壊れていた。だって普通なら死んだことに涙したり、草原の美しさに涙するんだと思う。けど私にはそういう感覚はあんまりわからなかった。


「もしかして異世界転生ってやつじゃないの! お願いします! 健康な身体と鋼の精神と仲のいい友達をください!」


 私はただ空に向かってそう叫んだ。何となく違うんだろうなと思いながら、心の隅ではふざけないと正気を保てなかったのかもしれない。我ながら人間臭い。


『いいけどさぁ。他になんかない訳?』


 どこからともなく声がする。どうやら私は寂しさのあまりに都合のいい第三者を作り出してしまったのかもしれない。


『いや、違うけどね。存在してるけどね。まぁどうでもいいけど。」


 その声の主は私の目の前に立っていた。どこからどう見ても花扇さくら16歳。私だ。

 いや、私よりは随分と血色もいいし肉付きもいいからもしかしたら目の前の私が本当の私なんじゃないかと思ってしまうほどちゃんとした人の姿をしている。面倒くさそうにため息をつきながら腰に手を当てて少しイラっとしているように見える。


『もう面倒くさいからさ、さっさと話し済ませるけど、あんたほら異世界行ってみたいって言ってたじゃない? あんたを紹介できそうなところが一か所あんのよ。行ってみる?』

「行きます!」

『決断早いな。ま、いいや。んでさ、何が欲しいんだっけ? 鋼の身体と健康な精神と……健康な精神って何? あ、あと友達か』

「あとチート能力と伝説の武器防具それから不老不死」

『待て待て待て! 欲張りすぎ! そんなにやらねぇよ。なんだよ友達って、自分で努力して作れよ』


 目の前の私は面倒くさそうに頭を掻くと指先を3回ほどくるりと回す。


『ほい。じゃあ行ってらっしゃい。どこに出るかわかんないけどさ、とりあえず安全な所に行くと思うわ。今度は早死にするなよな』


 私が私にそう言うと足元が急に抜けたようにガクっと身体が落ちていく。叫びそうになったけど声も出ないし身体も動かない。私の意識はそのまま真っ逆さまに落ちていく。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ううん……」


 目を覚ました私はゆっくりと身体を起こす。以前は体調の悪い時なんて自分では起き上がる事も出来なかったのに今は普通に身を起こすことができる。少し感動してしまう。

 ぼやけた視界で辺りを見回すが、どこにいるのか皆目見当がつかない。何せ周りは岩肌のような壁に蝋燭が固定されているだけだ。RPGでいう所のダンジョンの中、と言われても不思議じゃない雰囲気だ。

 暫くすると目も慣れてきたのか辺りの様子がよく見えるようになる。私の目の前には金色の宝箱が一つ。部屋は正方形で5メートルくらいだろうか。

 起き上がると恐る恐る足を踏み出し歩いてみる。地面に足が付くとなぜか感動してしまって、何度も何度も壁から壁へとうろうろしてしまった。息も乱れないしどこも痛くない。これだけでも私は死んだ甲斐があったというものだ! 以前は階段なんか上ろうものなら途中で気を失って、気が付いたら集中治療室に居たなんて普通だったから。


「そういえば……これなんだろ?」


 私は宝箱へと近づくとおもむろに蓋を開ける。普通なら躊躇するのかもしれないけれど、一度死んだ人間は精神的に強くなっているのかもしれない。以前は悲観的だったのに今ではかなり楽観的だ。

 中を覗き込むとそこには小さな指輪と紙が一枚入っていた。両方を手に取れると指輪は真っ先に指にはめる。うん、ぴったりだ。さて紙の方には何が書かれているだろうか?


「どれ読めるかな。あ、読める読める。何々――『この指輪を身につけし者、無限の胃袋を持つことができるだろう。ただし、選ばれたならば』と」


 わからない。無限の胃袋って何? ずっとご飯食べられるってことかな。しかも『選ばれたならば』っていうのが引っかかる。もしかしてこの指輪、選ばれし者以外が付けると死んじゃう的な……。

 今更になって少し後悔したが、どうも身体に影響はない。体調は今までにない位最高に良いし精神的にも充足感でいっぱいだ。もしかしたら私が選ばれし者だったのかもしれない。

 と、その時地鳴りのような音が響き私がいる部屋に光が充満する。眩しさに目を細めていると人の話し声も聞こえる。咄嗟に隠れようとしたけど宝箱の裏以外には隠れられる場所はないし、そんな所近づかれたらすぐにばれてしまうだろう。もうここは何もせずただ黙って立っていよう。


「グ……はぁはぁ……ようやくたどり着いたぞ! みんな無事か!? この部屋にあるという伝説の指輪、あれがあれば俺たちのギルドも――――誰だお前?」


 部屋に入ってくるなりボロボロの若い男性が私を見てキョトンとしている。後に続いて4人の仲間らしき人達が現れたが、全員が私を見るなりギョっとした。皆剣や杖を持ち、鎧やローブを着ていた。PTってところだろうか?


「ええと……よ、ようこそ秘密の部屋へ」

「……何言ってるんだ? え、お前なんだその格好、服も着ないで――ああ!? 宝箱が空いてるじゃないか!? お前が中身を取ったのか!?」


 え、何なんて言った。『服も着ないで』って言った?

 不思議に思い私は自分の身体を見下ろすと、そこにはささやかながら自己主張するものが目に入った。触れてみるとどう考えても『素肌』に触れている気がする。

 何度か身体をさすっていると段々と羞恥心が込み上げてくる。しかし今ここで派手に動けば余計に恥ずかしくなる気がする。裸なんて看護師さんに散々見られているし今更なんだ!と開き直る事にしよう。


「宝箱の中身? ああ、指輪があったよ。ほら」

「うおおお!? 異空の指輪だ! あの地図は嘘じゃなかったのか! っていうかオレ達それを取りに来たんだが、それ譲ってくれないか?」

「そうしたいけど取れないんだよねコレ」

「なっ――」


 私は指輪を引き抜こうと何度も力を入れているがビクともしない。まるで根を張ってしまった木のようだった。


「ところでこの指輪、どんな効果があるの?」

「……それは異空の指輪と言って文字通り異空間につながっているとされるものだ。どんなアイテムも収納でき容量に制限がない。この世界では2つしか発見されていない神話級アイテムのひとつ。……だからこそ見つけた者は巨万の富と名声を得ると言われている」


 男性は喋りながら何故か剣を抜く。なるほど『殺してでも奪い取る』という奴か。PTメンバーが肩を掴み止めに入るが、男性に説得され渋々武器を構えた。それほどまでに人を狂わせる神話級アイテム、それがこの指輪だったのか。


「殺しはしない……だが指を切り落とさせてもらう!」

「ちょっと!? ダメだってどんな事情にせよルート権は基本PTの功労者か発見者の物でしょ!」

「意味が分からんが功労者なら間違いなくこのダンジョンを1階層目から攻略してきた俺たちにあるはずだ!!」

「それもそうか!」


 言われてみれば私はここに転移してきただけで攻略してきたわけじゃない。彼の言っていることはある意味では当然なのだが、だからと言って指を切り落とされては困る。

 斬りかかってくる男から身を守る為咄嗟に手を前に突き出す。防御反応という奴だろうか。しかし彼からすれば指輪が更に近づいたのだから止める理由にはならない。

 剣が空を切る鈍い音をさせながら近づいてくる。私は終わった! と思い目を瞑った……が、手に衝撃は伝わったもののいつまでたっても痛みが来ない。恐る恐る目を開けると男の剣は私の指に触れてはいるものの傷一つつけてはいない。


「な、何故だ!? 痛んでいるとはいえ強化の魔法の剣だぞ! 生身で防げるはずがない! ま、魔法で攻撃しろ!」


 男性は後ずさると後ろの杖を持った金髪の女性に指示を出した。女性は戸惑っていたが、生身で剣を受け止めた私が恐ろしかったのだろう。震えながら杖を掲げると何やら呪文を唱え始める。


「い、古の聖霊よ! 眼前に蔓延る障害を打ち砕け! 炎の槍(ファイヤー・ランス)!」


 杖の前に炎が渦を巻きながら集まり槍のような形状に変化する。そしてその槍は私目掛けて真っ直ぐに飛んでくるではないか。まったくこの世界の人間は裸の少女によってたかって剣で斬りつけたり魔法をぶつけたり常識がないのだろうか!

 しかしその魔法も私の身体に傷をつけることはできなかった。爆煙が晴れた後の彼女の顔は真っ青になっている。きっと相手には私が相当ヤバイ魔物にみえているんじゃないだろうか。

 けどどういうことだろう? 剣で斬られても魔法を受けても痛みがないどころか傷一つつかない。指輪……は特に関係なさそうだけど。――あ。


『何が欲しいんだっけ? 鋼の身体と健康な精神と……健康な精神って何?』


 『鋼の身体』と『健康な精神』って草原の私は言っていた気がする。いや、絶対に言ってた。違う、健康な肉体と鋼の精神だよ! と一瞬考えたけれどこれ間違ってなかったら死んでたなとも思う。お陰で指が斬られたり、黒焦げにされることはなかったんだから結果オーライだね。


「あ、ん、んん! 愚かなる人間よ! 我に歯向かうとは命がいらんと見えるな! 早々に立ち去らねばここに貴様らの墓を築くことになるが……よいのか?」


 私が精いっぱい低い声で脅しをかけると彼らは全身を震わせ真っ青な顔をしながら荷物も放置して部屋を飛び出していく。何もそこまでと少し傷ついたけれど、このダンジョンをボロボロになりながら攻略してきた彼らにとって攻撃の通じない相手というのがどれほど恐ろしいものかは私にも理解できる。確実に負けイベントというやつだし。この世界はファンタジーに見えてもそう簡単に命を捨てられない世界なのだろう。つまり復活なんてない! ってことだね。

 私は心の中で彼らに謝ると荷物を物色する。色々と入ってはいたが、食料と水、それから女性物の服があったのはかなり助かった。危うく全裸でダンジョンを徘徊する羽目になるところだったし素直に嬉しい。あとよく分からない石とお金の入った袋も見つけた。これで一気にこの世界で生きていく難易度が下がった気がする。

 でも彼らは大丈夫だろうか? まぁ殺す気でかかってきたわけだから自業自得なんだけど……もとはと言えばこの指輪が欲しかったんだよね。


「あれ? そういえばどうやって使うんだろ? ――収納! おかしいな。開けゴマ! う~ん……」


 どうやっても指輪の能力が使えない。どうしてだろう、壊れているのかな? と思い指輪をコンコンと2回叩いた。すると突然目の前に四角い星空のようなものが開く。成程これが異空の指輪なのかと納得する。

 取りあえずさっき彼らが落としていったものはこの中へと入れておくことにした、あとは外へ出るだけなんだけど、どうにも道が分からない。部屋から出るのは簡単だったけど、そこからは道が左右へと別れている。この時点で私にはお手上げだった。

 ゲームならどちらの道へ歩いても引き返せばいいだけなのだけど、生憎とここは現実世界。いい得て妙だけど現実なのだ。いや、そうじゃないと死ぬ間際まで異世界転生したいとか言って妄想してるヤバい人だ。

 なにが言いたいかと言うと……そう、疲れるのだ。そして食料と水にも限りがある。彼らのボロボロ具合からしてここは相当深い場所なんだろう、出来れば途中で飢え死になんてことは避けたい。


「よし、こっちだ」


 私は意を決すると左手を壁につけダンジョンの中を歩いていく。

 後にこのダンジョンが『魔女サキュバスの居城』として有名になり、討伐隊が組まれるなんてことはまだ知らないのだった。

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