絵というのは、いつ完成するんだろうね
今回も少し短めです。
元々、ある程度苦戦するとは踏んでいた。水の気は他の気よりも力が強い。
水側の神抜者が現れないのは、その強さ故に、世界の均衡がくずれるからだろうと言われているほどだ。
しかし、私は風側の大神、カゼノカミの神抜者であるから、与えられた力は最上のものであるはず。精霊と神の持つ力は比べるまでもないのだ。
それほど彼の力は予想以上だった。
剣を媒体にして気を操るのはやめ、直接手で扱うことにした。そのほうが殺傷力は落ちるが動かし方が多彩になるからだ。
正面からだけではなく、四方八方から風の気をぶつけた。左右から、上方から、背後から。時には途中で動きを変えて。
それでも彼はすべていなした。壁を作り、柱を作り、時には避けると同時に反撃して。
私もそれに対応した。放って、避けて、撃ち、相殺し、躱し、躱して、時に反撃してと。
あちらの方が力はあるが手数はこちらが勝り、結果として拮抗していた。
この戦いは、、。
彼がくすりと笑った。そして叫んだ。
「楽しいなぁライエルグ。昔の修行を思い出すよなぁ!」
そう。この戦いは、かつて普通の家族だったころの、母、父、妹のケルミーナを交えた修行を彷彿とさせた。
当時の父の顔が、いくら振り払おうと、いくら、切り払おうと、今の彼に重なり合う。
その時の懐かしさが、今のこの状況の悲しさが、鼻が殴られたような痛みを湧かせた。
私は立ち止まった。
すかさず多数の水槍が飛んでくる。全てが直撃する軌道だ。
私はそれを棒立ちのまま手を軽く振り、粉砕した。水しぶきが舞い、私の髪や顔を濡らした。
彼は怪訝に思っただろう。先ほどまでなら、私は避けていた攻撃なのだから。また、一歩もそこから動かなくなったのだから。
「、、、、どうしてだ」
ぽつりとそんな言葉がもれた。
悲しみが、痛みが、怒りに変わるまでそう短くはなかった。水は冷たかったが、そんなものではこの怒りは冷えなかった。
「一体、何があった。私はあなたを、あなたと母さんを深く尊敬していた。戦いでの活躍を聞くたび、私の親はすごいんだって、かっこいいんだって誇っていた。私もそうなりたいとずっと思っていた。今でもその思いは変わらない」
声が震えた。不用意に踏み込んだあの時とは違う怒りだ。純粋な怒りではなかった。痛みとか、苦しみとか、悲しみとか。表しきれぬ悲しみが心のなかを濁った怒りが、私の感情の蓋を吹きとばした。
「いつだ、、、いつからなんだ、、!、、いつからだ!!あなたがそうなってしまったのは!あなたが、、あんたが、、、尊敬できない人間の堕ちてしまったのは!あんたはもう、、、俺の父親ではない、、!」
彼は目を見開き黙っていた。隙だらけの私に攻撃もせず。
そして何かを思い出すために視線をはずした。
「少し昔の話をしよう。とは言っても、君が覚えている話も一部あると思うが」
知っての通り、私は、いまは水の精霊術師として生きているが、元々は絵描きを目指していた。まぁ、水の気を操れる者というのはほかの者以上に貴重な存在であるから、周りは許してはくれなかったがね。
で、まだ私が絵描きを目指していたころの話だ。師匠の言葉なんだが、あまりに昔の事だから、師の名前は忘れてしまったな。
初めて師匠に会った時のことだ。
埃っぽくて、それが外からのひかりできらきらと光っていて、部屋中に画材や絵の具や絵があって、今でも忘れられない美しい光景だった。
師匠が言ったんだ。
「絵というのは、いつ完成するんだろうね」
私は多分、描き終わったとき。とかそんなことを答えた気がするよ。そうしたらこう言われたんだ。
「そりゃあ、描き終わった時だろうさ。それがいつなんだろうって話だ。、、、よくお聞き。誰かが、この日までに描いてくれって言ってきたら話しは別だが。絵というのは、いつ描き終わってもいいんだ。朝描き始めて昼頃終わってもいい。もちろんそれより短くとも。反対に、今日描き始めたものを明日とか、一月後とか、一年後、十年後でもいいんだ、いつでもね。芸術とはそういうものだ。それをよく、憶えておきなさい」とね。
まぁ、当時の私はよくわからなかった。単に、絵はいつ書き終わってもいいだけしかわからなかったよ。
そして、私が今のライエルグくらいになったころだ。この時は既に精霊術師になっていた。ある日ふと、その時の言葉を思い出して、同時に思ったんだ。
人間の死もまた、終わりであり、であれば完成ではないのか、と。そして、人間が完成するときは死ぬときだけなのかってね。
私はすぐに違うと考えたよ。
寿命でもいいが、時には次の日とかでもいいんじゃないか。人間には生きがいにしている何かがあって、それを終えた時、その人は器が限界を迎えていなくとも、器の中の命の気が空にならなくとも、死んでしまう。完成するんだと思い至った。そんな人間は見たことなかったがね。だからこそ見てみたいと思った。どんな姿なのだろうと非常に興味を持った。
そんなことをずっと考えていたんだ。あの時までずっとね。
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