その光景が、血色に上塗りされるのだ。
R15や残酷な描写タグを付けていますが、そこまで激しい描写はしておりません。
一応程度のものと思っていてください。
「ひとつ、質問してもよろしいでしょうか」
私たちが暮らす街から、馬で二日程かかる廃村へ向かっている半ばの夜の事だ。私の従者の一人であるストゥメイルが私の方に体を向けてそんなことを言いだした。
「ちょ、ちょっとストゥメイルさん!」
彼の発言に、もう一人の従者、クラルクが非難の声を上げた。
快活だが普段はゆったりとした性格の彼女がひどく動揺している。
彼が、私に何を聞こうとしているのか、知っているようだ。
彼のはっきりとした瞳の中で、私たち三人が囲む焚火の光が、ひどく揺れ動いているのが見えた。
私の瞳の中にも、今の彼のような揺らめきが見えていたのだろうか。
「、、、、許そう」
口を挟むつもりはなかった。どんなことを言うのかはおおよそ分かっていたが、彼がどのようにして私に挑みかかるのか興味があったからだ。
「ありがとうございます、、、、、僭越ながら申し上げますと、私は、今回の捜査にライエルグ様が自ら志願されましたことは、ここ数日において、守り手、討ち手などの戦士のみを狙った殺人事件が連続して起きていることを鑑みまして、仲間を篤く大事しておられる貴方様らしい行動に思われました」
彼は緊張していた。
それは普段のはっきりとした口調、その中に隠れているたどたどしさに現れている。
が、話しているうちに先程見た瞳の中の揺らめきが落着き始めているように見えた。
「しかし、その行動にどこか、これまで見てきた貴方様の姿から離れた、別の何かが隠れているように思えました。始めは気のせいだろうと思っていましたが、廃村の調査に赴いた大鷹乗り達の捜査をなぜか私たちだけで行いたい、と長に申し出されたこと、そして、明日の昼頃にはその廃村に着くだろう今、今の貴方様の顔を見て確信いたしました。貴方様は、この国の守り手としての正義感の裏に、何かを隠してらっしゃいます。恐れながら、それが何かお教え願えないでしょうか」
言葉を選ぶために思わず下げていた顔を上げた。
「出過ぎた真似であることは重々承知しております。しかし、恐れながら、今の貴方様の携えた剣には、深い曇りがあるように思えてなりません」
瞳の中の光は、もはや、一瞬の揺らぎもない。彼は、目上の者に非難の刃をむける覚悟を決めていた。
「情けないことに、我々を導いてくださる光に陰りがあっては、私たちは不安に足を取られてしまいます。これ以上、前に進むことができません」
言い終わったストゥメイルは大きく息をはく。
その様子をクラルクは張り詰めた面持ちで見ていた。
ここまで正面から言われれば、答えないわけにはいかない。
私はストゥメイルに座るように促し、その理由を話すことにした。
しかし、それには6、7年前の嫌な記憶がどうしても思い出す必要があって、そのさなか全身を駆け巡ろうとする昏い感情を抑えるのに、暫し時間を要した。
「、、、、、復讐だよ」
幾呼吸か置いて、私はやっとそう押し出した。
その一言だけでは二人はどう応えたら良いのかわからないという表情をしていた。彼らに話していない昔の話をする必要があった。
「私がもともと火の大陸の出身だということは話したかな?」
二人はうなずいた。いま私が討ち手として働いているのは鷹の国、火の大陸から北東に一、二月馬で移動した先にある風の大陸にある国だ。
「私にはな、妹が居たんだ。三つほど年が離れた」
居た。という言い方に二人の顔に雲がかかった。二人は賢い。それだけでおおよそは察しがついたようだ。
「ケルミーナといってな、国で指折りの剣の使い手だった母によく似て、剣の才があった。よく稽古に励んだものだよ。彼女は負けず嫌いで、母にも私にも、よく挑みかかっていた。勝ったらおやつを一個多く食べられるとか、そんな条件をつけたりしてね」
ケルミーナとの訓練の日々を思い出すと、幸せだった幼いころの記憶が絵画の様に鮮明に浮かんでくる。
「今生きていれば、ストゥメイル、君と同じくらいだ。あのまま強くなっていれば、もしかしたら君でも敵わなかったかもしれない。今思えばそれほどの才能だった。一緒に成長していくのが楽しかった。、、、けれど」
いつの間にか私は、顔の前で組んでいた手を軋むほどに握りしめていた。
いくら抑えようとも、当時の幸せを思い出す度に、その光景が血色に上塗りされるのだ。
「それを、、、、あいつは破壊した。、、私の目の前で。訳が分からなかったよ。思い出すたびに胸を掻きむしりたくなる、、あの時、自分がもっと強かったらとね」
声に力がこもる。腹の奥にしまい込んでいたものが火に掛けられて、ぐらぐらと煮え立ち吹き出そうとしているようだった。
「ら、ライエルグ様はそれで、どうして火の大陸からこの国に?その男に狙われていたんですか?」
これまで黙っていたクラルクが遠巻きに尋ねた。それにより、怒りへの意識がそれ、僅かに冷静さを取り戻した。
私は答えた。
「いや、なぜか私は殺されなかった。何度考えても、その理由はわからない。もし今回の犯人がその人だったら、聞いてみるつもりだよ」
今度はストゥメイルが訪ねた。
「では、この国に来られた理由はなんだったのですか?」
私はそれにに力の抜けた笑みを浮かべ答えた。
「、、、簡単さ。国に居られなくなったんだ」
二人は合点がいかないという顔をしていた。
私も部外者ならば、ふたりのような顔をするだろう。それほどまでに、異常な出来事だったと、今でも思う。実は幻か勘違いだったのではないかと、今でもすんなり考えてしまえるのだ。
「妹を殺した男は、当時その国で、守り手、討ち手などの軍人だけを狙った連続殺人事件の犯人だった。男は、卓越した水の精霊術の使い手で、世界屈指の実力とまで言われていたんだ。男は、その国指折りの剣の使い手である討ち手の隣に立って、魔物や賊を討ち果たし、国から讃えられた。そして二人は結婚して、ふたりの子供がうまれたんだ」
私は皮肉気に笑った。この笑みを作らせる感情は何なのだろうか。
「私と妹がね」
その最後の一言に、とうとう合点のいったふたりは驚いて、一の句も継げないでいた。
「私はね、妹を殺されて、その罪人が私の父親だったから、故郷に居られなくなったんだ。そして私は、その親に復讐するためにここにいるんだよ。これが理由だ。わかってくれたかな。ストゥメイル」
、、、薪の弾ける音だけがその場に漂っていた。
拙作を読んでいただき、ありがとうございました
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