夢
ゼンマイの切れた人形のような私は、
外出も思うように出来なくなり、
引きこもりの日々が続いた。
どんな環境でも人間は「慣れる」ことが出来る、
もともとは家にいることが苦手だった私だが、
家にいることにすっかり慣れていた、
その変わり外出への恐怖心は大きくなるばかりだった。
学生の時とは違い、40歳を超えるとみんな自分の家庭を持ち、
親友と呼べる相手のいない私はただ毎日1人で過ごしていた。
今の状況を打破するすべもなく未来は不安しか無いと悩んでいた。
ある日、
私はいつものように子供の部屋を掃除していると、
懐かしい給食の味がした、
もちろん私は何も食べていない、
なんだろうと思いながらも、
あまり気には留めなかった。
そして次の日は、
急に不安と怒りに似たやり場のない感情が心に浮かんで来た。
なぜ急にこんな感情になるのか?
疑問に感じながらも深くは考えなかった。
そんなある日の晩、
私は夢を見た。
ギリシャのどこかの島のような、
真っ白い壁に真っ青な大きなドアがある家の前に私はいた、
私は躊躇しないでその重厚感のある大きなドアを開ける、
中には1人掛けの茶色い皮のソファと、
映画館のような大きなスクリーンがあった。
壁は白で窓は無く、
スクリーンとソファの他に、
小さなテーブルが置いてある、
小さなテーブルの上にはティーポットとカップが置いてある。
私は迷うことなくソファに座った、
少し硬いが皮のヒヤッとした感触が気持ちがいい、
まだ新しいソファだった。
私が座るとすぐにスクリーンに映像が写し出された。
それは私が無邪気に夏の川で両親と妹と遊んでいる映像だった。
その映像を見ていたら、私の中の過去の記憶がよみがえって来た。
私は夏が苦手だった。
8月のはじめはいつも「死」の恐怖に怯えていた。
原因はわからないが漠然とした死の不安、
死んだ後、私の魂はどうなるのか?
そもそも死とは何か?
早く家に帰りたい、という感情もあった、
家にいるのになんでこんな訳のわからない気持ちになるのか?
子供の私には理解出来ない症状で、
不安で眠れない日々が続くこともあったが、
両親には相談出来ず、私は1人で悩んでいた。
毎年夏はこの症状に悩まされていたけど、
こんな悩みも年を重ねるといつの間にか無くなり、
思春期なら誰にでもある一時的な症状だったのかもしれないと、
深くは考えなかった。
そんな昔の嫌な思い出がよみがえり、
心がざわざわした。
そして次の映像が流された。
私は電車に乗っている、
会社の帰りだろうか?
とても疲れた顔をしている。
つづく