8 お風呂に入ろう
「さて、もう夜も遅いし今日は教会に泊まっていくと良い。風呂もあるし、空き部屋もたくさんあるからね」
俺たちはハリーの提案を受けることにした。無料だしな。できればここを拠点にしたいくらいだ。
「フフ、これで幼女の寝顔を間近で――アイタタタタ!?」
「本音がダダ漏れなんだよこのロリコン神父」
まともなことを言ったかと思えばこれだ。何でこいつ、こんなんで神職につけたんだろう。
「く……何故、その身体でそこまでのパワーを維持できる!? だがこの痛みも段々と心地よく感じて――」
「トリシャ、これは不審者って言うんだ。近づくと危ないからダメだぞ」
「あ、うん。分かった」
「そんな高速で引かないでくれよ!?」
物凄いスピードでハリーと距離を置くトリシャ。いやあ、百点満点の正しい判断。
「じゃあ、俺はもう寝るよ。お先に」
いつまでも生臭神父の性癖に付き合っている暇はない。明日は負けられない勝負が控えている。しっかり休んで英気を養わないと。
「え、ラウラ一緒にお風呂入ろ?」
「風呂? 俺『禊石』あるし……」
元男だし。下手したら事案になる。
「……ダメ?」
「えぇ……」
そんな上目遣いで見ないでくれ。断れない。
「ラウラ、入浴は大事だぞ。人間同士が生まれたままの姿で触れ合う貴重な時間だ。お互いをよく理解するには、裸の付き合いも大切な――」
「いいからその鼻血を止めろ。今すぐ止めねぇと鼻砕いて二度と止まらないようにしてやるぞ?」
結局断り切れず、一緒に風呂に入ることになった。
自分の身体すら満足に見れないのに、どうすんだコレ。まあ、何とかなるように祈るしかない。
脱衣場の戸に手をかけた。今日に至るまで多くの戦いを経験してきたが、これほどに緊張したことはあろうか? いや、ない。
だが逃げることは許されない。剣を握る時よりも力んで戸をスライドさせた。湯気が流れてくる。大浴場だ。宿の風呂場よりもずっと大きい。
「ラウラー、こっち!」
一糸まとわぬ姿のトリシャが手を振る。綺麗な白い肌、上気した頬、艶やかな黒髪。男にとって禁忌とも言える光景が広がっていた。
あ、これはダメだ。早くも脳がショートしそうだ。帰りたい。
「ほら、頭を洗うよ」
「あ、はい」
落ち着け。野郎たちの裸体を考えろ。基本的な造形は男も女も一緒、しかも俺とトリシャは起伏がほぼゼロだ。少年と思えばいい。そう、少年だ。少年少年……。
「ラウラの髪、すごく柔らかい……綺麗だね」
あ、これは無理ですネ。だってさ、野郎はこんないい匂いしないし、一緒に髪の毛も洗ったりしないし、こんなに柔らかくないし、トリシャさん、そんな身体を密着させると、色々とマズイんですが。
「流すね」
お湯がかけられる。そこでふと目を開けてみれば――。
「うわぁ」
肌色全開。咄嗟に視線を下に向ければ、今度は自分の裸体が飛び込んでくる。何この死のループ。逃げ場のない地獄に苦しむ俺を他所に、トリシャは丁寧に身体を洗ってくれる。つーか、何でここまで至れり尽くせりなんだよ!
「あ、あの、トリシャさん。か、身体くらいは自分で洗えるので」
背中とか脇を触られると妙な感覚がゾクゾクと走る。今まであらゆる攻撃を食らって耐えてきた俺がここまで……。
「そう? でももう洗い終わるけど」
「だ、大丈夫! そこだけは自分で洗わせて!」
ただでさえ敏感になってるのに、これ以上は危険だ。理性がぶっ飛ぶ。
泡立つタオルを受け取り、震える手で慎重に当てる。
落ち着け……優しく撫でるように洗えばいい。意識するな。冷静に、淡々とやるんだ。
しかし――これを毎日やるのか?
無理、死ぬ。もう嫌だ、俺は二度と風呂には入らん。例え世界一の公衆浴場を擁すると言われる国、『ヴィア・ラッテア』のテルマエでも、だ。
このこそばゆい妙な感じは色んな意味で拙い。それでもギリギリの中、ようやく洗い終わった。
「ラウラ、一緒に温まろう」
トリシャはさらに湯船にまで入ろうとする。
「もう勘弁してくれませんか?」
結局、のぼせて俺はぶっ倒れた。
不倒の盾、聖騎士への道は未だ遠いと実感した。