7 騎士の誓い
夜になってもこの街は明るく、賑やかだ。それはまるで帝国が抱える闇を覆い隠すように。
「ラウラ……どうして?」
言葉少なに、トリシャが後ろから話しかけてくる。
互いに名前と顔を知った程度の関係。あいつらの言う通り偽善と言われても仕方ない。
だけど――。
「俺にも分かるから」
ああやって他人から見下される時の気持ちは。
「だから我慢できなかった」
「……変わってるね、ラウラは」
「かもな」
トリシャは少しだけ笑った。
「ねえ、何であの人たちがボクのことを〝死神〟って呼ぶか知ってる?」
かつてノイスガルドにあるパーティがいた。新参でありながら破竹の勢いで一層を攻略し、二層に挑めるほどの実力を持っていた。
しかしある日、そのパーティはたった一人を残してあっさり壊滅する。迷宮では良くあること――そう言ってしまえばそれまでだだろう。
「その生き残りがボクなんだ」
俺もずっと前、小耳に挟んだな。有望なパーティが二層で遭難したって。トリシャたちのことだったのか。
「だから彼らの言うことは間違えてない。ボクは死を呼び込む死神……一人だけ、生き延びてしまった」
その声は深い悲しみと悔やみ、そして自分自身への怒りに溢れているようだった。
「……トリシャ、来い」
彼女の腕を掴み、行き先を宿屋から別の目的地に変更する。
「ラウラ、もうボクのことは放っておいて! これ以上関わったら、君も同じように……!」
トリシャは振りほどこうとするが、俺は離さない。ここで手放したら絶対に後悔する。
足早に通りを進み、目当ての建物の前で止まった。
「……ラウラ。どうした?」
ノックするとハリーが顔を覗かせる。
「夜に悪いな。入っていいか?」
「教会はいつでも迷える子羊を迎える。遠慮なく入れ」
促され、トリシャを連れて礼拝堂に入る。
「ハリー、お前も顔の相に詳しいよな」
「ああ。お前の顔を占ってほしいのか?」
「違うよ」
俺はトリシャを見る。怯えたように彼女は俯いていた。
「トリシャ、無理にとは言わないけど……ハリーに顔を見せてあげてくれないかな」
「………」
「大丈夫。バカにしたりする人じゃない」
トリシャは暫くの間、無言だった。やっぱり無理なことを頼んだかなと、謝ろうとした時だった。
そっとお面を外し、半分だけだが素顔を露にする。
「……三白眼か。恥知らずのバカ占い師共が、声だけは大きく叫んで非難してたな。あいつらには地獄の炎がお似合いだ」
神父らしからぬ暴言を吐き、優しくトリシャを見つめる。
「君が今まで愚か者たちに何を言われたかは知らないけど、そんな戯言を信じてはいけないよ。私はこう見えても占いにも詳しくてね。君の顔は決して凶相なんかじゃない」
トリシャはハッとして彼を見上げる。
「本当、ですか?」
「もちろんだ。むしろ幸運を示しているね」
スキルの一つだ。ハリーは本当に顔から吉兆を占うことができる。とは言っても、運命は不確定だ。占い術はあくまでも目安に過ぎない。ましてや顔だけでその人の人生が決められてたまるかよ。
「でもね、人生は長い。いくら運が良くても幸せがいつまでも続くことはあり得ないよ。辛いこともたくさんあるんだ。それは占いだけで予想できるものじゃない。それこそ神様でもない限り、誰にも分からないさ」
諭すように言葉を紡ぐハリー。
「だから、こんなモノに縛られるな。幸せになる権利は、誰にだってあるんだ」
「――!」
トリシャは瞠目する。
「幸せに――、なっていいんですか? ボクなんかが、誰かと友達になっていいんですか?」
「なれるさ。君はもう一人じゃないだろう」
振り返り、俺を見る。
「トリシャ。さっき言ったよな? 関わったら死ぬって」
俺も真っ直ぐに見返し、宣言した。
「聖騎士はパーティを守ることが最高の誇りだ。自分だけ先に死んで、仲間を守れないような不忠な騎士になるつもりはない。約束するよ、トリシャ」
――俺は、絶対に死なない。
「この剣に賭けて、誓う」
一度死んだからこそ、強く思う。自分の命すら守れない奴に、仲間の命運を背負えるわけがないからな。
「――……ラウラッ」
トリシャの瞳から涙がこぼれる。泣きながら彼女は最大級の笑顔を見せてくれた。
「こんな――こんなボクで、いいのなら……これから、よろしく」
「ああ。よろしくな」