6 怒り
少し早めの昼食を取り、午後はまた迷宮に潜る。主にゴブリンを重点的に狙い、資金源を回収していたのだが……。
「危なっ!」
鋭い飛び蹴りを盾で弾き、逸らす。人間と同じくらいのサイズはありそうな兎は、身軽に空中で一回転して着地した。
「っ!?」
刹那、鋭い木の葉の嵐が襲い掛かる。物理攻撃ではなく、魔法のスキル。ルーンアーマーの魔法防御が機能し、まともに喰らったものの致命傷は避けられた。杉の木のような姿の老木の魔物がゲタゲタと嘲笑う。
足技を得意とする大型兎『ラビリント』と木の魔物『スギノキダー』。一層で接触禁止種を除くと、最も初級冒険者が命を落とす相手だ。
強烈な物理攻撃のラビリント、魔法攻撃を操るスギノキダーの猛攻に押し切られ、瓦解するパーティは少なくない。
「落ち着け……今の俺なら勝てる」
俺は頬に付着した血を手の甲で拭う。【肥え太る遺骸】が発動し、次々と傷を癒していった。本当、この回復力は頼りになる。
「!?」
消えていく傷口に狼狽する二匹。
「――残念だったな。いきなり攻撃された時は驚いたけどさ」
【チャージ】を加えた一撃。大きく弧を描く斬撃はスギノキダーの胴を吹き飛ばし、ラビリントの頭蓋を粉砕する。
物言わぬ躯となって沈んだ二匹から素材を集め、空をふと見上げればもう夕暮れだった。日が沈むと魔物が活発になる。
それを狙う盛んな冒険者たちもいるが今の俺にはまだ無理だ。素直に帰るとするか。
ノイスガルドの街に戻り、ギルの店で素材を売り捌いて懐を潤す。それが済むと今度は食堂に向かうことにした。
本当は酒場で迷宮帰りの一杯を楽しみたいが……。
「いらっしゃいませー、空いてる席にどうぞ」
ウエイトレスの笑顔と決まり文句を貰い、俺は隅の席に座る。端っこの方が落ち着くんだ。
ついでにメモリーコアも開き、スキルの確認を行う。端だから盗み見される恐れもない。
ラウラ・ヘルブスト
はぐれ騎士
状態:良好
スキル
・ラーニング
・チャージ
・エアライド
・アカンサスサイス
・大斬
・麻痺耐性
・肥え太る遺骸
【エアライド】はラビリント、【アカンサスサイス】はスギノキダーのモノだ。
【大斬】と【麻痺耐性】は暴れカマキリのスキルだな。前者は攻撃力を一時的に高める強化、後者は文字通りの意味となる。
耐性スキルを覚えられたのは嬉しい。毒や麻痺に苦しめられ、全滅するパターンはよくある話だ。
「ご注文は何にしますか?」
ウエイトレスが注文を取りに来たのでコアの情報を消す。
「えっと、日替わり定食一つで」
「かしこまりましたー」
料理が運ばれてくるまでの間退屈なので、手持無沙汰に今後の予定を考えてみる。一層の魔物を狩りつつスキルを集め、金も稼いでいく。ラーニングを駆使すれば単独でも最奥まで行ける算段だ。
でも二層でソロはキツイだろうな。できればパーティを組みたいんだけど……裏切られたばかりだし。何とか信頼できる人と知り合いたい。
そもそも盾役は守る人がいてこそ、だからな。率先して攻撃する役目ではない。
「お待たせしました」
料理が来た。この問題は後回しにして、今は美味しい料理を食べよう。
……あー、酒。
「いただきます」
手を合わせ、出来立ての食事をいただく。
チビチビと料理を摘まんでいると、店内がやけに騒がしくなる。
「店員さーん? この店の料理は確かに美味いんですけどー、そこの死神のせいで不味くなるだよね」
……なんだ?
俺は背後を横目でチラ見する。鎧姿の男たちが数人、ウエイトレスを捕まえて馴れ馴れしく話していた。金髪とスキンヘッド、デブの三人組。
「……お客様、この店は誰でもご利用できる場所です。特定の誰かを差別することは致しません」
「へぇ、殊勝なことだね。でも君も知ってるでしょ。あの死神のコト」
金髪が一つの席を指差す。そこに座っていたのは――。
「トリシャ……?」
特徴的な黒髪とお面。遠目でも彼女だと分かった。
「ですから、この店は……」
「追い出さないなら、俺が勝手にやるよ」
ウエイトレスを押し退け、金髪はトリシャに近づく。そしてニヤニヤと笑みを貼り付けて、小声で何か話しかけている。その途端、彼女の肩がびくりと震えた。
それを見て、調子づいたのか男はお面を無理やり取ろうと掴みかかる。
「やめ……!」
「ほら、見せて上げなよ! 君の呪われた顔をさ!」
ブチっと音がして、彼女の顔が露になる。野次馬の何人かは面白がるようにどよめき、男たちは馬鹿笑い。ウエイトレスも気まずそうに視線を落とすばかりだ。
「か、返して……」
「ダメダメ! こんなモノをつけたまま食事なんてマナー違反だよ」
お面を地面に投げ捨て、金髪の男は顔を近づける。
「ノコノコと生きて帰ってきやがって。早く死んどけよ」
……そうか、あいつらが。
ああ、トラブルを呼び込む行動は避けるつもりだ――でも、ここで見て見ぬフリは最低だろう。
「ほら、何か言えよ死――」
ゴッ、と音を立てて金髪の頬を投げナイフが掠める。【チャージ】で蓄えられたパワーで投擲されたそれは、木造の壁に深々と突き刺さってもなお柄頭がビリビリと震えていた。
「うるせぇんだよ、お前ら」
俺は二本目の投げナイフを指に挟み、男たちを睨みつける。
「な、何だこのガキ!」
不意打ちを喰らい、狼狽する男たち。騒がしかった店内もようやく静かになる。
「ラ、ラウラ?」
「何だよお前!? こいつの知り合いか?」
金髪がやや腰が引けながらも怒鳴り散らす。
「知り合いってほどでもない。お前らが迷宮に置き去りにしたから、一緒に帰ってきただけだ」
「一緒に帰った? ハッ、偽善者かよ。ん……? ああ、その装備と盾――テメェ盾役か! ハハ、要らねぇ者同士通じ合ったってか? お似合いだぜ」
爆笑する金髪。それに合わせて男たちと野次馬がドッと笑う。
「――そうだな」
俺は大剣を掴み取り、鞘に入れたままで切っ先を床に叩き付ける。ドォン! と建物全体を揺るがす衝撃が広がり、周りは再び水を売ったように静まり返る。
男たちからも笑みが消える。
「俺はな、うるせぇって言ってんだよ。本気で殺すぞ」
「……ほざくなよ、躾のなってねぇクソガキが」
一触触発の空気が流れる。冒険者同士のイザコザ、決闘なんて茶飯事だ。死体の一つ二つが街で出ても仕方ないだろう。ギルドの取り締まりくらいでは追い付かない。
「――待て」
湯気を吹きそうな勢いで怒る金髪を、スキンヘッドが制した。
「こんな子供相手にケンカなど下らん。それよりも、もっとゲームっぽいやり方にしよう」
口調こそ穏やかだが、金髪以上に俺たちを見下した態度で言う。
「明日の朝、迷宮一層でどちらがより多くの魔物を狩れるか……それで決めようじゃないか」
シンプルだ。子供相手だから凝った内容にしてないだけだろうが。
「俺たちが勝ったら装備と有り金を全て、差し出せ。何一つ残さないと思え」
「ボスがそう言うなら……ヘッ、テメェら二人ともヒィヒィ泣かせてやるよ」
「……俺たちが勝った時は?」
スキンヘッドは鼻先で笑った。自分たちの敗北など微塵も考えていない態度で。
「土下座して、これまでの非礼を詫びてやろう」
「――守れよ」
俺はお面を拾い、トリシャの手も掴む。
「行こう」
「え、ラウラ、でも」
これが盾役やトリシャのような人たちを取り巻く現実だ。嫌というほど見てきた。だから終わらせる。俺がタルタロスを制覇して、盾役の――騎士の名誉を取り戻す。ジークのような聖騎士王になってやる。