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35 星弓アウルヴァンディル


 トリシャがエーデルヴァイン家の隠された妹……。普通に考えれば一笑に付してしまうかもしれない。

 でも、彼女の魔力は紛れもなく本物で……あの写し絵はトリシャに瓜二つ。何よりも、俺はトリシャの生い立ちを聞いたことが無かった。

 別にわざわざ聞くような事柄でもない。だが今は彼女に尋ねるべきだろう。……尤も、何故か妙にしり込みというか、タイミングが分からなくてズルズルと迷っているわけだが。


「ラウラ、集中してる?」


 ヒュン、と顔のすぐ脇を矢が駆け抜けていく。鏃は特殊な魔力の塗装で覆われているので刺さったりはしないが、迂闊に直撃すれば当たりどころが悪いと青あざを作る羽目になる。


「……悪い。少しな」


 弓を構えたマルタに軽く謝罪し、ヴェルトヴァイパーを構え直した。


「集中するよ。マルタの新武器のお披露目だしな」


 ゴーレムを失ったマルタは、その後俺の紹介でギルに新しい武器の制作を依頼したのだ。一応ゴーレムの残骸もギルに見せたが、複雑で専用の工法を以て生み出されたそれは流石にお手上げらしい。


『しかもこいつはエルフの匠の製法だ。ドワーフがエルフの製法に頼るなんて、あっちゃならねぇ。悪いが勘弁してくれ』


 と、言っていた。エルフとドワーフはいわゆる火と水の関係。互いが互いに認め合いつつも、激しく競い合う。

 まあ種族の矜持の問題になるのだろう。この辺は煩雑だ。しかしギルは代わりにものを用意してくれた。

 それがあの弓。名前は『明けと宵の二つ星ヴェスパーとエアレンデル、アウルヴァンディルの星弓(マルタ命名)』。


 ……エルフやハーフエルフの命名法則は独特みたいだ。長ったらしいので俺は単にアウルヴァンディルと呼ぶことにする。


「私はエルフは嫌いだ。しかし、この体に流れる半分の血は確かに弓に良くなじむ。警告。集中しないと――怪我をする」


 引き絞られた弦が指先から離れ、流星のように煌めき飛翔する矢。これは彼女の魔力でいくらでも精製される。弾切れを待つ戦法は通用しない。

 そして鋭く速いが、素早く身を横にずらして躱す。最小限の回避のつもりだったが、既にマルタは二発目の矢を飛ばしていた。一発目との時間差が殆どない。

 これがエルフの弓術の血筋か!


「でも、躱せる!!」


 再度、真横に撥ね飛んで射線から外す。


「残念。三発目」


 目の前に、鏃が迫る。


「う、ぉおおお!!」


 ほぼ反射的だった。長年、冒険者やって培ってきたカンで体が動いていた。

 ヴェルトヴァイパーで辛うじて叩き落すも、大きく体勢が崩れてしまう。そこへ――。


「駄目押しの四発目」


 ああ、こいつは躱せそうにないな! だったら――!


「!?」

「ラ、ラウラ!?」


 俺は激しく草地を転がるも、起き上がって笑みを浮かべた。


「仰天……口で矢を止めるなんて」


 師匠直伝だ。歯で噛みついて矢を文字通り『食い止める』。スキル無しでメシ代稼いできたんだ、これくらい出来なきゃな。


「全く本当に……あなたの強さには、驚かれっぱなし」


 弓を下ろしたマルタは呆れたように微笑み、それからすっと片膝立ちになる。


「ラウラ・ヘルブスト殿、そしてトリシャ・エアラッハ殿。我が命を助けて頂いた恩人に、更なる頼み事で心苦しいが、私をあなたたちの仲間に入れて貰えないだろうか? 兄を止め、討つこの旅……私の力不足故、最早成し遂げるのは不可能に近いと悟った」


 いきなりの畏まった態度に驚くが、彼女の表情は本気の決意に染まっていた。


「だが、あのマスターピースさえも倒してしまったお二方なら、きっと兄を止められる。私に先立つものは無いが、願いが叶った暁には必ず……何なら、今この場で忠誠を誓うことも」

「マルタ」


 もう彼女の目的を知っている。共に戦った仲間だ。そんな彼女が助けを欲するなら、見返りも理由も要らない。


「畏まるな。今まで通りでいい。マルタの兄貴は迷宮の奥にいるんだろ? 俺の目的も迷宮の踏破だ。ならいずれ出会うし、戦うことになる。その時に備えて、心強い仲間はいくらでも必要だ」


 俺は手を差し伸べる。


「一緒に行こう」

「ボクからも宜しくね。マルタ!」

「――ありがとう」


 その手を満面の笑みでマルタは掴んだ。



 ノイスガルドを騒がせた混乱はほぼ落ち着きつつあり、またデュナミスのような特異の存在も確認されないため、ソウジは再び迷宮を解放した。

 俺たちも明日にはいよいよ、人類の限界点とされる第三階層へと歩を進めるつもりだ。特殊個体やマスターピースたちとの戦いは、確かな経験と血肉になり、もう二層最強であるヨルムンガンドもゴブリンみたく蹴散らせる。

 控え目に言っても十分だろう。マルタとの模擬戦を終えた俺たちはその事を見舞いも兼ねて、カイルたちに伝えるため施薬院へ向かう。


「いよいよ、第三階層に行くのか……くっ、俺も早くケガを治さないとな!」


 体の至る所に巻かれた包帯が痛々しいが、すっかり元気になったらしい。ユリウスもようやく治療部屋から共用の入院スペースに移され、カイルの隣で大人しく横になっていた。


「第三階層はヒトが歩み進めるギリギリの境界、そこから先は未知の異次元……あたしはそう、聞いてるわ」

「月並みな事しか言えませんが……、気を付けてください。皆さんからすれば要らぬ心配かもしれませんが」

「いや、忠告として刻んでおくよ」


 どれだけ慎重に進んでもそれに越したことは無い。むしろそれでも足りないかもしれない。スキルに頼るだけじゃなく、学んできた全ての技術を生かすべきだろう。


「あれ? そういえばガラフさんは?」


 トリシャはキョロキョロと見渡すが、彼のベッドは空っぽだ。まだ動ける状態じゃないはずだが、と思っていると病室の扉を開けてご本人登場。


「おお、来てたのか。悪いな。少しその辺を走ってた」

「走ってるって、怪我は?」

「言ったろ。体の丈夫さが取り柄なんよ」


 グッと力こぶを作って見せる。全く、この脳筋は……。


「でも俺は今回の騒動で痛感したぜ。力自慢も頑丈さも通用しないってな。年長者なのにカイルたちを守ってやれなかったどころか、真っ先にやられちまった。その肝心のパワーだってラウラには勝てやしねぇ」


 ベッドに座り込み、ガラフは自分の手を見つめる。


「ガラフ……」

「おっと、慰めはいらないぜ。別に落ち込んでるわけじゃねぇからな。ウジウジしてる暇なんか無いぜ」


 握り拳を作り、彼は俺に目を向けた。


「ラウラ。頼みがある。お前のお師匠さんに俺を紹介してくれ」

「ラウラのお師匠さんって、確かオルディネールの……」

「そう、枯れ森のオルディネール。忠言。あそこは魔の森。近づかぬが吉」


 対し、あえて試すように戦意を出す。生半可な覚悟じゃ、無駄に死ぬだけだからだ。


「……本気か?」


 師匠の修行に加減は無いのもそうだが、あそこは水も草も空気さえも敵になる。全てが殺しに来る。その中で生きなければならない。

 生きるために戦い働き貪る場所なのだ。故に娯楽は無いし、寝る時すら立ったままだ。何なら、不眠不休の日々が続くことすらザラにある。


「ああ。俺は強くなりたい。自分のためじゃない、お前たちと歩み進むために」

「分かった」


 俺は備え付けの羽ペンと羊皮紙を取り、一筆したためる。


「言っても俺は師匠から逃げ出してタルタロスに来た。俺の名前を見ただけでブチ切れるかもしれないし、そもそも偏屈と頑固の権化だからな。弟子にしてくれる保証すらないぞ?」

「ああ、構わない。強くなるまでノイスガルドには戻らない覚悟だ」


 そこまで肝を据えたなら言うことは無い。羊皮紙を包んでガラフに手渡す。


「枯れ森は迷いの森だ。迷ったなら、常に風上、空気の流れに逆らって進め。川があったら川上に向かえ。あそこは全てが敵意に満ちている。何に対しても従うな。人の姿を見ても信じるな。そうすればたどり着けるはずだ」

「……覚えておくぜ」

「でもまずはしっかりケガを治せよな?」


 俺はガラフをジトっと睨む。病室を抜け出すのは宜しくない。


「ハハハ、ちげぇねぇや!」


 

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