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4 酒場にミルクはない



「お嬢ちゃん、ここは酒場だよ。確かに自由の街だが子供にお酒は出せないよ」


 日も暮れた頃。教会を後にし、行きつけの酒場に行くが門前払い。なんてことだ。

 大人だと言っても笑われるだけなので愛想笑いをするしかない。


「せ、せめてミルクとか」

「……ないよ」

「ですよねぇ」


 かーっ、今日は疲れたから浴びるように酒を飲みたかったのに。まあ本当なら酒を飲むどころか、迷宮の養分になるハズだったんだけどさ。


「おーい、手を貸してくれ!」


 外に出ると、数人の男たちが何かを運んでいる。


「なんだ?」

「死体が上がった。三人だ!」

「やれやれ……パーティ壊滅か」


 やにわに周りが騒がしくなった。死体が上がった――つまり迷宮で死亡した冒険者の事を指す。


「ほらほら、野次馬はどいたどいた!」

「誰か分かるか? 認識票は」

「ああ、えーっと……ミッチャムと、ドワイト、ブライアンだな」


 あ、俺を見捨てたクソヤロウ共じゃん。なんだ、結局死んだのかあいつら……。調子こいて一層の接触禁止種に挑むからだよ。

 生きようとした奴らが死んで、一回死んだ俺が生き返るなんて皮肉なもんだな。


 担架で運ばれていく三つの死体を見送った俺は溜息を吐く。

 しょうがない、もう寝よう……。




 行きつけの宿は街中に乱立する一つだ。名前は『煌めく星亭』。良心的な価格なのでずっと利用している。


「いらっしゃい、小さなお方。お代は食事込みで一晩銅貨十枚だよ」


 カウンターに座る気の良さそうな老婆が定型句の挨拶を告げた。


「部屋はどこが空いてます?」


 必要分の銅貨を取り出し、尋ねる。


「ええと、二階の七号室だね。その部屋はいつも盾を持ってる男の人が使ってた部屋なんだけど……今日は帰ってくるのが遅いねぇ、泊まる場所あるのかしら……」


 心配そうに呟く婆さん。……俺のことを気にかけてくれる人なんてそう多くはないと思ってたが、この人も覚えててくれたんだな。

 とは言え、名乗るとややこしくなるので心の中でお礼を言っておく。


 俺は二階へ上り、見慣れた七号室に入る。

 鍵をかけ、安っぽいが手入れの行き届いたベッドに倒れ込む。


「疲れた……」


 風呂は……いいや。こいつで我慢しよう。この身体で入浴は無理だ。うん。

 袋から肉体を清めるアイテム『禊石』を掴む。


「【石よ、清めてくれ。我が身を】」


 発動のキーワードを呟くと石から清らかな光が溢れた。一日の汚れや臭い、その他諸々の不快なモノを洗い流してくれる。

 最後に鎧を脱ぎ捨てて、俺は夢の中へ落ちていった――。




 朝日と共に目が覚める。一瞬、目の前に垂れ下がった白髪にギョッとするが、昨日の出来事を思い出して苦笑した。どうにも長くて違和感があるな、適当な紐で結わいておくか……。

 鏡台の前に座り、口に紐を咥えて両手で髪の毛を後頭部の辺りで束ねる。ポニーテール。中身が俺じゃなかったら確実に惚れている。

 

「今日も……潜らないと」


 死にかけたのに、と言われるだろう。でもそれが冒険者なんだ。命を担保に見果てぬ夢を求め続ける。心が折れた時、冒険者としての生命は終わる。

 俺は……まだ終わりたくない。


「鎧、どうしよう」


 オーダーメイドではないが、サイズは体格に合わせていた。盾役……聖騎士はその職業柄、肉体の鍛錬は必須となる。必然的に同年代の平均と比べれば、俺の身体つきは大柄と言えた。


 しかし今はかなり縮んでしまっている。推測だけど、九歳前後にまで若返ったな。これでは子供が大人の服を着てるようなもんだ。

 となれば、買い直すのがベストだろう。だが俺はそこまで羽振りは良くない……というか、ハッキリって金欠だ。一番安い鎧でも買ってしまうとかなり厳しい。


 背に腹は代えられないか……。


 俺は鎧の装甲に手をかけた。暫し、あれこれ弄り回しどうにか形を整える。試着もしてみたがバッチリ――とまではいかないけど、違和感はいくらか消えた。

 防具が損壊されたり、使えなくなったりした時に調整する技術がここで役立つとは思わなかったな。


「……よし」


 後は朝食を食べて、出発だ。




 ノイスガルドの大迷宮――『タルタロス』は街の裏手に広がる中規模の森の中にあった。もちろん魔物が棲息しているし、迷宮の入り口に向かうためには避けて通ることはできない。

 冒険者を〝ふるい〟にかけるには丁度良く、迷宮の一部として数えられている。つまりここからがもう迷宮の第一階層になるのだ。


 流石の俺でも接触禁止種に出会わない限りは、苦戦することはない。普通ならもう少し奥地まで進むんだけど――、今日は実験も兼ねたい。


「早速、来たか」


 迷宮に入り数分。俺は剣と盾を構える。

 茂みから出てきたのは緑の肌の小人、ゴブリンだ。初心者の訓練相手と言われるくらいに弱い。


 ゴブリンは俺を見ると、グッと身をたわめた。その身に不自然な光……スキル発動の兆候が出る。

 短い奇声を上げ、駆け寄るゴブリン。俺は冷静にその一撃を盾で受け止めて押し返す。


「ギャッ!?」


 バランスを崩した肉体に叩き込まれる斬撃。二つに分かれた胴体が、黒い血をまき散らして転がった。


「――ふぅ」


 初めて迷宮に潜る冒険者じゃあるまいし、普段なら感慨も何も湧かなかっただろう。

 でも今日は違った。何かが自分の身体の中で漲るのを直感する。

 すかさず俺はメモリーコアを開いた。



 ラウラ・ヘルブスト

 はぐれ騎士

 健康:良好


 スキル

 ・ラーニング

 ・チャージ

 ・肥え太る遺骸



「……成功した」


 力を蓄え、次の攻撃の瞬間だけ威力を倍増させるスキル【チャージ】。弱すぎるゴブリンでは全く生かせないスキルだ。人間のスキルにも似たようなのがあるが、強化の増加幅はこちらの方が高いらしい。

 ハリーの奴は身体で受けろと言ってたが、盾で受け止めても判定は行われるようだ。どうやら率先的に殴られにいくようなコトはしないで済んだ……。


「これならいける……うん、イケる!」


 年甲斐もなく一人で興奮していたが、通りかかった冒険者のパーティに生暖かい目で見られた。糞が。




「ギャァアアアアア!」


 六体目のゴブリンが死体となる。金目になる戦利品だけ貰い、後は放置。一日もすれば迷宮に取り込まれ、骨すら残らない。その原理は誰も知らない。

 当然冒険者も回収に手間取ると同じ運命をたどる。だから死体だけでも戻ってくればマシな方なんだ。


「っと……随分奥まで来たな」


 基本的に【チャージ】で瞬殺、細かいダメージも【肥え太る遺骸】で回復と非常に安定している。だがそろそろ帰らないと素材袋がいっぱいだ。まだ半日も立ってないのに一日分以上の稼ぎが得られたしな。

 実験の成果も十分だろう。この辺で切り上げよう、と考えた時だった。


「――ッ」


 ……悲鳴。俺は迷うことなく、聞こえた方角に向かって走り出した。

 行く手を遮るように絡み合う枝や茂みを蹴散らし、進んでいくと急に開けた場所に飛び出す。


「チッ――!」


 今まさに、身の丈以上の体躯のカマキリが蹲る冒険者にトドメを刺そうと鎌を振り上げていた。

 暴れカマキリか――、ちと面倒な相手だな!


「させっかよ!!」


 【チャージ】を乗せた大剣を滑り込ませ、鎌の側面を叩く。


「ギ、ギ!」


 突如割り込んだ俺に怒りを覚えたのか、もう片方の鎌を振り下ろしてくる。こちらもすかさず盾を持ち上げ、ガード。銅鑼のような音響と共に左腕が衝撃で痺れた。

 奥地ともなれば、今までのようにはいかないかッ……!


 ラーニングも成功したようだが、確認している暇はない。


「そこの人! 大丈夫か!?」


 カマキリから視線をそらさず、後ろに呼びかける。


「だ、大丈夫……ありがとう」

「お礼はこいつを倒してから、だッ!」


 二度目の攻撃。今度は俺のみに集中する。

 鋭く翻る鎌を剣で弾き、盾の表面で受け流す。


「はぁ!!」


 利き足で大きく踏み込む。【チャージ】と自分の筋力を上乗せし、大上段から一気に切りつける。

 森の手前でうろついてるゴブリンよりも遥かに硬質な皮膚のせいで、切れ味が鈍る――が!


「盾役のパワー、ナメんな!」


 押し切る! 不遇だからこそ、誰よりも身体だけは鍛えてきたつもりだ。


「ギ……」


 袈裟懸けに走った切り傷から緑の体液をまき散らす暴れカマキリ。

 しかしそれでも最後の足掻きなのか、鎌をもたげて切りつけようとしてくる。


「――伏せて」


 背後からの声に、反射的に身を屈めた。その瞬間ごっ、と音を発して紅蓮が空を駆け抜ける。それは瞬く間にカマキリを火達磨に変え、焼き尽くしていった。


「……魔法使い、なんだ」


 チリチリとカマキリの肉を焼いていく臭いに顔を顰め、俺は振り返る。


「魔導士かな……一応」


 濡れたような鮮やかな黒の長髪に、黒いコート。全身を黒ずくめで固めた少女……なのかな? 顔にも独特の文様が描かれた仮面をつけているので、自信はない。


「仲間は?」


 ざっと見渡すが気配も死体もない。

 まさかなぁ……。


「……多分君が思っている通り」


 取り繕うこともなく、少女はハッキリと言う。


「なら、ギルドに言わないと」


 俺のパーティは全員死んだけど、この子もそうだとは限らない。ならば然るべきところに通報すべきだ。


「恐らく無駄。ボクは悪い意味で有名だから」

「……どういうこと?」

「ほら」


 少女は仮面を外した。

 現れたその瞳は鮮やかな蒼。そして学のない占い師連中が凶相だと声高に叫ぶ『三白眼』だった。



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