33 笑い狂う闇
「……倒した……倒したんだ……あいつらを」
「すごい……」
俺はヴェルトヴァイパーを軽く振り、背中の鞘に戻す。久々の外道共だったからちょーっと、やりすぎたかもなぁ……。
派手に荒れた一帯を見て、一人胸中で呟く。
「ラウラさん、やっぱ俺の目に間違いは無かった! 最高だよ!」
「おわぁ!?」
後ろからカイルにいきなり抱き着かれ、倒れそうになる。更に両手を掴まれてブンブンと上下に振られるが、何とも……そこまで称賛されるとむず痒いと言うか何と言うか……。
いつもなら止めに入るアリアすら羨望めいた眼差しで俺を見ている。
「あー、カイルばっかずるい! ボクも!」
「ええっ!?」
トリシャまで参加してくるし、そろそろ誰か止めてくれやしませんかねぇ?
「クハ……クハハハハハハハハァ!!」
しかしそんな雰囲気を壊したのは、顔の半分だけが焼け残ったファヤダーンだった。もう策を弄する余裕すらないと判断して、放っておいたがまさか悪あがきでもするつもりか?
俺は一気に警戒心を跳ね上げ、ヴェルトヴァイパーを半ばまで抜きかける。
「大丈夫。奴は死にぞこない」
マルタは俺を制するように手を向けた。そして何を思ったのか、奴に近づいていく。
「マルタ……」
「平気。安心して、良い」
そこまで言うのなら、と俺はファヤダーンを睨みつつ一旦は武器を戻す。
マルタがそのまま傍まで近寄ると、青色の怪人は視線だけを動かした。
「クク、哀れな錬金術師よ」
次の瞬間、マルタは足で容赦なく顔面を蹴り上げた。
「無駄口を叩くな。素直に質問にだけ答えろ。兄上はどこにいる?」
「ククク……ヒャハハハ!」
「笑うな、答えろ!!」
マルタはもう一度、蹴り付ける。血が飛び散るがファヤダーンは崩した相好を戻そうともしない。
「知りたいですかぁ? 知りたいですよねぇ? でも無意味ですよ! 主が住まう場所は、第三階層すら超えた先、大地の根、神の加護すら及ばぬ地獄の根底! エルフだろうが、人間だろうが、闇に連なる者でない限り、絶対に辿り着けぬ魔の世界! 魚が地上で生きれますか? それと同じ事なんだよぉ!!」
呵々大笑し、血の泡と唾を飛ばして興奮するファヤダーン。対し、マルタもそのセリフが分かるのか唇を噛み締めている。
第三階層よりも先、ね。つまり、奴の言う事を信じるなら、ほぼ未開の階層を超えた先も道はあるらしい。
なーんだ、まだまだ楽しめるじゃねぇか。
「それがどうした?」
俺は二人の会話に割って入る。
「……どういう意味ですか」
ファヤダーンの片目がぎょろり、と動いて睨んでくる。気持ち良くなってる所に水を差して悪いね。
でも、あまりにもバカバカしくってさ。
「俺はこの迷宮を踏破する。大地の根? 魔の世界? 知らねぇよ。人が生きられないなら、生きられる術を覚えるだけだ。お前ら魔物から、いくらでも学べるんだからな」
「ふざけたことを……私たちを倒した位で調子に乗ってるなら、身の程を知るべきですね。ここから先は地獄! 私など足元にも及ばない、真の意味で完成された戦士たちが待ち構えている事でしょう! あなたは味わいますよ、この世の煉獄を! ここで殺されていた方がマシだと思えるほどに!」
はいはいっと。ご忠告どうも。
「……なら、そいつら全員に伝えろ。どうせ〝視〟ているんだろ?」
俺はファヤダーンへ近寄り、片足を振り上げた。
「――へ?」
「『俺の顔をよく覚えておけ』」
そして迷わず、その不愉快なツラを靴底で踏み躙った。
〝目〟を通じて視ていた彼らはぶつん、と途切れた映像を見終わった。薄暗い空間に沈黙が降りる。
「アハハハハ! なんだ、あいつは! 本当に強いな、強いなぁ! 僕の作った自慢のマスターピースすらまるで玩具扱いじゃないか! 桁違いに強いな、異次元に強いな、ぶっ飛んで強いな!」
その静けさを破るのは、一人の男の哄笑。緑色の頭髪が暗闇の中でぼんやりと浮かび上がる。
「も、申し訳ありません。あ奴らなら、と前線で使い過ぎました。我らは未だ不完全です。まだ、とても世界と戦うには……」
「まあそう卑下するな、バルダザール! ヨルムンガンドだけではなく、ボゥボゥ・アルアイン、デュナミスと立て続けに傑作が撃破されていく様を見れたのだ! つまりまだ見直すべき点があるという事! 自信を持ちたまえ、我らは小さな一歩を着実に刻んでいる」
緑髪の男の激励に、バルダザールと呼ばれた初老の男性は恭しく首を垂れた。
「勿体なきお言葉。して――如何されますか? アールヌーヴォたちは方々に散っており、招集には時間がかかります」
「構わんさ。彼女らはようやくスタート地点に立ったのだ。第三階層……人類が到達可能な限界点。ここからが本当の戦いさ。……僕を楽しませてくれよ?」
男は笑みを深める。底知れぬ狂気と純心さを内包した微笑みに、バルダザールは息を呑んだ。
「貴方には敵いませんよ……ターツ殿。ターツ・イングラム・リーヴ殿」
暗闇の中で狂気に堕した錬金術師はただただ、楽しげに笑い続けていた。




