29 マスターピース ~3
「やはり遊ぶべきではありませんでしたね。マルタがここに来るのは予想外です」
両掌に水球を浮かべたファヤダーンが進み出る。それを見たカハルはギッ、と顔つきを険しくした。
「すっこんでろって言っただろうが!」
「彼女が来た以上、そんな悠長な暇はありません」
「そうねぇ。ま、悪く思わないでよカハル」
「やっと戦える、おで嬉しい」
四人を前に、カイルは後ずさりそうになるがマルタのゴーレムは一歩も下がる様子はない。カハル一人でも一瞬にしてパーティが崩壊しかけた彼は、その背中を見つめることしか出来なかった。
「好都合。兄の生み出した異物は……全て消す――! この世界のために!!」
ゴーレムの両手にスキルの輝きが迸った。
「【錬成開始、万物溶解液生成】!」
バッ、とその両手を掲げると夥しい量の試験管が空中にばら撒かれていく。一気に四人の怪人たちの顔が青ざめ、一斉に方々へと散り始めた。
「じ、冗談じゃないわヨ!? 万物溶解液なんて、いつの間に作れるように……」
「何やってんだ、さっさと風で吹き飛ばせアホ女!」
「言われなくたって分かってるわよ、脳筋男!! ――風よ、【風束斬】!」
イアサールが腕を振るうと、風が彼女たちを守るように吹き荒れて次々と試験管を叩き落し、あるいは粉砕していく。
「それも想定済み――【錬成開始、雷雲生成】!」
だがマルタはすかさず別の試験管を手に忍ばせ、荒れ狂う暴風の只中へ放り投げる。他の試験管と同じようにそれは砕けてしまうが、割れると同時に零れ出た中身の液体が反応を起こし、巨大な黒雲を生み出す。
「な!?」
「痺れろ」
稲光が、イアサールを貫いた。悲鳴すら灼かれる電気の一撃、地面すら容易に抉り取る威力は傍にいたカハルにも及び、彼は大きく弾き飛ばされた。
「ガッ、チックショォオオオオオ!? こっちの特性を全て読んでやがる!!」
咄嗟に空中で姿勢を整えようとする彼に、サッと影が差す。
「何ッ!?」
「やってくれたなぁ、兄ちゃんヨォ」
血まみれになりながらも、戦斧を振り上げるガラフ。ニヤリと笑みを浮かべ、必殺の猛攻を繰り出す。
「馬鹿な、テメェまだ動けて――!」
「【マイトセリオ】、【ハードネス・アブロガッツ】ッッ!!」
筋力を増大させるスキルを重ね掛け、強引に止血も行う。肉体強化の影響により、彼の表皮に赤黒く染まった血管が浮き出た。
「この程度で、倒れちゃいられねぇんだよ俺は!! この程度の痛みで!! この程度の傷で!!」
「何を訳の分からねぇことを……死にやがれ!!」
しかしカハルも猛者中の猛者。不安定な体勢ながらもガラフへの反撃に転じ、爆炎を秘めた拳で殴りかかった。
灼熱の剛腕の一撃は――寸でのところで躱される。無理矢理の攻撃は却って隙を生み出し、最高のタイミングをガラフに与えた。
「しまっ――!」
「さあ、受けてみな――【大、激、破】ァッ!!」
カハルの胴を薙ぐ。金属製の防具は無力に破断され、一切の軽減も減衰もしなかった一発に炎の怪人は白目を剝いた。
「カハル!」
ファヤダーンが声をかけた時には、既にその躯体は岩壁へと打ち込まれ、奥底へと消えていた。
目で追うにはあまりにも疾すぎたのだ。
「恐ろしいですね……! 人間とは思えぬパワーです。貴方も良い木偶になりますよ!」
「ハッ、ならやってみやがれ!」
啖呵を切るガラフだが、再び傷が開き足元に血だまりを作っている。それを認めたファヤダーンはより嘲りの微笑みを深くした。
「フフ、強がりは大変ですねぇ。【蒼弾撃水】!」
両手から飛び出した水の弾が二つ、左右から挟むようにガラフへと襲い掛かる。被弾は覚悟し衝撃に備えて身構えるが、後方から冷気を帯びた矢弾が迎え撃った。
「【氷・Ⅴ】!!」
冷気が弾け、迫る水を凍てつかせる。氷の塊と化した水は勢いを失くし、落下すると粉々に砕けてしまった。
そしてキラキラと舞う氷の破片を蒸発させるかのように、紅蓮の刺突がファヤダーンへと撃たれる。咄嗟に顔を横に傾けるも、青白い皮膚には一筋の裂傷が刻まれ、青黒い血が頬を伝っていく。
「全く……戦意喪失したかと思えば……」
ファヤダーンはその血を指先で拭い一瞥すると、ギリっと相貌を憤怒に歪める。赤熱する狼光丸を構えるカイルを睨みつけ、
「これだから、子供はムカつくんです!! カルカア、やりなさい!! 手足の一本や二本は潰して構いません!!」
「分かった、おで、潰す!」
ドスドスと地響きのような足音を響かせ、土くれの怪人が両手を前に突き出して迫る。アリアは冷静に狙いを変更し、氷の矢弾を撃ち込み続けるが勢いは留まることを知らない。
「タフな奴!」
「お前ら下がってろ! あいつは俺が……」
「いえ、怪我人である貴方こそ、無理をしないでください」
杖を構えたシィナが前に躍り出る。
「お前、バカ? そんな細腕、おで、へし折っちゃう。【泰山巌拿】!」
カルカアは両腕でシィナを握り締めるように挟み込む――、事は無かった。
「悪しき生命へ、神の裁きを」
両方の手でカルカアの剛腕を支え、流れるようにその顎を蹴り上げる。
硬いものが砕けるような、嫌な破壊音が鈍く発せられて土の怪人は大きく仰け反った。
「【セレスティアル・アトマイズ】!!」
ぶおん、と殺人的なスピードと威力で振るわれた杖がカルカアの頭を破砕する。その巨体も紙屑のように吹き飛ばされ、固まるファヤダーンの傍まで返された。
シィナはそれを最後までは見届けず、すぐにガラフへと向き直る。
「大丈夫です、このくらいの傷なら……【清き天の袖の露、滿かい、滴りて、汝の痛苦を飲み込まん――ミティゲイト・キュア】」
ガラフの患部に手を翳すと、淡い白色の光が傷口に纏わりついていく。痛みで曇っていた顔つきが瞬く間に晴れていった。
「姉ちゃん、パワーも凄いけど大した治癒魔法だぜ……助かったよ」
「皆さんが戦ってる中、呆けている暇はありませんから……」
「シィナの魔法は一級品だぜ。傷が治るまでは俺たちがしっかりカバーするから、安心してくれガラフさん」
戦意を取り戻したカイルとアリアが二人を守るように、前に進み出てマルタと肩を並べる。
「カルカアを吹っ飛ばすとは驚いた。でも油断禁物、あの程度の打撃では死なない」
彼女の言うように、土の怪人の頭部は粘土をこねるかのように泥と砂が蠢き、再生していた。
「マジかよ」
カイルは嫌そうに眉根をひそめた。
「く……マルタがいるとはいえ、何という体たらく……我らがマスターピースがこのような醜態……主に何と言い訳すれば……!」
一方で憎々し気にダン! と両手を地面に叩きつけるファヤダーン。先程までの落ち着きは皆無だった。
「ちょっとぉ、どうすんのよ。なんか勝ち筋が見えないんですけどォ」
「あ?」
軽口を叩くイアサールに更に青筋を浮かべるが、必死に怒鳴りそうになるのを堪えて次の手を模索する。
険しい表情のまま、鋭く口角を持ち上げていく。
「仕方ないですね。〝アレ〟を使いましょう――カハル! いつまでそうしているんですか! 早く出てきなさい!」
その一喝に、重なり合った岩塊が押し退けられ、満身創痍ながらも気勢は衰えていないカハルがのそり、と現れた。
「〝アレ〟をやるのかい。いいぜぇ、ちとお披露目が早いが……な!」
突然、凄まじい光を発する炎の怪人にカイルたちは反射的に目を閉じてしまう。奇襲が来ると身構えるが、やってくる気配はいつまでも感じられない。
恐る恐る目を開ければ、変わらぬ位置でカハルは立ち尽くしていた。ニヤニヤと悪趣味な嘲りと共に。
「何を、したんだ?」
「そう焦るな、チェリーボーイ。すぐに分かるぜ」
カイルは頭に疑問符を浮かべるが、シィナの息を呑む声にかき消される。
「どうした?」
「………」
何度も自分の手とガラフを見比べ、やがて面持ちは絶望に染まっていく。
「使え、ません」
「……え?」
「魔法が……いえ、スキルが、使えないんです……」
最悪の時間が、始まろうとしていた。