28 マスターピース ~2
「ファヤダーン、イアサール、カルカア、手を出すんじゃねぇ! こいつらは俺の獲物だ、手を出したら殺す!!」
カハルの怒号が響き渡る。それに対し、ファヤダーンはやれやれ、と肩を竦めた。
「好きになさい。ただし、いつまでも遊ぶようなら許しませんよ」
「ハッ、偉そうに……そら、行くぞ人間ども!」
轟、とカハルの爆炎が迸る。カイルの炎の魔法剣とは比較にならないほどの火力である。しかし軌道自体は直線的で、その速さに追い付けなくとも避けるだけの猶予はあった。
「カイル!」
「大丈夫、見えている!」
僅差でその火炎を躱し、カイルは素早く狼光丸を翻す。先ほどの一撃で最早、自身の魔法剣が通じないことは痛感している。
(だったら――、手数で、力で勝負するしかない!)
握る手に螺旋を描かせ、撃ち放つ。
「【斬り揉み回転】!!」
「お? おお!?」
ミラリの時以上に力を込めて繰り出す刺突の雨。一発一発が全力に等しい威力と速度を以て、カハルを撃ち抜こうとする。
「へえ。やるじゃねぇか。だがなぁ」
カイルの猛打を鼻で笑い、カハルはあっさりと掻い潜る。そして振り上げた拳に灼熱の光が灯り。
「所詮はガキの児戯だな。お家で大人しく、木の棒を振り回していればこんな所で死なずに済んだのになぁ、泣けるぜ」
身を低く屈め、下から突き上げる凄まじい一撃がカイルの顎を捉えようとした。
だが、それよりも早く、白く輝く矢弾が割って入った。
「させないわ、【氷Ⅲ】!!」
「むっ!?」
猛る爆炎の拳を正方形の氷の防壁が受け止める。火の粉が激しく飛散し、たまらずに目を覆うカイル。しかし攻撃は完全に防がれていた。
「なんだぁ、この氷は!?」
カハルも狼狽するが、ファヤダーンは興味津々に笑みを深めた。
「ほおう……まさか、ここでかの【大紅蓮の淼眼】を見れるとは。主への良い土産話になりますよ」
「糞がっ、魔眼使いかよ。めんどくせぇな!!」
いったん距離を置いたカハルは憎々し気に唸り、全身の火勢を強めていく。
「カイル、大丈夫?」
クロスボウを担いだアリアがカイルに近づく。
「ああ、助かったよ。ありがとう」
「気を付けなさいよ、ホント!」
そして発破をかけるようにその背中を手で叩くのだった。
「よそ見してんじゃねぇぜ、兄ちゃんヨォ!」
「悪しき存在へ、神の断罪を――」
「チィ!?」
下がったカハルへ、ガラフとシィナが肉薄する。互いの武器にスキルの光が灯り、
「【轟破猛神撃】!!」
「【セレスティアル・パージ】!!」
ガラフの痛烈なタックルでバランスを崩したカハルの胴へ、更に戦斧の横薙ぎが叩き込まれた。次いでシィナの光り輝く杖が直撃、激しく炸裂する光輝と共にカハルは吹き飛ばされる。
そしてその吹き飛んだ先には。
「私に喧嘩を売ったこと、地獄で後悔せよ痴れ者が! 【砲射伐弩】!!」
光る羽毛のような形状をした弓の弦をギリギリと引き絞り、同じく天使の羽根を彷彿とさせる矢をつがえたザシャ。
「……おう、油断したぜ」
「はじけ飛べ、下郎!」
光の矢が放たれる。それは寸分の迷いもなく、カハルの胸部を打ち抜き、爆発さながらの閃光が迸った。
「うわ!?」
「まぶしっ……」
カイルたちは反射的に目を閉じる。下手をすれば目を焼かれかねない、それほどまでの光だった。
「第四等位すら詠唱破棄……目標にすることさえ、バカバカしくなるくらいのレベル差だな」
「だけどよぉ、普通いきなり使うか? せめて言えよ、貴族サマよ」
ユリウスとガラフのボヤキを聞きながらも、カイルはカハルの気配へ全神経を向ける。あれほどの一撃を受けて無傷とは考えにくいが、それで倒せるほど生易しい相手でもないだろう。
「フン、この程度で不満を言うな平民。必殺の一撃を与えるには不意を衝くしかない。だが安心するがよい。悪鬼は滅んだ。残りの連中も私が――」
「駄目です、逃げてください!!」
シィナの絶叫に近い悲鳴。
刹那、カイルも膨れ上がる殺意に気づき、眩んだ目を見開いた。
「……いってぇな、糞人間どもが」
光が晴れると、憤怒の表情でカイルたちを睨みつけるカハル。胸に突き刺さった矢を乱雑に抜き、自身の血しぶきと共に投げ捨てる。カラン、と音を立てて矢は地面に転がり音もなく消滅した。
「ば、かな……私の、最高の光の魔法が、なんで……」
弓を構えた姿勢のままザシャは立ち尽くしていた。そんな彼女へ、流れ出る血を気にも留めずにカハルは歩いて近づいていく。
「あ? そんなの、決まってんだろ」
「う、ギィ!?」
掌に荒々しい炎を灯し、炎の怪人はザシャの顔を掴んで簡単に持ち上げてしまう。しかしカイルたちは動けなかった。あまりにも凄まじい怒気と殺気に足は竦み、腰は砕け、震えていた。
「テメェはその辺のスライムの攻撃で怪我すんのかぁ? それと――同じ事なんだよ!!」
「おぼぉ!? ガっ、うぐ」
そしてもう片方の手で容赦なく、腹部を殴りつけた。続けて二度、三度。何度も続けて。
「これが全ての魔導の開祖の末裔? 笑わせるぜ、心底」
「【アセイル・インパクト】!!」
誰もが呆ける中、突っ込んできたガラフにカハルは口角を釣り上げる。
「もうテメェの力自慢も見飽きたぜぇ!」
掴んでいたザシャをガラフに投げつけ、空いた両手に炎が吹き荒れた。
「受けな。【烈火燐】!」
カハルはパチン、と指を鳴らす。
同時にザシャとガラフの中心で火球が生まれ――大爆発。爆ぜ散った爆炎は二人を散々と翻弄し、唐突に地面へと叩き落した。
「どぉした? チェリーボーイ共。今更ビビッてションベン垂れたか?」
全身から煙をくすぶらせ、ピクリとも動かずに倒れ伏すガラフ。その頭を足で踏みにじり、カハルはニヤニヤと挑発するようにカイルたちを睥睨する。
「う、あ……」
カイルは茫然と、まるで他人事のような感覚で自分の手を見る。
剣を持つ手は哀れになるくらいに震えていた。カチカチと歯が鳴る音がする。それは隣にいるアリアのかもしれないし、他の仲間の誰かかもしれない。あるいは自分自身か。
「ま、思ったより早く終わりましたね」
ファヤダーンはその惨状を見てため息をつく。
「ちょっとぉ、アタシたちの出番は結局ナシィ? シラけるんですけどォ」
「ずるいずるい、おでも戦いたい。ずるい」
「うるせーな……ん?」
不意に、くるくると回転する何かが洞窟の暗がりから投擲される。一本の試験管だった。
「あァ? なんだぁ……」
それを掴もうとカハルが手を伸ばした瞬間。
「いけません、それに触っては――!」
ファヤダーンの珍しく焦りを含んだ声が響くと同時。
「【錬成開始、ハイドロン・エクスプロージョン】!」
青白い爆発が戦場を揺るがす。
だが今度はカハルの苦悶の叫びが反響した。
「ぐ、ごぉあああああああ!? クソがぁ!! この俺の炎の身体を焼けるのは、テメェしか居ねぇよなぁ!? ――マルタァ!!」
「……驚愕。ある程度の知能は、兄上から与えられていたようだ」
ドスン、と重厚な足音を立ててマルタのゴーレムが姿を現した。




