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26 英雄の継承者



 ドシャ、っとデュナミスは仰向けに倒れ伏した。同時に俺も緊張が解けたのか、一気に膝から崩れ落ちる。


「ラウラ! マルタ、早く薬を……」

「分かっている」


 二人が駆け寄ってくるのを尻目に、俺はデュナミスに神経を集中させていた。 

 手ごたえは、あった。根こそぎ奴の力を奪い取れただろう。もう戦う力は残っていないはず。


「え……そんな」

「……くっ、しぶとい」


 デュナミスは起き上がった。よろめきながらも俺の方へ近づいてくる。そして細長い腕を伸ばし、


「ラウラ!!」

「不味い……!」


 指先が俺の頬を撫でた。

 敵意は、無い。


「強い、な。お前になら私の力を託せるだろう」


 顔の半分、レインの唇が開く。その瞳には人間としての輝きが戻っていた。


「ああ。ワシは生涯弟子を取らなかったが……もし出会えていたら、あるいは」


 そしてもう半分のテオフラストゥスも優しげな眼差しで俺を見つめている。


「正気に、戻れたのですね」

「すごい……本物の英雄たちが目の前に……」


 俺は可能な限り、失礼のないように振舞う。怪我が無ければ跪いて頭を下げていただろう。なんせ目の前にいるのは本物の英雄、時代を作った偉人なのだから。


「ああ、あの一撃のお陰で目が覚めた。傀儡としての呪縛から抜け出せたんだ」


 だが、その身体は既に塵のように形を失い、崩壊を始めていた。元々二人は死人――過去の人だ。それを無理やり外れた呪法で復活させただけ。効力が無くなれば、それは崩れ去る。

 これが世界を導いた人たちに対する仕打ちか? どこまでもふざけている。


「気に病むな。ワシらは感謝しておるよ。今度こそ、永き眠りに戻れる。お主が得た力は遠慮なく使うがいい。あの男に一発かますのに役立ててくれぃ」

「私の研鑽した剣技を託すんだ、あんな奴に負けたりしたら駄目だぞ?」


 ニッ、とテオフラストゥスの顔半分が笑った。それと同調するようにレインも淡く微笑み、震える異形の手で俺の頭を撫でていく。


「質問……その男は私と同じ髪色で、同じ耳を持っていましたか?」


 マルタは二人に見せるように髪の毛をかき上げ、自身の耳を晒す。


「おお、そうだ。顔もよく似ている。もしや」

「……私の兄です。身内の無礼、どうか許してください。必ずや、この不祥のケジメは私が付けます」


 迷うことなく片膝をつき、首を垂れるマルタ。英雄への冒涜……もし明るみに出ようものなら計り知れない大罪だ。張本人は無論、一族郎党皆殺しにされてもおかしくない。


「そう気に病むな。ワシらはお主に責を問うつもりなど毛頭ないわ。お主の目はとても澄んでおる。そのようなものにどうして罰を与えられようか」

「……ありがとうございます」


 テオフラストゥスはマルタの頭もそっと触れ、ポンポンと軽く励ますようにさすっていく。


「強く生きよ。正道を外れた先に錬金術の真理はないと、あの男に教えてやると良い」

「ぶん殴ってでも、目を覚まさせてやります」


 同種の道を歩む者同士、通じ合うのだろうか。出会ったばかりなのに二人は師匠と弟子のように見えた。もし同じ時代に生きていたのなら、良いコンビになったかもしれない。

 俺ももっと英雄たちと沢山話をしたいし、聞きたいことだって山ほどあった。しかし……残念ながらもう時間は残されていなかった。二人の身体は殆ど消えかけている。


「さらば、遥か未来の友人たちよ。最期に、お前たちの名前を聞かせてくれ」


 そして突き出されたテオフラストゥスとレインの拳に、俺も拳を握って軽くぶつける。

 

「……ラウラ・ヘルブスト。ノイスガルドの、冒険者だ」

「トリシャ・エアラッハです。貴方たちと出会えたことは決して忘れません」

「マルタ・リーヴ。さようなら、また巡り逢う日まで」

「良い名だ。ラウラ、トリシャ、マルタ。我らの想いを、お前たちの心に」


 そう言うと、二人は満足げに頷き――崩れ落ちて消え去った。




「……そろそろ戻ろっか」


 俺はマルタの煎じた薬を飲み、トリシャの手当てを受けたことで止血は成功した。だが手酷くやられたことに変わりはなく、これ以上の継戦は無謀だろう。トリシャの言葉に俺は首肯し、同意する。

 どうせこの糞しょうもない貴族のお遊びも終わる時間だろう。


「助言。無理は禁物、あなたと装備はゴーレムで運ぶ」

「え? いや、でも」

「遠慮は無用」

「あー、俺の事じゃなくて……」

「良いから」


 そういって、ゴーレムは有無を言わさずにヴェルトヴァイパーを掴もうとするが、ドスン! と音を立てて柄を握った手もろとも勢いよく地面にめり込んでしまった。


「あーあーあ……」

「……驚愕。何、この、これ」

「俺はさ、全然軽いと思うんだが重いらしい。ガラフだって全身、真っ赤になるくらいに力込めてやっと一ミリくらい持ち上がる程度だし……」

「……そのちっこい身体のどこにそんな筋肉の密度が。高揚、研究者としての血が騒ぐ。調べたい」

「あのー、すっごく寒気がするんですが」

「ちょ、ラウラに変な事するの駄目だからね!」


 じりじりとにじり寄るマルタを遮るように、トリシャが手をブンブンしながら割り込んでくれる。

 助かった。


「とにかく、俺は大丈夫だよ。身体の頑丈さだけが取り柄みたいなもんだ」

「……分かった」


 その時、腕に取り付けている腕輪がけたたましい音を発し始めた。

 魔物狩り大会の終了をつける合図だ。同時に俺たちの足元に魔法陣が描き出され、眩い閃光と共に一瞬の浮遊感を得て、再び足の裏が地面に降り立つ。


 目を開ければ、もうそこはノイスガルドの広場になっていた。指定された時間になると自動的に発動する転移魔法が仕掛けられており、わざわざ戻る手間と帰るのが遅いパーティを待たされることもないスグレ物だ。


「結果はどうなんだろ? やっぱボクたちの優勝かな?」

「一位だとあの〝けばい〟オバサン直々の表彰だろ。嫌だな、おい。誰かクッソ魔物を倒していて、ブッチギリで勝っておいてくれ」

「ナンセンス。どう見ても私たちが優勝」


 表彰式の事を思い、俺は気が重くなるが仕方ない。適当におべっか使ってヨイショするか。あの手の人間は単純だし。

 俺たちはそのまま会が始まるのを待つが、一向にザシャは姿を見せなかった。


「……まだ来ないのか?」

「待って。それどころか、他のパーティが全然戻ってきていない」


 マルタの言う通り、辺りには数組の冒険者しかいなかった。各自徒歩で帰還してくるならこれからと思えるが、何度も言うが支給された腕輪で強制的に街に送り届けられるようになっている。


「どういうことだ?」


 嫌な予感が胸中で鎌首をもたげる。それを裏付けるかのように、いきなり広場に傷だらけの男が転がり込んできた。

 確か……ザシャのお付きの騎士だったか?


「た、大変だ!! 一層を視察中のザシャ様が……魔物どもに攫われた!! 見たこともない魔物が暴れている!!」

「何だと?」


 見たこともない魔物? というか、なんであのオバサンは迷宮に立ち入るんだよ。ほんと、貴族の道楽には付き合ってられねぇ。


「トリシャ、怪我の治療を」


 俺は騎士を介抱しつつ、傷の具合を見る。なんだこの傷は? 焼け付いてやがる。まるでカイルの【衝け焼き刃(レッドスミス)】を食らったようだ。


「私の怪我は良い、早くあの魔物を止めてくれ! あいつは冒険者も次々と攫って行くんだ! 私は逃げる事しか……うぐ……」

「もういい、喋るな」


 冒険者も攫っている? 一体どんな魔物なんだ。そこまでの知能を持つ奴がタルタロスに……まさか、マルタの兄貴が作った特殊個体?

 いや、待て。カイルたちはどこだ? 


「悪い、一つだけ聞かせてくれ。アンタ、赤髪の少年たちのパーティを見たか?」

「あ、ああ! 見た。よく戦っていたが、アッサリ連れていかれてしまった。私の目の前で……ああ、あの紅蓮の怪人が……」

「紅蓮の、怪人」


 騎士が迸ったうわ言のようなセリフに。真っ先に反応したのはマルタだった。


「マルタ?」

「兄上……あなたは……〝マスターピース〟まで、完成させてしまったのか」


 そして次の瞬間、ゴーレムに飛び乗り駆け足で街の外へと向かっていく。


「マルタ、どこへ行くつもりだ!?」


 こちらの問いかけを無視し、人垣を蹴散らしてあっと言う間に遠ざかってしまう。


「おいおい……」


 どうして不吉な予想ばかり的中するのだろう。クソッタレ、こっちも追いかけるしかねぇか。カイルたちの事もある。


「待て、ラウラ」

「ギル?」


 いつの間に来ていたのか、ギルが立っていた。


「状況は分かっている。お前、そのナリで行くつもりか?」

「当たり前だ。マルタを追わないと」


 ギルはフン、と鼻を鳴らす。


「盾もないのに追いかけてどうする?」

「盾が無くても出来る事はあるだろ。このまま待つことなんて出来るかよ。カイルたちだって」

「それでまた誰かを守れず、傷つけるのか」


 言葉に詰まる。ギルが言いたいのはボゥボゥ・アルアインと戦った時の事だろう。盾があればトリシャを庇えたし、ガラフが負傷することもなかったんだ。

 そんなの、俺が一番よく分かっている。分かっているけど、このまま何もしないのは……。


「じゃあどうしろって」

「――全く、お前さんは。新しい盾は俺が作るって言っただろ」

「でも完成までまだ時間がかかると……」


 俺の言葉にギルは呆れたように首を振った。


「あのなぁ、何年俺はお前さんと付き合い、無茶な要求聞いてきたと思ってんだ? たかが数時間早く作ることくらい、容易いんだよ。工房に来い。あと一時間で完成させてやる」

「ギル……すまない、ありがとう」


 ずっと昔から彼には助けられてきた。盾役として何度も辛い目に遭っても、ギルがいてくれたことで救われた回数は数知れない。この戦いが終わったら酒でも奢ろう。とびっきりのとっておきを。


「話は終わった? ボクもラウラについていくよ。ボクたちはパーティだからね」


 そしてトリシャという相棒もいる。どんなにスキルを覚えられても、俺一人では限界がある。その限界を超えさせてくれるのが仲間たちなんだ。

 だから俺は守らなければならない。その大切な人たちを。今、生まれようとしている新たなる盾と共に。


「よし、行こう。まずはギルの工房へ」



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