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3 生臭神父 


 迷宮都市ノイスガルド。本来は名所の一つもない辺鄙な街であったが、数年前の地震で発生した地盤沈下により、地下に広大な空間があることが判明。

 時の皇帝は速やかに全容を解明すべく、精鋭の帝国騎士団を派兵するが僅か数日で全滅。業を煮やした彼はやむを得ず、非正規の冒険者たちに迷宮の調査を委託した。しかし大陸全土から集まる人々の力をもってしても踏破者はゼロのまま、難攻不落のダンジョンとして世界に知らしめた。




 俺は何とか街に戻れた。魔物に襲われることもなく街に生還できたのは奇跡としか言えない。疲れを癒したいところだが我慢して教会に向かい、ドアを叩く。


「迷える子羊よ、何がお悩み……おやまあ、これはまた随分と小さな冒険者ですね」


 出てきたのは酒瓶を片手に持つ赤ら顔の神父。こんなんで神に仕え、冒険初心者にアドバイスしてるんだから嫌になる。


「いいから、四の五の言わず懺悔室を使わせろ」


 俺は有無を言わさず教会に押し入った。

 幸い、他に人気はない。


「ほ、それで何を懺悔なさるのですか? おねしょくらいなら神はお許しになりますよ」

「し、ば、く、ぞ」


 本気で。

 神父を蹴り飛ばすようにして懺悔室に押し込み、俺も中へ入る。


「……ハリー神父。魔物のスキルを人が使ったって記録はあるか?」

「人が? 魔物の? お嬢さん、それは無理な話ですよ。魔物のスキルは魔物だけのもの。人間のスキルも純粋に彼らと比べれば、足元にも及びません。だから迷宮は恐ろしい場所なんですよ」


 子供に言い聞かせるような物言いがムカつくが、今の見た目を考えればしょうがない。


「じゃあ、絶対にいないんだな?」

「ええ……一部の例外を除く限りは」


 そうか……。

 俺は眉間を摘まみ、メモリーコアを取り出す。


「それは?」

「見ればわかる」


 ハリー神父は表示された情報を見た途端、顔色を変えた。酒精もすっかり吹き飛んだようで、俺と浮かぶ文字を交互に凝視する。


「手の込んだ悪戯……ではなさそうだな。お前、本当にラウラなのか?」


 そして口調も。こっちがハリーの本来の口調だ。


「ああ。話せば長くなるが」

「構わん。全部、事細かに話せ」




 話を終えてもハリーは無言だった。考え込むように腕を組んでいるが、やがて口を開く。


「まずラーニングだが……コイツは歴史上、ほんの数えるほどだが確かに存在が確認されている。初代勇者のヴェルダヌス、カザリア剣王、そして……お前が尊敬する聖騎士王(パラディン)ジーク・オリバーだ」


 三人とも誰もが知る英雄の中の英雄だ。特にジークは俺が冒険者を目指すキッカケになった偉人でもある。


「魔物のスキルを模倣し、人でありながら魔を操る――まさに畏怖の対象と言える。だが少々、扱いに難があるようでな。扱うためには、その力を自らの身体に受けなければならないらしい」

「……率先して攻撃を喰らえと?」

「文献にはそう記されている。だからヴェルダヌスやカザリアは持て余したようだな。ジークは聖騎士として存分に生かしたとあるが」


 攻撃を一身に引き受けることが花形の聖騎士なら、確かに都合がいい。だがそれでも進んで被弾する奴はいない。ドMかよ。何よりも俺は死にかけたんだぞ。もう痛いのは大嫌いだ。


「まさに天職じゃないか? ラウラ」

「………」


 こちらのデリケートな気持ちを知ってか知らずか、ハリーはニヤニヤと笑いながら俺を見る。こいつ絶対楽しんでるだろ。生臭神父め。


「……性別は何で変わった」


 別にラーニングだけなら良かった。むしろ手放しで喜んだだろう。不遇な盾役にも可能性が見出せる。だが性別まで変わるのは意味が分からない。


「お前、一回死んだんだろ?」

「ああ。多分……だけど」

「それで確かに声を聴いたんだな?」

「自信はない。でも断片的に『さいこうせい』だとか、『りざると』だとか奇怪な言葉を聞いた気がする」

「ふむ、間違いないな。つまりお前は――」


 勿体ぶるハリー。早く言え。


「女神様に助けられたんだよ!」

「は?」


 この酒乱め、アルコール漬けになった脳みそ何とかしろ。


「分からないのか!? 臨死体験の中で聴こえる声は女神様に決まっている! お前は慈悲深い女神様によって命を救われたのさ! そして性別が変わって蘇った! ラーニングという英雄級のスキルを貰って!」

「おかしい、同じ言語を使っているのにサッパリ理解できない」


 しかも相変わらずの女神狂いだな。お前らの信仰する主神は男神だろーが。いい年して、いつまで吟遊詩人の語る女神像を狂信するんだ? どこに人間を別世界に転生させた挙句、一緒に行動してくれる女神がいるんだよ。


「お前に聞いた俺がアホだったよ。でもスキルのことはありがとうな。じゃ、帰るから」


 付き合ってられないので、俺は懺悔室から出ようとした。しかしその手首をガシッと掴まれる。


「待て、どうせなら身体検査もやっていかないか? いや、やろう。やるべきだ」

「………」


 俺は無言で、もう片方の手でハリーの腕を握り締める。そして雑巾を絞り上げるが如く、思いっ切り回転をかけ、捩じってやった。


「あんぎゃああああああ!?」

「目つきが汚ぇんだよ」


 狭い懺悔室の中で面白いようにぐるりと一回転するハリー。あまり俺をナメるなよ。どういう原理か、明らかに身体つきは年相応なのにパワー自体は全く落ちていないからな。

 じゃなきゃこんなクソ重い鎧を着たまま歩けるわけがないし。


 俺は悶える神父を無視し、教会を後にした。




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