24 魔の覚醒
絶叫するデュナミスの両手に見慣れた輝きが生まれる。【白鍵】だ。
「そのスキルはもうタネが割れてんだよ!」
俺も同じく【白鍵】を右手に展開、更に【多重魔法】で重複させる。
盾がない今、トリシャたちを守るには奴に攻撃を攻撃で潰すしかない。攻撃もまた最大の防御ってやつだ。
「【白鍵・肆連!!」
「―――!!」
デュナミスと俺の光弾が交錯――。手数ではこちらが上だ、奴の【白鍵】は全て迎撃して更に生き残った光の一撃が次々と着弾した。
「【万象追連】!!」
休む暇は与えない。すぐさま追撃の魔法剣を発動させ、俺はヴェルトヴァイパーを振り抜く。氷属性と光属性を宿した斬撃が奴の胴を裂くが、元はあいつが使う魔法スキルと同様の属性だ。大きなダメージにはなっていない。
飛ぶように後退したデュナミスは刀痕を指で触り、また狂ったように怒声を発する。
「ラウラ、いつの間に【多重魔法】を……! ボクも負けてられないね」
「助言。奴の弱点は、闇。霊体系の魔物でもアレには神聖な生物の遺伝子が混ざり、そっちの影響の方が強い」
闇属性ね。
俺は瞬時にステータス鑑定でボードを呼び出し、覚えたスキルを片目で見直そうとすると、自動的にリストが新たに飛び出てきた。
頭に考えた言葉と一致する説明文があるスキルを表示したのか? 便利どころじゃない、もはや革命的だ。
「【濡れ羽天翔】……ああ、【万象追連】を使うスケルトンと一緒に出てきたあいつのスキルか」
確かにアレは闇系のスキルだ。効果はあるハズ――!
俺がスキルを使おうとすると、奴はまた【白鍵】の閃光を両掌に溜め始めている。馬鹿の一つ覚えみたいに、と思ったが戦闘で使えるスキルは【白鍵】しかなかったな……。
名称不明のスキルも二つ残っているが、そっちについては不明だ。未だ使ってこないのも不気味ではある。マルタも詳しく知らないようだし。
「【司界】、【鹵束の瞳】」
悪いが、もう一度撃たせてやるつもりはない。俺は魔眼を発動させ、奴を睨みつける。
【司界】。魔眼系のスキルの命中精度を高めるもので、視界の中に射撃武器等の補助に用いられる目盛り線が出てくる。魔眼を浴びせたい相手に合わせると、例え複数の生物が視野に入っていても狙った存在にだけ効力を与える事が出来る。
【鹵束の瞳】は相手を見ている間、ずっとその場に拘束し続けられる魔眼だ。俺のように耐性があると無効化されるが、無事デュナミスは動けなくなる。
「好機。そのまま奴を止めておいて」
マルタが騎乗するゴーレムが俊敏な所作で両手を頭の上で組み、殴りかかる態勢に移行する。剛腕が頭上から振り下ろされ、まともに食らわされたデュナミスは一発で地面にめり込んでしまうが、続けて二発、三発、とゴーレムは殴り続ける。
霊体の魔物は下位でも物理攻撃が効きづらく、最上位ともなれば魔法すら素通りすると言われている。デュナミスはベースになったスペクターが下級の魔物に過ぎないので剣も打撃も通るには通る。
だけどあれだけ殴られると、いくら幽霊でもきついだろう……というか、マルタ容赦ねぇな……。錬金術師じゃねーだろその戦い方。シィナと言い、俺の周りは脳筋術師ばっかじゃないか。
「マルタ、やるぞ! 下がれ!」
俺の合図にゴーレムは頷いて飛び退る。めり込んだ穴からヨロヨロと起き上がろうとするデュナミスに向け、
「【濡れ羽天翔】!」
無数の黒い羽根が吹雪のように舞い、渦を描いて襲い掛かった。一枚一枚の羽根に闇の属性が付与され、不規則に入り乱れる挙動故に回避は困難を極める魔法系のスキルだ。
「―――!!」
その身体に羽がまとわりつくたびに、苦悶の声を発して身悶えしている。
「今。一気呵成に攻める」
そして再びマルタが攻め込む。左手でデュナミスの頭部を掴みかかり、拳を握った右手で思いっきり殴り飛ばす。
「トリシャ、任せる」
「ふふん、任された!」
吹き飛んだ先に待ち受けるのはトリシャ。杖を短く持って構え、ニヤリと笑う。
「シィナさん直伝、痛かったらごめんね!」
どんな攻撃かと思えば魔法で超硬化させた杖をぶん回し、それがデュナミスの腰の辺りに命中する。殺人的な力が籠っているのか、メキメキと見ているだけで顔を顰めたくなる音が聞こえてきた。
しっかし、随分楽しそうな顔でぶん殴ってますね……あれだ、無邪気に虫の触覚や羽を毟る子供の顔だ。
「ラウラ、行ったよ!」
「オーケイ、トドメは任せろ」
暴風に煽られる紙屑のように翻弄されるデュナミスへ、跳躍で接近する。奴の表皮にはまだ【濡れ羽天翔】の羽毛がこびり付いていた。
つまり。
「【万象追連】!」
ダメ押しの闇属性だ。真上からの斬撃をまともに貰ったデュナミスは地表へ打ち落され、二度目の岩肌への陥没を経験することになった。
「やったの?」
「否。死体を粉々にするまでは、安心できない」
ゴーレムはズンズン近づき、脱力しているデュナミスを引っこ抜き、再び殴り始める。もはや一方的な蹂躙と言えるが、そこまで徹底しなければならない根拠は、ヨルムンガンドとの戦いで痛感している。
俺も奴はまだ何か隠し玉を持っていると確信しているが、使われる前に倒せるならそれに越したことはない。マルタが処理をするまでは油断なく備えていよう。
だが、それから数分は経過しただろうか。マルタは依然として攻撃を継続していた。デュナミスも襲ってくる兆候は見られないが、状況に変化はない。
「――変化がない?」
自分で考えておいて驚き、咄嗟に口に出てしまう。
そうだ、なんでもっと早くに気づかなかった? いくら霊体でも低級がベースならマルタのパワーなら早々に潰れているはずだ。
だがデュナミスの様子は先ほどから何ら変わっていない。変わってなさすぎるのだ。
「分かっている」
彼女も薄々、察知していたのだろう。殴る手を止めた。
「苦渋。在庫が少ないから惜しんでいたが、やむを得ない。万物溶解液を――」
「マルタ!!」
俺は奴の指先がピクリと痙攣したのを見逃さなかった。トリシャもその一瞬を見ていたのか、杖を掲げていた。
「っ!!」
しかし彼女はゴーレムの中で作業をしていたのか、僅差で反応が遅かった。デュナミスは息を吹き返したように活動を開始し、その手で逆にマルタのゴーレムの頭部を鷲掴みにする。
「くっ!?」
野郎、一体どこにそんな筋力があるんだ? ゴーレムを片手で持ち上げやがった。
「――!!」
ぶおん、と勢いよく投げ飛ばされるゴーレム。岩盤に背中を強打し、ズルズルとずり落ちていく。
「マルタ、大丈夫!?」
「おおおお」
トリシャはマルタの下へ駆け寄ろうとするが、デュナミスが制するように声を上げた。
今までのような獣とも魔物とも異なる、異質な雄叫びではない。明らかに人のそれだった。
「なんだってんだコイツは……」
俺たちが見つめる先で、奴は変貌する。顔の部分に十字のスリットが走った頭部がパックリと裂けていき、中に合ったものを露にする。
通常の霊体系モンスターに中身なんてない。ただの空洞だ。だが、デュナミスにはあった。
それは、人間の顔だった。




