22 変異スキル
ガラフは大事を取って戦線を離脱させた。救援にきた教会職員の担架で運ばれていく彼を見送り、新たにマルタとゴーレムを仲間にして探索再開となる。
「そういえば、一層ではうるさいくらいだった実況がないね。水晶も周りにないみたい」
トリシャが戦闘跡地から回収できそうなモノを拾いながら呟く。
こんな薄暗い空間では水晶の映りが悪いし、洞窟なので場面を伝送する効果も弱まるから設置してないんだろうな。
まあ、ヨルムンガンドと戦う時もあんな風に叫ばれていては溜ったものでないが。
「デュナミスの行動は気まぐれ。でも帰巣本能があるから、前に目撃した場所の近くに行けば出会える可能性が高い」
「分かった。場所は覚えている。他に注意すべき所は?」
「ラーニングをしたあなたなら分かると思うけど……奴のスキルは強力。多分兄の作った魔物の中でも完成品に近い存在と言える」
俺はステータスを開く。なるほど、道理で強いわけだ。ヨルムンガンドを手玉に取るほどだし。
「でも覚えたのに表示されないスキルが二つ、あるんだよな。何でだろう」
「使えるのはどんなスキル?」
「【白鍵】、【大賢錬成】、【匣】だな」
「……んむ」
マルタは考え込むように暫し口を閉ざす。長らく思案していたようだが、「私はスキルの専門家ではない」と前置きしてから話し始める。
「デュナミスもそうだけど、兄の作る魔物のコンセプトは一貫して良いとこどりの合成種。例えばヨルムンガンドは不死者の情報を組み合わせることで、驚異的な生命力を発揮している。そしてその際に得られるスキルも突然変異の異物ばかりになる、というのが私の推論」
だからいくら伝説のスキル【ラーニング】でも、覚えることはできてもそれを人の身で扱うには無理があり、結果としてステータス鑑定でも読み取れなくなっている……らしい。
「【白鍵】や【匣】は変異スキルでも人のスキルの発展形、あなたでも扱えると思う。それ以上の……本物の魔と異の力が欲しいのなら、兄のように同等の存在になるか、深淵さえも従える徳を持つか……」
マルタの瞳が微かに陰る。闇に見初められれば、きっと使えるのだろう。
「本当の力、か……」
トリシャを守り、迷宮を踏破するためには、更なる力が必要なのは分かる。だが、欲に溺れて得たモノではいずれ破滅する。自分の大切な人さえも道ずれに。
今はただ、鍛錬を積もう。俺に出来るのはそれだけだ。
以前、デュナミスと遭遇したポイントまで戻ると戦いの痕跡が今なお残っていたのですぐに見当はついた。
「……マーキングがある。間違いなくここ周辺を巣にしている」
岩肌の黒ずんだ血糊を見てマルタは呟く。あの行動、マーキングだったのか……随分バイオレンスな縄張り主張だ。
「それで、どうやってあいつを仕留めるんだ?」
「……まずは罠を張る。魔法と錬金術で作ったアイテムがあれば、うまくいくはず」
「魔法ならボクの出番だね、任せてよ」
錬金術なら俺も手伝えるな。既にマルタはゴーレムから材料や素材を引っ張り出し、準備を始めている。
「罠の種類は探知式でやる。相手の放出する魔力で作動するものを作りたい」
「分かった。じゃあボクはそのための陣を敷いておくよ」
頷くとトリシャはローブから特殊なハクボクを取り出し、魔法陣を描き出す。補正用の文房具もなしに描かれる綺麗な線を観察していると、マルタが横から素材を突き出してきた。
「【大賢錬成】が使えるなら、あなたは一流の錬金術師も同然。だからアイテムも遠慮なく強力なモノを作って」
「どんな感じの罠にするんだ?」
渡された素材を受け取りながら俺は尋ねる。
「デュナミスの知能は高い。一撃で仕留めるための罠が必要。前に仕掛けたのは箱罠を強化したものだったけど、多分学習したからもう使えない。今度は戸板落としで確実にやる」
「あー、それなら確実に潰すために洗礼を与えた重しを増やして、板の部分は聖水を塗った銀のスパイクを仕込むのはどうだ?」
デュナミスも元となった霊体モンスター、スペクターと同じ幽霊系統の魔物。銀の武器等の魔除けが効くはずだ。
「……効果はあると思う」
よし、なら早速仕上げていくか。
「ラウラ、罠に詳しいんだね」
「ん? まーな。一応故郷の村ではマタギの真似事とかよくやってたしな。師匠が全部教えてくれたよ」
俺はスキルが使えないから、あらゆる事を自力で行えるように教え込まれたのだ。
まあ、感謝はしているが……あまり思い出したくはない日々でもある。
「故郷ってどこなの?」
「ああ、帝国の北の端っこの方……枯れ森のオルディネール村って分か……らないよな。帝国、王国、東の連合国家の三国を結ぶ巨大通商路、ベリグ・ド・マルサン街道の果ての果てにあるチンケな村だよ」
「旧ハイエルフ領。凶悪な魔物の住処になって久しいと聞いたけど、まだ人は住んでいるとは驚き」
俺の説明をマルタが引き継ぐ。
その通り、昔はハイエルフたちが住む美しい森だったらしいが、色々あって衰退したことで魔物たちの根城になってしまったのだ。
「確かに魔物まみれだし、陸の孤島の田舎だから外との交流もほぼない。でも住めば都って言うのかな。慣れれば割と暮らしていけるんだよ」
というか適応できなけりゃ死ぬだけだしな。だからみんな死に物狂いで生きている。俺はそんな死と隣り合わせの生活が嫌だったから、冒険者になりたくてあの村を飛び出した。
どうせ命かけるなら華々しい方が良かったんだ。今となっては若気の至りだなと苦笑せずにはいられないが。
「そのお師匠様ってどんな人なの?」
「うん、鬼か悪魔」
無茶を言い、無理をやらせ、無駄を許さない人だった。理不尽とはあの人のためにある言葉だと思う。
俺が村を離れる時も黙って出て行ったので、もし帰ったら確実に殺される。
「だけど、尊敬している。あの人がいたから、俺は魔境の村で生きてこられた」
「へぇ……ボクも一度会ってみたいな」
「やめとけー、幻滅するぞ。今絶対、神話の英雄みたいなビジュアル想像してるでしょ」
しっかし……俺がノイスガルドに来てもう五年近く、か。
あのババア、元気にしてっかな? 手紙でも送ろうと思ったけど、罵詈雑言の返信が来そうだから止めておくことにした。




