19 魔物狩り大会
「誰よりも早く、最速で一層を突破する!」
「分かってらぁ!」
ゴブリンやラビリントみたいな雑魚は適当に倒すだけに留め、禁止種であるスカヴェンジャーを優先的に潰していく。
かつては俺の命を一度奪った魔物も、今や敵ではなかった。ヴェルトヴァイパーを振るうたびに奴らの死肉が吹き飛び、再生すら追い付かない破壊力で叩き潰していく。
その都度、迷宮に入る前に支給された腕輪の表示する数がカウントされていく。これは魔物を倒すたびにそれを検知し、自動的に数える魔道具らしい。特に接触禁止種のような強い魔物を倒した時は、ご褒美としてボーナスが上乗せされる仕組みのようだ。
「さあ、現在トップを走るのは盾役のラウラが率いるパーティ『アルコ・イリス』! 既に一層で多くのスカヴェンジャーを倒しているぞ!」
更に上位のパーティは空中に投影された映像に、その名前と現在の討伐数が示されている。
俺たちの総討伐数は既に三桁、トップを独走中だ。そして少し順位を下げるとカイルたちのパーティである『シンフォニア』の名前があった。慌ただしいせいで話している余裕もなかったが、この様子なら大丈夫そうだな。
「しっかし、なんだぁ? この喧しい実況はよ。完全に見世物じゃねぇか」
戦斧を肩に担いだガラフが開いた方の手で耳の穴をほじくる。
「ザシャが雇ったプロの解説者だよ何でも帝都じゃ闘技場とかで実況してるらしい。おまけに迷宮のあちこちに俺たちの姿を映す水晶が設置され、戦ってる状況がそのまま街で見れるんだってよ」
「おー、おー、豪勢だねぇ全く!」
その時、周囲のスカヴェンジャーの動向を魔法で探っていたトリシャが戻ってきた。アリアの斥候技術に影響されたのか、探査系の魔法を最近新たに覚えたようだ。
「どうだった?」
「もう狩り尽くしたみたいだね。残ってるのはゴブリンくらいだよ」
案外アッサリ片付いたな。
ま、こっからが本番になるわけだが。
「いよいよ二層だな。クソ、武者震いしてきたぜ」
「大蛇共の攻撃は俺が全部処理する。ガラフとトリシャは攻撃に専念してくれ」
相棒の盾はない。だが、俺自身もあの時とは違う。
全力でやってやるさ。何があろうと、二人に攻撃は届かせない。
「うん。ラウラも無茶はしないでね?」
二層の入り口付近まで来てみたが、周辺はまだ静かだった。殆どのパーティはまだ一層の表層で稼いでいるのだろう。
だがいくつかの連中は俺たちより一足先に二層へ突入したようだ。敵が強くなる分、同じ雑魚でも二層の場合、討伐した時のカウントは二倍になる。腕に覚えがあるか、武功を焦った馬鹿どもか……。
「俺たちも行くぞ」
ゆっくり下っていくつもりはない。二人も短く頷き、一気に地下へ潜る石段を駆け下りていく。
最優先はヨルムンガンドだ。あいつらさえ潰しておけば、どうにでもなる。
石段の最下層に降り立つと、遠くから剣劇の音が聞こえてきた。どうやらおっぱじまってるようだな。
「トリシャ、ヨルムンガンドの位置は分かるか?」
「待って……西に二体、東に一体! どっちからやる?」
「そりゃもちろん、多い方だ!」
「オッケー!」
トリシャが指示する方角に向かって走り出す。その傍ら、隣を走るガラフがふと思い出したように話しかけてきた。
「そういや、俺たちの戦ってる様子って街の奴らに丸見えなんだよな? お前のスキル、大丈夫……なのか?」
「え、今更? ……平気だよ。一層じゃスキル無しの力技で余裕だし、欺くためのスキルもあるからな」
俺はそのスキルを発動させる。体を包み込むように白色のオーラが溢れてきた。
「グルメ山の主、白銀の狼王のスキルの一つ【シムラクルム】。そこまで強力な惑わしはないけど、安物の水晶程度なら誤魔化せるよ」
まさか戦場に貴重で高価、確かな効能を持つ水晶を置いたりしないだろう。作るのも買うのも手間がかかるものだ。
「ラウラ、あそこ!」
角を曲がると開けた空間に出る。するとそこには倒れ伏す複数人の冒険者の姿があった。
「ちぃ、間に合わなかったか!」
ガラフは助けようといち早く飛び出そうとするが、俺は強い胸騒ぎを覚えた。
「どういうことだ? ヨルムンガンドがいないぞ」
「あれ……変だよ。さっきまでは確かにいたのに、今は何の反応も……」
何かおかしいが、怪我人が多数いる今は好都合だ。
俺たちは倒れたまま動かない冒険者たちに近寄るが、その有様を見て足が止まってしまう。
「何だこれ……違う、ヨルムンガンドにやられたんじゃないぞ」
奴の主な攻撃は噛みつき、丸のみ、後はスキルの【ガンマ】で焼かれるかだ。しかし目の前の怪我人――否、死屍累々の様相はどれも該当しない。
石化、老化、身体縮小、凍結、催眠か洗脳による同士討ちと見られる死に様、麻痺と思われるいびつな死後硬直……状態異常のオンパレードだ。
「こいつら、邪眼の魔物にやられたのか?」
「うん。多分そうだけど、でもこれはおかしいよ……二層に出現する『邪視眼』系は一種類だけのはず……それも軽度の睡眠を誘発してくるくらいなのに」
二層経験者のトリシャも困惑した面持ちだった。
「糞、なんだかマズイ空気になってきたぞ」
一瞬、特殊個体の仕業かと勘繰ったがそもそも攻撃方法が全然異なる。まさか、まだ未知の何かがいるってのか?
「っ! ラウラ、ガラフさん!」
トリシャが察したように杖を構える。ああ、分かってる。
奥の暗がりから姿を見せたのはヨルムンガンドだった。またコソコソ隠れていやがったな。サクッと倒してソウジに伝えた方が良さそうだろう。
奴対策用とも言えるスキルの出番だ。お前らの天下は終わったことを分からせて――。
しかしその時、突然前触れもなく、ヨルムンガンドが全身から血しぶきを発して崩れ落ちた。あまりの量の出血で、周囲に赤い靄がかかるほどに。
「……は?」
俺は二の句が継げない中、半ば直感だった。怖気が全身を這う。
「トリシャ!! ガラフ!! 岩陰に身を隠せ!!」
「っ!」
「おう!!」
疑問を返すより、こちらを信じて動いてくれるから有難い。二人が手近な影に飛び込むと同時、俺の体の隅々までを刺すような視線が襲い掛かった。
「うぉ……すげぇ、状態異常耐性が全部発動したぞ」
グルメ山で倒したある臆病な魔物は、その種だけで全ての耐性を会得していた。俺はそいつに改めて感謝し、深い闇の中のからにじり寄ってくる化け物に神経をかき集める。
それは人の形をしていた。背丈も大の大人と変わらない。
ただ、全身が大小様々な光彩を持つ目玉で構成されていた。髪も輪郭も胸も手足も全部が目、目、目。目玉の怪人だ。
この異質な感じ……、間違いない。特殊個体と同じ……!
「トリシャ、ソウジに連絡。新しい特殊個体が、出た」
「――え? え? 特殊個体……わ、分かった!」
盾がないって時にこれかよ、クソッタレが。
「チッ、いつ来ても二層はロクな目に遭わねぇな、ホント!」
俺はヴェルトヴァイパーを構え直した。




