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18 ザシャ・フォルナ・エーデルヴァイン


 さて……魔物を一掃すると宣言したものの、俺は大事な相棒を失くしている。


「結局残ったのは握りだけだった。これでも大丈夫か?」


 俺はギルの店でカウンターにかつては盾だったものを置く。使い慣れた持ち手の部分だけは劣化などの兆候は見られず、もし可能ならこいつをベースに作り直して貰いたかった。


「ああ。問題ない。だが素材はどうする? 一般的な奴じゃ、お前さんの旅路には役不足だろ」

「これを」


 俺は【アイテムボックス】から取り出す。一点の曇り、傷もないミラリの残骸を。


「こいつぁ――」


 ギルが息を呑む。分厚い保護手袋をはめ、丹念にそれをあらゆる角度から見定める。


「ミラリの鏡。東の国の廃れた伝説の一つと聞いていたが……。どこで見つけた?」

「グルメ山の……紅葉地帯で」

「……不可解だな。あそこでの目撃情報など聞いたこともない」

「だろうな。【ステータス鑑定】を試した時も、奇妙な内容が出た。『朽ちた鏡を用いて作られた魔物』……、まるで誰かが作ったような」


 そもそもミラリとは何なのか。

 カイルたちの話では、故郷で細々と口伝されていた恐ろしい魔物の伝承だった。しかし東の連合国家は併合と消滅を繰り返す小さな町や都市の複合体だ。それに伴い、消えていった伝統や文化も多数あり、ミラリの伝説もそのうちの一つに過ぎない。

 あの四人組でさえ実際に目にしたのはグルメ山が初めてであり、それまでは想像上の存在でしかなかった。つまり見た人は恐らくいない。カイルの父親は目撃したらしいが、信憑性の面で判断するなら微妙な所だ。


「クセェなぁ。不穏な予感がビンビンに感じるぜ」

「商人のカンか?」

「そんなもんさね。ま、それはそれとして……今はこいつを使って新しい盾を作りゃ良いんだな?」

「大変だと思うが」

「大変? ハハハ、俺以外の奴にこんな難題押し付けてみろ、門前払いだぞ。明日までに作れだなんて。全く、無茶を言うぜ。あの糞貴族殿に一泡吹かせられるなら、喜んでやってやるがな」


 ギルは豪快に笑い、分厚い胸板を叩く。


「今度は容易く壊れたりしねぇ、お前さんの最高の相棒を作り上げてやる。このギルの名に賭けてな」

「……感謝する、友よ」


 俺はギルを抱きしめようとしたが、対格差のせいで前のようにはいかなかった。それでもこの友情は不変であることを改めて実感する。


「頑張れよ。ラウラ」

「ああ」


 最後に短く言葉を交わし、俺は店を出た。今日は明日に備え、早めに寝た方が良さそうだ。早朝にギルドへ直行することを考えると、教会で泊まった方が近いかな。


 夜の帳が降りた街中を足早に進む。教会に到着するとハリーの姿はなかった。どうやら明日の準備に追われているらしい。俺はさっさと夕食を済ませ、『禊石』で体を清めると早々にベッドに潜り込んだ。




 気づけば、夜明けより早く目が覚めていた。軽い準備運動とトレーニングを済ます頃には夜明けが近くなる。雲の様子からして今日も快晴のようだ。

 まあ薄暗い迷宮に潜る冒険者には関係のない話だが。


「おう、準備万全みたいだな」

「ラウラ、おはよ」


 ガラフとトリシャもいつもよりも早く起床したようで、二人の調子はかなり良さそうだ。


「ああ、おはよう。集合は冒険者ギルドの前だったよな?」

「そうだな。急ごうぜ、貴族サマは時間にうるさい」

「因縁吹っ掛けられたらたまんないな。すぐに行こう」


 俺は汗を拭きとり、装備を整えた。盾だけがないのに違和感を覚えるが、今も工房で製作しているギルを信じて待とう。

 足早に教会を後にし、ギルドの近くまで行くと大勢の冒険者たちが集まっていた。


「張り切ってんなぁ。アイツラ、いつもは時間にルーズなくせに」

「まあ、七大貴族の一つともなればね……」


 別に富と栄光に拘るのは悪いことではない。己の肉体を担保にしてハイリスクハイリターンの迷宮に潜るのだ、どんなに私利私欲の目的でもそれをとやかく言う筋合いはないだろう

 そいつが、人の道から外れていない限りは。


「……出たか」


 突然、ざわめきが消える。いつの間に用意されたのか、豪華な装飾が施された台座の上に一人の女が上ってくる。

 ザシャ。エーデルヴァイン家の現当主。


「いつ見ても悪趣味な見た目してるぜ」


 頭から耳、首、腕に指、つま先に至るまでギラギラの宝石や貴金属を身に着け、顔は道化師みたいに分厚い化粧のせいで目も口も常人の一回りも二回りも大きく見える、

 服装は喪服のように黒一色だが、そのくせ無駄に露出が多く、既に何人かの素行の悪い野郎どもが胸元をガン見していた。少しは弁えろよ。

 あんなののどこが良いんだ? 迷宮の魔物の方がまだかわいげがある見た目だぞ。


「うへぇ……なんじゃあの化け物」


 ガラフも小声で顔を顰めている。

 しかし腐ってもアレはエーデルヴァインの正統な後継者。シャルロットと同じピンク色の地毛が黒く染め上げた長髪の合間から覗いていた。だからこそ余計にパチモンのキマイラみたいに見えてくるんだがな。


「よく集まった。ノイスガルドの冒険者たちよ。私がザシャ・フォルナ・エーデルヴァインである。今回、私の遊戯に選ばれたことを光栄に思うがよい。私が好きなのは強い戦士だ。男でも女でも構わぬ。戦い、それを証明しておくれ。お前たちは未だ不落の迷宮に挑む冒険者。血沸き、肉躍る戦闘を演じ、多くの魔物を殺してみせよ。さすれば、何でも願いを叶えてやろう」


 ひどくしゃがれた濁声でザシャは、やけに芝居がかった所作で語る。これもあいつの常套手段だ。一つ一つの立ち回りは全て計算済み、効く奴は効くし、効かない奴は冷めた目で一瞥する。

 だがザシャは虜になった連中を従え、意に反するものや色仕掛けが通用しない者たちを排除してきた。現に今この場でも喝采に湧く男共と、嫌悪感を露にする男女とで分断している。


「さあ、行け! そして私を楽しませよ! 逃げる者、拒絶する者には破滅を! 強者には栄誉を! ノイスガルドの魔狩りの開演だ!」


 耳に響くザシャの高らかな哄笑と共に、魔物狩りが始まった。


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