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17 急報




 俺たちは帰りの馬車に揺られ、遠ざかるグルメ山を眺める。斜陽が山肌を真っ赤に染め上げて、それはまるで燃え上がっているように錯覚させた。

 あの後、下山してすぐにキャンプサイトに駐屯する帝国兵や学者連中に謎の十字架のことを聞いて回ったが、一様に返ってきた答えは「詳しいことは調査中、他言無用に徹しろ」だった。


 確かにこんな与太話を誰かにしたところで信じる奴なんてそうそういないし、わざわざ見に行っても分かることはない。そりゃ踏破者が大勢いても噂にもならないはずだ。おまけにあの話しぶりだと帝国も少なからず情報封鎖してるみたいだ。

 きな臭い感じがするので調べてみたい気持ちもあったが、そうも言ってられない状況になった。


 明日もグルメ山に登ろうかとカイルたちと相談している時、一羽の伝書鳩が飛んできて、そいつはハリーからの手紙を運んでいた。あの神父が速達で手紙を出すなんて只事ではない気配は覚えたが、その予感は的中する。



 ――タルタロスの開放が決まった。明日にでも即、開かれる。



 イカれている。あのバケモンはまだ二層をうろついているってのに。

 決めたのはソウジだが、もちろん本意ではない。だが帝国の貴族……それもあの帝都七大貴族が一つ、エーデルヴァイン家の命令となればいくらギルドマスターといえども従うしかない。


「毎年、エーデルヴァイン家は迷宮に挑む冒険者たちに試練を下し、その力を競わせ、互いの切磋琢磨を促す――。よく言うよ、要は暇つぶしの下らない余興だ」


 多額の報酬でがめつい冒険者たちを釣って、面白可笑しく魔物狩りを楽しむんだってさ。で、今回は何とも運悪くタルタロスにお鉢が回って来たってワケ。

 明日の飯にも困る連中だ、七大貴族と近づけて金銭と名誉が貰えるとなれば目の色が変わる。そういう面でもソウジは開放を決断するしかなかっただろう。今でさえ燻っているのに下手すれば暴動になりかねない。


「でもよ、あの貴族サマと知り合えるんだろ? ジークと一緒に戦った英雄の子孫なんだ、くそぉ、俺も参加したいぜ!」

「……ジークと結ばれたシャルロットの謙虚さを微塵も受け継いでないけどな、現当主は」


 興奮冷めやらぬ様子で熱く語るカイルだが、俺の心情は酷く淡々としていた。

 エーデルヴァイン家の当代、ザシャ・フォルナ・エーデルヴァイン。傲慢、冷酷、高飛車を掛け合わせて生まれた女。血を分けた妹を継承争いから蹴落とすために毒殺した、と噂されるほどに自分以外の存在には血も涙もない。

 それは、敵にすら慈しみの心を持っていたエーデルヴァインの開祖、シャルロットとは似ても似つかない有様だった。


「でもそんなものじゃない? 親と子の性格なんていつまでも遺伝しないでしょ」


 氷の矢を精製するアリアがいきり立つカイルを黙らせ、言う。


「まあな。でも、アレはただの暴君だ」


 俺にだって嫌いな奴はいる。ザシャはその一人だ。

 特殊個体の問題は何も解決してないのに、更なるトラブルが呼び込まれることはもう想像に難くなかった。




 一日留守にしていただけで、ノイスガルドの雰囲気は一変していた。明らかに街全体を浮ついた空気が包んでいる。


「……あまり良い空気じゃないな」


 良く言えばお祭り騒ぎ、悪く言えば油断と散漫。そりゃ貴族が来るのだ。誰だって近づけるなら近づきたいし、己の力をアピールする絶好の機会だろう。

 お眼鏡にかなえば何らかの褒賞や名誉を与えられるかもしれない。だからそれについては否定はしない。だが今は時期が悪すぎる。せめて他の迷宮でやるべきだった。


「開催は明日だそうだ。いきなりすぎるぜ。帝国の御大層な貴族サマはもう現地入りしたってよ。金持ちの道楽なんざ、付き合ってらんねぇよ」


 カイルたちとは宿屋で別れ、教会に向かうと既にガラフが来ていて不満を垂れ流していた。その愚痴はごもっともである。

 まさか明日とはね。あの横暴な貴族サマが突発的に言い出す様子が目に浮かぶようだ。


「しかもノイスガルドにいる冒険者は全員強制参加だってよ。断ったら打ち首? ふざけやがって」

「……何?」


 ガラフのその一言に俺は思わず力が入り、握っていた陶器のコップがグシャリと潰れてしまう。空でよかった。


「全員参加――だと?」

「お、おう。さっき使いの奴がお触れを出してたから、確かだろうな……なあ、頼むよ。その殺気を消してくれ。鳥肌が止まらねぇよ」


 目先の富と名声欲しさに参加する奴は別にいい。それが欲しくて冒険者を選んだのなら、本人の責任だ。

 だが、それだけが冒険者の本懐ではない。俺やトリシャのような奴もいるし、他にも人に話さないだけで過去を背負って戦っている奴だっている。こんな下らない催しのために何故、不必要に危険と隣り合わせの迷宮に潜らなければならないのか。さっき別れたカイルたちも巻き込まれるだろう。


「……魔物狩りって、どれだけ多くの魔物を殲滅できるかを競う奴だよな?」

「そうだな。会場は一層と二層の中層までだ。流石のあのアホ貴族サマも二層深部や三層のヤバさは分かってるらしいぜ」

「じゃあ、その範囲の魔物を殲滅させるか」

「おお、魔物を殲滅か、それなら優勝――はぁ!?」


 ガタン! と音を立ててガラフは椅子から立ち上がった。


「おま、何を言って」

「無駄な犠牲を避けるためさ。魔物を滅ぼせば、一時的には安心だろ?」


 タルタロスの魔物たちはグルメ山と同じく不明な原理でいくらでも復活するが、ある程度の猶予はある。それは魔物狩りが開催される日の出から日の入りまででも十分すぎるほどだ。

 ゴブリンみたいな弱い奴は短期間で再び出没し始めるかもしれないが、接触禁止種クラスなら一週間くらいは出てこないかもな。残る懸念は特殊個体だが、スペクター似のヤバいバケモンがいるという噂は既にノイスガルドの全冒険者に知れ渡っている。冒険日報にも先日の遭難事故の経緯が掲載されたので、スペクターに喧嘩を売る馬鹿は流石にないだろう。


「待て待て待て! 二層はヨルムンガンドの巣があるんだぞ!? 十匹単位の群れが出ることだって――」

「そうだな。昨日までの俺だったら無理だろう。でも今日は違う。明日はもっと違う」


 そう言うとガラフはハッとした面持ちになる。


「グルメ山で、また学んできたのか」

「ああ」


 迷宮は死と隣り合わせだ。いつ死んでもおかしくないし、みんな覚悟している。

 だからこそ、糞みたいな貴族の遊戯で無駄な命を散らせたくない。


「俺の意地みたいなもんだ。だからトリシャは――」

「はぁ。勝手に話進めちゃってさ。みなまで言わなくていいよ。ボクはラウラのパーティ。後衛の魔導士がいれば背中は安心でしょ?」


 ニコリと笑うトリシャ。初めて会った時とは別人のような頼りがいのある笑みだった。


「ちっ、そこまでお前ら覚悟決めてんなら俺も気張らねぇとな。ラウラ、当日は力を貸すぞ。どうせならまたお前らと一緒に戦いたい」


 ガラフもまた俺の肩に手を置き、サムズアップを見せる。トリシャの魔力とガラフの腕力があれば、俺は全力で守りに専念できるだろう。完璧な布陣だ。


「みんな……ありがとうな。あの糞貴族サマに一泡吹かせてやろうぜ」

「うん」

「おうよ!」


 俺たちは手を重ね合わせた。



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