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16 山頂


 盾――それは、聖騎士の誇りであり、己の命の次に大切なモノ。盾砕かれる時、それは聖騎士の最期だと言われるほどに。

 ガックリと項垂れた俺はノロノロと残骸を拾い集めるが、握り手だけを残して修復するのは不可能なまでに崩壊していた。

 

「……ラ、ラウラ」


 トリシャが後ろから声をかけてくるが、返事をする余裕はなかった。

 今までどんな攻撃も防いできた相棒がこんなアッサリと……。ミラリの攻撃は予想外に重かったのか?


「ゴメン……」


 続けてカイルの謝罪が聞こえてくる。そこでようやく俺は冷静さを取り戻してきた。

 

「いやカイルは悪くない……戦闘中じゃなかったのが、不幸中の幸いか」


 落ち着いて考えれば、こいつとは長い付き合いだった。

 ヨルムンガンドの突進や巨大マミーの剛腕など、数々の強敵たちの攻撃を耐えてきたんだ――そりゃ寿命が来るよな。

 むしろ最後の最後まで盾として砕けず、役目を担ってくれたんだと思うと感極まってくる。


「カイル、山頂まではもう少しだよな?」

「あ、ああ。もう間もなくだと思う」


 盾が無くてもここの魔物のレベルなら何とかなるだろう。ヴェルトヴァイパーで攻撃を弾くのは難しくないし、最悪俺が身代わりになればいい。


「今まで、ありがとう」


 お前のお陰で多くの仲間たちを守れてきた。だから、後はゆっくり休んでくれ。





 紅葉はやがて、真っ白な白銀の世界へと移ろいだ。吐き出す呼気も白く、深く積もった雪のせいで歩みは遅い。

 おまけに天候は歩を進めるごとに悪化していき、気温の低さもさることながら魔物への警戒も最大級のものになる。雪の魔物は素早く、狡賢い。ホワイトアウトの死角から襲い掛かってくるのだ、盾を喪失した現状ではいくら格下の相手でも油断大敵だろう。


「山頂はもうすぐそこよ!」


 まるで雪原の白雪を毛並みに帯びたような群狼たちにアリアの矢弾が突き刺さり、強烈な冷気が巻き起こった。寒さに強い耐性を有するはずの魔物すら葬るほどに、アリアの氷の魔法は冷たく凍てついている。


「神の斬撃を――【セレスティアル・アーク】!」


 動きの鈍った群れに、シィナの光の斬撃が飛ぶ。熱い血しぶきが飛び散り、積雪に深紅の斑点と温度差による僅かな湯気が生じた。


「【衝け焼き刃レッドスミス】ッ!」

「【血炎エシュダム】!」


 続けてカイルの魔法剣とトリシャの爆炎の魔法。狼たちもろとも焼き払われた雪原に、隠れ潜んでいた奴らの王が炙り出される。

 子分の狼たちを一回りも二回りも大きくしたかのような巨躯の獣。長く伸びた白い毛皮はある種の威厳を感じさせるほどだが――、


「なんか、見た目の割に強くないな……」


 ヨルムンガンド、特殊個体、巨大マミーのヤバさに比べりゃ、肌を刺すような殺気なんて虫刺され以下だ。

 使ってくるスキルも強烈と言えば強烈だが、単純な力技なので生身でも容易く凌げる。


 トリシャとカイルの炎が作り出した道に乗り、俺は身を屈めて一気に加速した。速度強化のスキルなら使ってもバレないだろうが、そこまでする必要もない。

 もうこいつは終わりだ。突っ込む俺を見て、奴が吠える。馬鹿の一つ覚えみたいにまたそのスキルかよ。


 視界を白く染め上げる猛吹雪。細かい氷片は鋭い切っ先となって俺に突き刺さり、文字通り身を刺す冷気が肉体を傷つける――それだけ。裂傷は【肥え太る遺骸】と巨大マミーの超回復スキル【黄泉戸喫ヨモツヘグイ】がすぐさま完全に癒す。

 猛吹雪を突破した俺は、呆けたように棒立ちする奴の胸元に手刀を突き立て、一閃。返り血が飛散するよりも速く駆け抜け、掌にこびり付いた血を払い捨てる。


 背後ではややあって、巨体が倒れ込む音がした。振り返るまでもない。


「ん、吹雪が……」


 雪原の狼王が倒れたことで吹き荒れていた粉雪の乱舞は止んだ。剥がれ落ちた白いヴェールの向こうから底抜けの青空と――グルメ山山頂から望む絶景が姿を現した。


「よっしゃあ! グルメ山踏破ァ!」

「……キレイ」


 武器を下ろしたカイルの歓声に紛れ、いつもなら諫めるアリアも感慨深げにそう呟く。初踏破の先人は、この光景を見て何を思ったんだろうな。


 ちなみに今倒した狼はいずれ復活する。かつてジークに滅ぼされた魔王の骸の影響だとか、生死の理念を超越した真の生物だとか、荒唐無稽な説はいくらでもあるが、冒険者なら『魔物とは得てしてそういうもの』で納得する。ここはまたあの猛吹雪に閉ざされるが、再び別の力ある冒険者が切り開くだろう。

 ……何度も何度も殺される狼たちには同情したくなるな。


「おい、なんだあれ?」


 ヴェルダニ荒地をボンヤリ眺めていた俺の耳に、カイルの声が届く。


「なんだ?」


 グルメ山の頂の大半は雪に覆われている。しかし中にはごつごつとした真っ黒な岩肌が天に向かって尖っていた。

 その中、明らかに人工物と見えるものが突き立っている。


「これは……十字架、ですか?」


 シィナが見上げる先に、長く伸びた棒がやや斜めに傾いた形で岩壁にあった。やや上の方では短めの棒状のものが横に交差しており、確かに十字架のような感じだった。


「だが、これはどこの宗教のシンボルだ? 帝国でも王国でも、ましてや連合国家にもないぞ」


 ユリウスの言う通り、ハリーが信仰する宗教のものではないし、王国や他の種族の形状でもない。少なくとも俺も見たことがなかった。


「そもそもこれ、十字架なのか?」


 あれは樹木などを四角く切り出して組み上げる。対し、目の前のこいつは楕円に近い。材質も何だろう……、叩いてみると鉄のような硬さを受けるが、何か違う感触もある。ギルなら分かるだろうか?

 極めつけは、横に交差する棒の部分だ。円形ですらなく、横から見るととてつもなく薄っぺらい。ドワーフの名工でもここまで加工するのはかなりの手間をかけるはずだ。


「というか大きすぎるよね。ガラフさんでもこのサイズと比べると小さく見えるよ」

「……だよな」


 目下、グルメ山の木々よりもぶっといだろう。もし中に入れるなら、大の大人でも数十人は乗り込めそうだ。それほどまでの巨大な構造物を山頂まで? 絶対無理だ。

 平地を運ぶだけでも大掛かりな設備が必要になるのに。優れた魔導士が転移魔法で突き刺した、ってならあり得るだろうが、そんな無意味なことをする奴は間違いなく狂人だな。出会いたくない。


「最初の踏破記録にだってこんなのないな。でも汚れ方からして、かなり昔のものだ」


 俺は表面にへばりついたコケを拭う。記述に残されていないのは単純に興味がなかったからなのか、あるいは。現在でも年間百人単位で冒険者が登っているのに、こんな奇怪な遺物がブッ刺さっているのを無視できるわけない。


「これは?」


 俺がコケを拭い取ると、下に隠れていた模様が露になる。

 それは、白地に赤い丸が描かれた、見たこともない紋章だった。


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