14 東の国の伝承
「ちょっと、あたしがいない間にお昼ご飯?」
斥候から帰還したアリアはシィナの料理を囲う俺たち(正確にはカイルたち)を見ながら、口を尖らせた。
「まぁまぁ……アリアさんの好きな酒鮭の軟骨もありますから」
「え、ほんと!? やった!」
だがすぐに表情を一変させ、シィナから串に刺さった魚の油揚げを受け取る。
「でもさ、よく手に入ったよね。この魚って水の澄んだ渓流にしか生息してないでしょ?」
「ええ。でも流石、噂通りのグルメ山……本当に何でも手に入りますね」
シィナが小川を指差し、アリアも水面を覗き込む。
「うそ、こんなに酒鮭が生息してるの!? やば……、こんな数初めて見る」
「カイル! 見ろよ、蜜桜の木だ。こんなの、帝国じゃ見られない種類だぞ」
「それ、食えるのか?」
カイルとユリウスも一際大きな桜の木を見上げ、話し合っている。話題に尽きないよなぁ、ここ。タルタロスが解放されるまで、拠点にしても良いかもしれない。
「ラウラ、それは?」
人の背丈ほどの木に実った黒っぽい実を毟り取ったところで、トリシャに尋ねられる。
「あ、これ? これは『アルカオ』って名前の実だよ。加工する前でも甘い上に――」
俺は一口サイズの円形の木の実をそのまま口に放り込む。
「俺の好きなエールと同じアルコール度数入りだ」
ああ……程よい甘味と飲酒した時に感じる酩酊が全身に染み渡る……。何か月ぶりの酒だろうか……。
「真昼間からお酒……」
トリシャはそんな俺を一瞥して、ため息一つ。お面の下では三白眼がジト目になっていると容易に想像できる。
「そ、そんな悪いことじゃないぞ! こっちの方が戦いに集中できるんだ! それにアリアだって」
「え!? ここであたしに振るの? 確かに酒鮭はつまみの定番だけど、アルコール分は微々たる量だよ」
「……だってさ」
「あの、トリシャさん、もしや飲酒に厳しい?」
「さーね。でも酔っ払ったら叩き起こすから安心してね」
「……はい」
食材に素材、あらゆる資源の宝庫、グルメ山。その恵みに感謝を抱きつつ、俺たちは暫し絶景のスポットで昼ご飯を楽しんだ。
腹ごしらえを済ました後、俺たちは再び傾斜を登っていく。グルメ山の登山道は一本道だが、真っすぐではなく山肌に螺旋を描くような形で続いている。普通の山よりは距離が伸びて疲れるものの、その分の取れ高も大きい。
景色が桜吹雪から紅葉の落葉に変わっても、ラーニングと素材の回収という流れに変化はない。現在地は四合目くらいだろうか? 太陽の位置はまだ空高く、今日中に山頂まで行けそうだなと考えていた頃だった。
「そういやここってあいつも生息してるのかな」
何度目かになる魔物との交戦を難なく処理し、死骸から使えそうな部位を剝ぎ取っている時、カイルがポツリと呟く。
「何が?」
短刀で大型の蝶の魔物の腹部を裂き、そこから甘い香りのする蜜を絞り出すアリアが聞き返す。
「ほら、俺たちの故郷で有名だった奴」
「……ああ、ミラリね」
「ミラリ?」
聞いたことのない名前だ。
「あれ、聞いたことない? どんなものも跳ね返す無敵の魔物『ミラリ』。悪い子はミラリに連れ去られて、永遠に鏡の中に閉じ込められるって脅されなかった?」
いや、そんな逸話はなかったな。
トリシャも首を横に振っている。
「知らないのも無理ないな。この話は無数の国々が寄り集まった東の連合国家の片隅、それも小国の地方に伝わる程度の伝説さ。同じ国の出身でも首都に住んでたシィナは知らなかったくらいだ」
東の連合国家は帝国の東側に存在する国だ。その始まりは小国と自由都市だったが、強大な軍事力を持つ王国や帝国に対抗するため、寄り集まって一つの国と成した歴史がある。
結果、多くの国々が互いに吸収し合い、混成していった国家なので元々の風習や言い伝えが風化したという話は少なくない。カイルたちの言う『ミラリ』とやらも廃れてしまった伝承の一つなのだろう。
「あ、もしかして四人とも連合国家出身なのか?」
シィナも、と言ってたし。
「そうね。カイルとユリウスはあたしと同じ村出身で、シィナは首都、交易都市イスウェスト」
「で、ミラリってやつは俺たちの村に伝わる伝説なんだ。いつかそいつを倒してやろうと思って、ずっと探してんだ。だーけどてんで見つからないでやんの!」
「……あの、カイル……」
でも、あらゆるものが集うグルメ山になら、と考えたって訳か。
「うーん、その魔物? は存在するのかな? ボクが今持ってる歴史書でも見つからない話だけど」
「こっちも何度も占星術で探し、見つからないって言ってるさ。この男には通じないけどな」
「あったりまえだろ! 俺の父ちゃんは確かに見たって言ってんだ! 父ちゃんは嘘つかねぇよ!」「えっと、皆さん……」
まあ、父親を信じたいってのは分かるが、いくらグルメ山でも存在するか分からない魔物を探すのは無理そうだが……。
「別に嘘ついてるなんて言わないよ。あたしが言いたいのは『そんなコトに割く時間はない』。これ以上、ラウラたちに迷惑かけるようなら、あたしの矢弾で探索が終わるまでアンタを凍らせるけど?」
「す、既に構えといて何言ってんだ!」「皆さん、ちょっと……聞いてください」
「おい、カイル! 僕を盾にするな!?」
しかし反射する能力か……もしいるなら是非ともラーニングしておきたいなぁ。魔法反射なんて盾役にピッタリなスキルだ。まさに勇者に聖剣だろう。
「家にあるもっと分厚い民俗学の本なら載ってるかな……? 反射する魔物……ボクからすれば強敵だけど、どんな魔物なのか一度は見てみたい」
どうせタルタロスの封鎖が説かれない限り暇なんだし、トリシャさえOKして貰えたら暫く探してみようか? よし早速聞いて――
「皆さん!! あれを見てください!!」
突如、シィナの大声。俺は飛び上がりそうになり、トリシャは本を落としてしまう。騒いでいたカイルたちも口を噤んだ。当のシィナも叫んだせいなのか、頬が赤くなっていた。
しかし彼女は焦った様子で紅葉の木立の隙間を差している。燃えるような真っ赤な世界の只中、浮かんでいるそれを。
「……嘘……」
「冗談だろ……」
表情を引きつらせるアリアとユリウス。
そんな中、カイルは一人楽しげに相好を崩していた。
「ミラリだ――!」




