13 グルメ山
荒涼とした荒地が周辺を取り囲む只中、グルメ山は聳える。その豊かな土壌と生態系の根源は踏破されてもなお謎に包まれ、人々の冒険心と研究心をくすぐる。麓に築かれたキャンプサイトは多くの冒険者や研究者たちが拠点にしている木材で組まれた簡素な仮住まいに加え、帝国騎士団の駐屯地までを内包していた。
俺は馬車が停車するとすぐさま飛び降り、ノイスガルドにも負けないくらいの活気を肌で感じる。やはり別のダンジョンに来ると新鮮味に溢れ、年甲斐もなくワクワクするな。
「ここがグルメ山……初めてくるけど、雰囲気がノイスガルドに似ているね」
続けてトリシャも出てくる。念のため、お面で三白眼は隠すように言っていたので素顔は見えない。が、それだと他人からすれば無表情のようなものなので、せめて口元は覗くデザインに変更されていた。
俺は声だけでも分かるけど、カイルたちは流石に出会ったばかりだし。
「おっしゃ、ここがグルメ山か! 待ちくたびれたぜ!」
そして元気よくカイルが飛び出し、アリア、シィナ、ユリウスが降りてきた。
「はぁ、カイル、声大きいって……」
ため息とともに額を押さえるアリア。
「あの、本当にパーティ組んでいいの? あたしが言うのもあれだけど……結構、個性的なメンバーばかりだから」
彼女ははしゃぐカイルを横目で伺いながら、小声で尋ねてくる。
「せっかくの縁だし、気にしなくて大丈夫だって。それにまあ、頼りにされるのは悪くない」
カイルはすっかり俺が山賊を一瞬で無力化した様を見て、憧れのようなものを抱いてしまったらしい。元々、英雄譚や勇者の伝説と言った言葉に弱いそうだが、分かるよその気持ち。
だからパーティを組むのも一つ返事だ。トリシャも同意してくれたし、問題は何もない。
「そう……じゃ、改めてよろしくね。来て早々、挑むことになりそうだけど、準備はオッケー?」
既にダンジョンの入り口に駆けだそうとしているカイルを食い止めるシィナとユリウスを見て、アリアは苦笑している。
「ああ、もちろんだ。トリシャは?」
「ボクもいつでも行けるよ!」
こうして俺たちはグルメ山に足を踏み入れた。
グルメ山、一合目。生命の存在しないヴェルダニ荒地を越えてきた冒険者を出迎えたのは、緑豊かな森林地帯だ。ノイスガルドの第一階層を思わせるが、繁茂する植物の種類はまるで違う。俺は逐次、【ステータス鑑定】をかけて使えそうな素材を回収し、カイル達には気づかれないように【匣】に放り込んでいく。
【弓なりの枝】
弓を作るのに最も適しているとされる針葉樹から採れる枝。
【冬虫夏草】
薬剤から料理まで幅広く利用されるキノコの一種。正式名「グルメイチヤダケ」。
【樹液の塊】
樹木が硬質化し、固形となったもの。香料などに使用される。
【マジックシード】
魔力が詰まった果実。そのままでも食用可能だが、料理や錬金術の素材としても使われる。
「カイル、魔物だ! 来るぞ!」
茂みをガサガサと揺らし、人間ほどの何かが木々の合間を飛び交う。魔物の気配を占っていたユリウスはその動きを予知し、素早くカイルに伝達する。
「へっ、来たか! 任せな!」
俺はヴェルトヴァイパーと盾を構え、カイルは細身の剣――狼光丸と円形の盾を抜き放つ。
それを敵対行動と見なしたのか、魔物たちも姿を見せる。でっぷりと肥え太った人間サイズのネズミのような群れと、巨大な蜘蛛のような節足動物だった。
振りかざした盾にネズミたちが体当たりをぶちかましてくるが、ヨルムンガンドに比べればぬる過ぎる。俺は全てのネズミの突進を凌ぎ切り、蜘蛛の魔物の鋭い足を繰った乱舞も残らず払い除けた。
「今だ、やれ!」
「行くぜ! 【魔法剣技・衝け焼き刃】!!」
狼光丸の刀身が赤熱したかと思うと、一直線に伸び上がりネズミたちの弛んだ腹をまとめて打ち抜いていく。
……凄い威力だ。岩や木までも容易く貫通している。炎属性も付与されているようで、傷口が焼け焦げていた。
「残りはあたしがやるわ――【氷Ⅳ】!」
アリアの【大紅蓮の淼眼】が煌めく。大型のクロスボウから発射された矢弾は、蜘蛛の一体に着弾。次の瞬間、微細な氷の棘のようなものが身体の内側から食い破るように突出する。周囲の魔物たちを巻き込み、真っ赤な鮮血が一斉に飛び散った。
前にトリシャがヨルムンガンドに使った【極地光】に勝るとも劣らない、氷属性の魔法。なんてパワーなんだ……タルタロスの二層でもやっていけるぞ?
「終わりね」
新しい矢弾をセットし直したアリアは軽く息を吐く。
「……あれ、トリシャ?」
二人の活躍のお陰で出番がなかったトリシャは、呆けたようにアリアを見つめていた。
それからややあって、
「今の魔法ってどこで覚えたの!? ボクも初めて見るよ! すごい、詠唱もなしにあの破壊力……第五等位……ううん、第四等位に匹敵してるかもしれない!」
「あ、えっと、ね? 説明するから、落ち着て!」
「トリシャー。前よりも近いよ」
もう額と額がごっつんこする寸前の距離である。
「今のが【大紅蓮の淼眼】の力の一つだよ。あの氷の魔法、というかもう生来の能力に近いのかな? ほら、魔物でも魔法的な力を使うでしょ? あれに似てる感じ。だから詠唱はいらないし、こうやって――」
アリアは腰に下げた矢筒から矢弾を一本抜き取り、【魔眼】で見つめるとその瞳がキラリと輝く。
「【氷Ⅴ】
矢弾を握りしめた手に冷気が迸って、吸い込まれていった。何の変哲もないクロスボウの矢の表面には、魔法的な文様が浮かび上がって淡く明滅している。
【氷製矢弾】
冷気を宿した矢弾。着弾後、技名を告げると発動する。
アリアのお手製の矢弾。
【ステータス鑑定】をかけると、そんな説明が出てきた。魔法を込める特製弾丸のようなものは聞いたことあるが、何の変哲もない普通の矢弾に付与するなんて付与魔法以外、見たことない。
これが【魔眼】か……ノイスガルドで長らく冒険者をやってきたが、世界にはまだまだ見知らぬスキルや力があるんだな。
「ま、魔法に関しては自信あったのに、まさかここに来て手ごわいライバルが……!」
口角をひくつかせ、後ずさるトリシャ。無詠唱は魔法使いにとっての一つの到達点だ。ジークと添い遂げたシャルロットもその一人だが、逆に言えば英雄並みの才能がなければ不可能と証明されているようなもんだな。
「うーん……そうでもないよ。詠唱がいらない分、普通の魔法より魔力の消費が大きいし、目にかかる負担も大きいから……そのせいでドライアイなんだ。地味にツライ」
今も違和感を覚えるのか、右目をしきりに気にしている。砂が入ったみたいにゴロゴロするらしい。
「そもそもあたし、そんなに魔法系の才能ないからね。草馳人選ぶくらいには、縁がないよ」
そう言ってアリアは肩をすくめた。
「つーか俺らン中で攻撃魔法系スキルまともに使えるのって、俺くらいじゃね?」
狼光丸を鞘に収納したカイルがユリウスを一瞥し、得意げに笑う。
「フン、僕はまだ修行中の身だ。炎属性の魔法剣しか使えないようなむさ苦しい男と一緒にするな」
「そういやさっきの燃える剣の突撃、あれ魔法剣だよな。魔法剣士にはならないのか?」
【魔眼】や占星術師がおしなべてレアなだけで、剣と魔法を同時に繰り出せるカイルも普通に非凡な人間だろう。
少なくとも死ぬまで何の才にも恵まれなかった俺からすれば、羨望の対象だ。
「前はやってたけど、軽戦士の方が性に合ってんだよな。スキル構成もどちらかといや、剣士寄りだし」
フーン……人間のスキルも奥が深そうだな。そういや俺、人間のスキル事情はあまり知らなかったしなあ。なんせ微塵の興味も関わりも無い上に、勉強しても虚しいだけだから。
とりあえず先天的に決まる才能みたいなもんってイメージしかない。あとはまあ、断片的な情報だけ。その内、トリシャに色々教えてもらおうかな?
その後も俺たちは順調に歩を進め、三合目まで登る。風景は常緑樹林から桜舞い散る並木の登山道に変貌していた。
グルメ山はある区切りで突然、環境が激変することでも有名だ。もう少し進めば今度は紅葉に覆われる。四季の縮図みたいなダンジョンなのだ。
だから普段なら一年待たなきゃいけないような素材や極東の地域にしか生えないこの桜の木々も、この山でなら簡単に手に入る。やっぱ来て良かったな。色々なアイテムやスキルがゲット出来て内心、笑いが止まらん。
「カ、カイル、この辺で休憩にしませんか? 予想よりもハイペースで進んでるようですし……」
シィナが遠慮しがちな声音で後ろから話しかけてくる。今のパーティの陣形は先頭が俺とカイル、真ん中に打たれ弱いトリシャとユリウス、殿がパワーファイターな魔法医師シィナだ。アリアは斥候のため、遥か前方を単独で先行している。
「そうだな。じゃあここら辺で休憩するか。景色も良いしな!」
周りは荒地だから見晴らしは良い。天候も晴れ渡り、南方を横たわる銀色山脈がくっきりと望める。
適当に座れそうな場所を見繕い、カイルたちは荷物を降ろし始めた。俺も足を投げ出して座り込み、ふくらはぎの防具を取っ払って筋肉に念入りなマッサージ。鍛えているとはいえ、重厚な鎧を着込んでの登山は結構堪える……。
「疲れた……」
それに腹も空く。昼飯を作ろうと思ったけどカイルたちがいる前で【大賢錬成】を使うのは不味いよなぁ。
急な話だったからすっかり考えるのを忘れていた。どうしよ……いつもの缶詰や携帯食を一つも持ってきてない! 食材は採集した分で問題はないが、料理の知識なんてゼロだぞ? 「毒じゃない草なら食える、否、多少の毒も胃袋過ぎれば易し」くらいの食生活だったのが悔やまれる。
「ラウラさんたちは何か食べたいものありますか?」
俺が必死でメシの確保を考案していると、携帯用のナベを設置したシィナが聞いてきた。
「え、良いのか?」
「はい。カイルの無茶な頼みを聞いてくれたお礼を少しでも返したくて……それに今回の冒険は、ラウラさんの的確な攻防のお陰で、私もユリウスも安全に術に専念できました。私個人としてもお礼がしたいんです」
「ああ。僕も同意見だ。盾の使い手が一人いるだけで、こんなにもラクになるとは思わなかった。……トリシャの魔法の技術も中々だしな。正直、僕も負けてられないと痛感したよ」
いつも通りのことをこなしただけだが……せっかくだからお言葉に甘えるとしようか。
「じゃあお願いしようかな。俺はさっき採取したこいつとこいつで……」
袋から出すフリをしつつ、【匣】を起動。シィナに食材である『カプト(多年草の野菜の一種)』と先ほど倒したデブネズミの珍味とされる部位『黄金肉袋』を手渡した。
調味料は以前、マルタと交換したのがあるのでそれを使ってもらう。二人じゃ使い切れないほどあるしな……。
「じゃあボクはこれで!」
トリシャはネズミと一緒に出てきた節足の魔物の脚部『カニグモの足』、『桜の花弁』を渡した。
あとはシィナに任せるだけだな。食材をテキパキと処理する様は、一人前の料理人と遜色がない。
「へへっ、シィナの料理スキルは一人前だぜ。プロにも負けねぇよ」
「なんでお前が得意げなんだ……スキル不要の簡単な料理も出来ないようでは、リーダーとして務まらないぞ」
誇らしげな顔つきで鼻の下を指でこするカイル。それをユリウスが冷めた目つきで溜息を吐いた。いや、俺も耳が痛いですはい。
「ぐ……ユリウスだってまともな宇宙魔法使えないだろ、この頭でっかち!」
「なんだとぉ? 突っ込むことしか能のない単細胞に言われたくない!」
互いに顔を詰め寄ってグリグリとにらみ合う二人。まだ結成してから数時間のパーティだが、この二人のいがみ合いは日常茶飯事というか日課みたいなもんだと分かったので止めることはしないし、止める役目は俺たちではない。
「あ、あの、二人とも――今すぐ止めないとご飯抜きですよ?」
アリアやトリシャの氷魔法より底冷えするシィナの氷点下の声音。
……こっわ! こっちまで叱られたような気分になるな!?
「すみません」「す、すみません」
カイルとユリウスは見事にハモり、言われてもないのに正座して背筋を伸ばすのだった。




