12 仲良し四人組冒険者との出会い
山賊の頭を無力化すると、子分たちは蜘蛛の子を散らすように遁走しだした。元よりただの力関係で成り立った薄っぺらい集団だ、まとめ役がやられたら容易く崩壊するだろう。
「畜生……こんな化け物だと分かってたら、最初から手なんて出しやしねぇぜ。ガキ、お前、本当にノイスガルドの三層到達者なのか?」
「ノイスガルドの冒険者までは当たっている。まだ二層半ばだがな」
「へへ、そうかよ。大したガキだ。……もし落ちぶれたら、俺のところに来いよ。用心棒にしてやるぜ」
「また行ってやるさ。懲りずに悪さしているならな」
いつまでも待ってるぜ、と吐き捨てて山賊のリーダー格は、騒ぎを聞きつけた帝国騎士団の分隊兵に連行されていく。
……せめて更生してくれることを祈ろう。
トラブルのせいで遅れが生じたが、馬車は再びキャンプサイトに向かって進んでいく。御者は俺にいたく感謝し、謝礼まで出そうとしてきたので慎んで断っておいた。人助けというか、かかる火の粉を払っただけだし。
「……ほら、空いたぞ」
俺は鍵を失くして開かなくなっていた小箱をトリシャに放る。
「ありがとう。最悪壊すつもりでいたけど……結構、気に入ってた入れ物だから」
「さっきの山賊から奪った知識のお陰だよ」
【レベルドレイン】はラーニングに近いスキルだが、他者のスキルをコピーしたり奪ったりは出来ない。
あくまでもその人が培ってきた技術や経験、知識といったものに限られる。つまり、俺は山賊の鍵開けのテクニックを利用して箱を開封したのだ。スキルでも開錠する効果のものはあるが、スキル封じの類に影響されない技巧は、時としてそれよりも優位に働く場合もある。
「……昔の仲間たちとの思い出の品なんだ、これ」
二層で崩壊したかつてのトリシャのパーティ。
箱から取り出したのは小さなロケットタイプのペンダントだった。
「みんなで二層にたどり着いた記念に、お金を出し合って高名な写し絵師に私たちの姿を焼き付けて貰ったの」
ふたを開けると、当時のトリシャとそのメンバーたちの写し絵が中に納まっていた。しかも色付きだ。相当、金がかかっただろう。
「この前までは見るのも辛くて、ずっと奥にやってたんだよね。それで鍵もどこかに行っちゃって……でも、今は逃げないで直視できる。ラウラが、ボクを暗闇から救ってくれたから」
……改まって面と向かって言われると、腰がムズムズする。俺は鼻の下を擦り、誤魔化すようにソッポを向きながら「そ、そうか」とだけ返しておいた。
トリシャもクスクス笑うだけで、何とも落ち着かない気分だ……。
何とか取り繕うと、視線を巡らせていると先ほどの初心者(風の)冒険者の四人組パーティに目が行く。全員一様に若く、男女半々だ。
どうやらあちらも俺の方を窺っていたのか、戦士風の少年とバッチリ目線が合った。うわ、今度は気まずくなるぞと思った矢先――。
「あ、あの!」
その少年戦士が話しかけてきた。隣に座っている大きなクロスボウを背負った少女が、諫めるように服の端を引っ張っていた。
少年はそれには介さず、続けて口を開く。
「さっきの山賊との戦い、コッソリ見させてもらってました。とても強いんですね」
「え? ああ、どうも」
お礼を言いたかったのか? でもクロスボウの子の反応を見る限り、それだけじゃない気がする。
「もしかして二人もグルメ山に?」
俺は首肯する。
「タルタロスが封鎖されたから、ちょいとね」
その返答に少年は「すごい、本当にノイスガルドの冒険者だ!」と目を輝かせた。
「俺たちもタルタロスに腕試しに来たんです。でもいざ街に入ったら迷宮は当面入れないって言われて……仕方なく、グルメ山に行くことにしたんです」
「ちょっと、カイル。その辺にしときなって……」
クロスボウの少女が興奮して立ち上がる少年、カイルを強引に座らせる。
「だけど、アリア! 先輩冒険者なんだぜ!? このチャンスを逃すわけには!」
先輩……ああ、背筋がむず痒い。慣れない呼び方をされると。
「相手の迷惑を考えようよ……。いきなり根掘り葉掘り聞くのはシツレイでしょ」
「そうだ。お前のその熱意は少し抑えるべきだな」
「あ、あまりしつこいと怒られますよ。ね、落ち着いてカイル」
アリアの他、残る二人の冒険者もカイルを注意する。
いや別に迷惑とか思ってないが。昔の自分を見てるようで懐かしさすら感じるし。
「や、気にしてないよ。なんか聞きたいことでもあるのか?」
三人に囲まれ、流石にシュンと肩を落としていたカイルに助け舟を出す。
「……良いんですか?」
「俺もすることないし、全然。あと敬語もいらんぞ。年齢、そう離れてないでしょ」
……男だった頃は三十路半ばのオッサンだったけどな、と心の中で付け足す。
四人は顔を見合わせ、小声で何かを交わす。そのあと深々と頭を下げてきた。
「ありがとう。俺、カイル! マルガの息子、カイル・ベッカーだ。見ての通り、軽戦士をやってる。このパーティの要だ!」
短く刈り上げた燃えるような赤毛の少年、カイル。背中には細身の剣と円形の盾が背負われている。
「ごめんね、カイルの我が儘につき合わせちゃって。あたしはアリア・ベレスフォード。カイルとは幼馴染の腐れ縁よ。職は草馳人。よろしくね」
鮮やかな水色の髪を俺のようにポニーテールで束ね、小柄な体は闇色の外套でスッポリ覆われたクロスボウの少女。ツリ目の双眸は片方は髪の毛と同じだが、右目は真逆の深紅の輝きを放つ。二層で出会った錬金術師、マルタと同じオッドアイだ。ただの先天的な変色ものか、あるいは魔法的な影響か。
「ああ、気になる? これ、生まれつきの【魔眼】ってやつの一種だよ。あたしを鑑定した占い師は【大紅蓮の淼眼】と呼んだんだけどね。これのお陰であたしの魔法は少しトクベツなんだ」
俺、というよりトリシャの興味津々な視線に気づいてアリアは解説する。
【魔眼】とはスキル同様、生まれ持って得られるものだ。もしくは魔人と呼ばれる種族は無条件で遺伝されるが、一般的な人間では殆ど隔世遺伝に近い。
まあ、要はとっても珍しい奴ってことだ。だけどひょっとして、もしかしたらマルタも【魔眼】持ちか?
「……ボクも初めて見た。近くで見ても、良い?」
「うん、良いけど……ちょっと近すぎない?」
確かに。そんな息がかかりそうなくらい近づかなくても良いだろう。
「トリシャー、近いって」
「あ、ごめん」
ようやく我に返ったのか、トリシャは居住まいを正す。
「ごほん……僕の番だな。僕はユリウス・ヴィンダーナーゲルだ。カイルとアリアとは長い付き合いになる。見ての通り、職業は占星術師さ」
三人目はカイルとアリアと同い年に見える小柄な少年だ。度の強そうな眼鏡をかけ、くすんだ茶髪は無造作に生え散らかしている。ローブも明らかにサイズが合ってないが、魔法系の職に携わる人間はえてして、こういう系統の服を好んでいる。トリシャも少なからずその兆候があるしな。理由は知らぬ。
「占星術師……ってことは、宇宙魔法使えるの?」
またトリシャが食いつく。占い師と混同しがちだが、あんなしょうもない連中とはまるで違う。占星術は星を読み、星から力を借り受け、その力を振るう魔法使い……らしい。
彼らの操る宇宙魔法は炎や風のような魔法より遥かに強大なものだと聞くが、実際に見たことはなかった。【魔眼】ほどじゃないけど、珍しい職種だしな。
「あー、僕はまだ――」
「いや、ユリウスはまだ単純な星占い程度しか出来ないぜ。しかも全然当たらないでやんの」
ユリウスが答えようとしたとき、カイルが茶化すように横から口を挟む。
「カイル! 余計なことを言うな! 当たらないのはお前が占いの度に茶々を入れるからだろう!」
「へいへい、今回の冒険では当たると良いな」
「チッ、なんにでも猛進する男に占いなんて無意味だ」
毒づきながら最後の一人にユリウスは場を譲る。最後に白いコートを着込んだ看護師風の女の子の番になる。一見すると回復魔法に長けた職を彷彿させるが、背中に背負った杖は杖というより、鈍器……ハンマーか何かに近い。
いやあ、だってやけに攻撃力高そうな切っ先がついてるし、ツルハシや死神の大鎌の方がイメージに合うか?
「わ、私はシィナ・ブラックバーンと申します。職業は魔法医師。治療は得意なので、怪我したらいつでも気軽に言ってくださいね」
「あとパワーも桁外れだけどな。俺らン中でもブッチギリのトップクラス。力比べしたら腕がへし折られるよ」
「カ、カイル! そんな大げさに言わないでください!」
「そうなの?」
「ええと……他の人よりは、強いと思ってます」
親近感湧くわー。腕相撲してみたい。見た目、華奢な女の子なのにな。
そして今度はこちらが自己紹介する番になる。
「俺はラウラ・ヘルブスト。何度も言ってるけど、ノイスガルドの冒険者で二層まで足を踏み込んでいる。もちろん、俺一人の力じゃない。トリシャがいるからここまで来れたんだ」
「トリシャ・エアラッハです。まだ普通の魔導士だけどラウラを助けられるように、賢者を目指して頑張ってます」
「え、初耳」
まあトリシャの才能なら賢者なんて余裕だろうな。
「け、賢者……やはり僕たちとはレベルが違いすぎる。カイル、もういいだろう。これ以上、有望株のメンバーに迷惑をかけるな」
「ちょ、待てって! 挨拶しか交わしてないだろ!?」
「だからカイル、何を聞きたいのよ。一応、あたしたちだって近場のダンジョンをクリアしてきたのに、今更初心者みたいに質問攻めするの?」
ああ、一応それなりの場数は踏んできていたのか。それでノイスガルドに力試しに来たって訳と。
「聞きたいっていうか、頼み事だよ」
そう言うとカイルは俺たちに向き直って突然、ほぼ直角に腰を曲げて平身低頭する。
「ラウラさん、トリシャさん! お願いします! 一時的で良いんで、俺たちと一緒にパーティ組んでください!」




