10 迷宮の封鎖
「――――ッ!!」
ヴェルトヴァイパーがマミーの胸元を穿つ。死肉の巨人は一瞬動きを止めた後、断末魔を洞窟内に轟かせた。鼓膜を震わす大絶叫に多くの冒険者が耳を塞ぐが、やがてそれもか細い吐息に変わり、その躯体は流砂のように崩壊していった。
「見事だ」
周りの冒険者たちの歓声が上がる中、独特な足音を響かせ、暗がりから姿を見せたのはソウジだった。反りのついた独特な形状の片刃の剣を肩に添え、飄々と歩いてくる。
刀身からは魔物の鮮血を滴らせているが、ソウジ自身は無傷どころか返り血すら浴びてない。流石ギルドマスター……レベルが違う。
「さっきの一撃はソウジが?」
「ああ。あのまま急所を撃ち抜いても良かったんだがな。お前の獲物を横取りするのは、ギルドの長としてどうかと思ってな。結果として良いものが見れた」
ソウジは立ち止まるとまだピクピクと痙攣しているマミーの肉体の一部を、容赦なく切っ先を突き立ててトドメを刺す。
「これで遭難者の救出と魔物の排除は完了した。諸君らの協力に感謝する。報酬は別途、個別に送るので、ギルドカードを持つ者は受付に提出しておくように。それ以外は窓口対応になるから好きな時にギルドへ来るがいい」
ソウジの声で、冒険者たちの喝采は更に高まっていった。
迷宮の外に出ると既に夜明けだった。長いようで短い一夜が終わったが、ひとまず惨事は終息したと言える。無論、根本的な解決はこれからになるだろうが……。
マルタも探しているあのスペクターの死体は、ソウジが倒してきた魔物の中にもいなかった。十中八九、生きていると判断して良さそうだ。
「しっかし困ったことになるな」
隣で座り込み、ケムリグサ(パイプの一種)を吹かすガラフ。モクモクと紫煙が立ち上り、風に吹き散らされる。
「迷宮の封鎖は、妥当だと思うよ」
今回の遭難事故は最早、看過できる規模ではない。ソウジは迷宮を近日中に封鎖し、不穏分子の討伐が果たされるまで誰も立ち入れなくするだろう。
しかも、冒険者や住民からの強い反発も覚悟した決定だ。恐らく覆ることは無い。このまま放置すれば、今回の遭難事故を超える被害が発生するかもしれないんだから。
「そりゃ、俺だって分かるぜ。でも街の収入源は迷宮と冒険者だ。それがなくなったらノイスガルドは途端にゴーストタウンになっちまう。鉱山街と一緒よ」
ノイスガルドは、元は帝国領の辺境にある寂れた田舎町に過ぎない。迷宮と、それに誘われる大陸全土の冒険者が金や活気を生んだのだ。
ソウジもそれを誰よりも理解している。最低限の損失で抑えるには早期解決しかない。
「ま、俺は適当に雑用こなして日銭を稼ぐさね。ラウラ、お前さんはどうすんだ?」
「最悪、スキルを使えば食い扶持に困ることは無いかな……」
【大賢錬成】とか、一層で魔物をしばき倒した時に稼いだ金もある。何とかはなるだろう。いっそ教会に居座るのもいいかもな。たまにはあのアホ神父を利用してやらなきゃ、割に合わん。
「それはさておき、今は寝たい。流石に疲れた」
「おうよ。お疲れさん」
ガラフが突き出した拳に、俺も拳を軽く当てた。
迷宮から朝帰りした俺は教会に着くなり、鎧も脱ぐ暇もなく睡魔に負けた。
目が覚めたのは、太陽が西にやや傾いた頃。その時には既にソウジが迷宮を封鎖した、という御触れが出回り、かなりの騒ぎになっていた。
「ラウラ、今後どうする? 暫くは駄目そうだよ」
木陰で号外の『冒険日報』を広げるトリシャが、困ったように眉根を顰める。
「そうだな……いっそ、他の街の迷宮に行くのもアリかもな」
この世界にはノイスガルドの他にも大小さまざまな迷宮が点在していた。大きさはまちまちだが、大半は既に踏破されており、財宝の類は漁り尽されている。未だ最奥まで足跡が刻まれていない迷宮はノイスガルドのタルタロスも含め、数えるほどしかないだろう。
俺はまだ見ぬ魔物からスキルを学べるから、行く価値はあるんだけどね。環境が違えば同じ魔物でも生態や能力はまるで変わる。タルタロスの攻略を堅実にするためには、一旦別の迷宮に潜るのも手だろう。
「この近辺だと――ガルデア街の『黒竜の山』、マルクセンの『オーク台地』と『ゴブリン山』、ヴェルダニ荒地の『グルメ山』だな」
俺は頭にノイスガルド周辺の地理を思い出しながら、名前を挙げていく。しっかし本当に山ばかりだな、帝国は。
「『銀色山脈』はどうかな?」
「実入りは期待できるけど、迷宮の規模がデカすぎるし、あそこはドワーフの国の鉱山だ。入るのに時間がかかる。だから国境を跨ぐ必要のある他国の迷宮もパスで」
ギルに頼めば入国審査を顔パスできるかもしれないが、どっちにしてもノイスガルドに次ぐ未踏破の大迷宮だし、流石に目標がブレる。俺の目標はタルタロスの踏破、それが叶ったら行ってみよう。
「それもそうだね。じゃあ、帝国内で気軽に行ける場所となると……『ゴブリン山』と『オーク台地』、あるいは『グルメ山』だね」
ガルデアの『黒竜の山』は帝国の最西端にある。多様なドラゴンの住処となっており、そこを束ねる黒竜は生半可な挑戦者たちを悉く返り討ちにしてきている。
今の俺たちでも分が悪いし、交通の便も宜しくない。そんなわけで候補から消去。
『ゴブリン山』『オーク台地』はその名の通り、ゴブリンとオークの国だ。それぞれに王と呼ばれる最強種が君臨し、雑多な群れを統率している。
当初は帝国の迷宮とされていたが、攻略にやってきた冒険者たちとの抗争の末、停戦協定が結ばれ、国として治めることが認められた。だから迷宮と呼ぶには齟齬があるのだが……彼らと力試しをすれば多くのスキルを学べるだろう。
なんせ血の気が多いからな。帝国と和解してもなお、いつでも攻めてこいと言わんばかりの態度を示してる。ハッキリ言って物騒だし、トリシャを連れていけるような場所じゃないので、これも候補から外れる。別にタルタロスでも連中の亜種に出会えるしな。
「『グルメ山』にするか……」
場所はノイスガルドから南下して、すぐ。帝国の南方地方の大部分を占める『ヴェルダニ荒地』にポツンと聳える小さな山だ。
水も植物も生き物もいない荒れ果てた大地で、砂漠よりも苛酷な荒涼地帯として帝国人すら近づかない。長らく不帰の領域として恐れられていたが、ある冒険者がそんな中に聳える『グルメ山』を発見した。
地獄に齎されたオアシス……。流れ出る水は甘く、生える植物は美味と珍味、そこに集まる生き物は、魔物すら王家の食卓に並んでもおかしくないほどの逸品だった。
得られるスキルは専ら支援系になりそうだが、今のレベルでも丁度いい難易度だし、素材の宝庫だから【大賢錬成】のタネを増やせそうだな。【匣】があるから入れ物にも困らない。
「だ、ダメだ……俺はもうギブアップ……」
隣でズシン、とガラフが力尽きて倒れ伏した。半裸の肉体には玉のような汗が浮かび、息も絶え絶えだった。
「ラウラ……お前、バケモンか? こんな訓練を毎日……」
「それが盾役の唯一の強みだからなぁ」
俺はそう答えながら腕立て伏せを続ける。背中には数十キロほどの重しを乗せ、両手、片手とバランスよく入れ替えながら行う。ノルマは一日千回だ。三十分くらいで気軽に出来るトレーニングだな。
「998……999……ふう、終わり」
俺は立ち上がり、軽く腕を回す。冬は身体を暖めるためにも丁度いいんだが、この季節になると汗だくになるのが辛いなぁ……。
【大賢錬成】で作った滋養強壮効果のあるポーション(味は刺激的な爽やかさのある甘味)を飲み干し、汗でびしょ濡れになったインナーを脱ごうとした。
「バッ、てめ、お、おおお男がいる前で脱ごうとする奴があるか!?」
ガラフが咄嗟に腕で顔を隠す。よっぽど慌てたのか、尻もちまでついていた。
「ああ……」
あのアホ神父がいないと、ついつい気が抜けてしまうな。いつだったか、ギルの前でも着替えたし。
「というかアンタ、随分ウブだなオイ。最初会ったころは身ぐるみ剥ぐとか息巻いてなかったか?」
「アレは黒歴史だからもう忘れてくれ! ただの強がりだ。本当は女を見ただけで怯んじまうんだよ!」
へぇー……良い事聞いたわ。煩悩塗れのアホ神父とは百八十度違うな。
「ラウラ、悪い顔してる……」
「いやいや、そんなことないですヨ?」




