7 破格の力
思わず閉じた目蓋の裏でちかちかと星が瞬く。
「いってェ……」
気絶はしない。頑強さだけが取り柄の盾役だ。こんなんで意識飛ばしてたら戦闘の痛みに耐えられないし、咄嗟に【グラヴルボディ】を使用したので痛みは軽減されているだろう。
ただ、ぶつかった時の勢いが強すぎて薙ぎ倒されたのだ。あンのクソ野郎、絶対しばく。
「大丈夫?」
鼻っ柱に直撃されたせいで涙目になるが、鼻血は出てない。骨も平気だ。
「あいつどこに行きやがった?」
「物凄い速度で飛んでいったよ。もうここにはいないみたい」
今度会ったら倍返しだ。
「……ん?」
このムズムズした感じ……ラーニング?
ああ、あいつと正面衝突したからか。盾で受けてばかりだったが、生身の接触でも発動するんだったな。まさに怪我の功名。
えーと、どんなスキルを獲得したのかなー?
【匣】
容量無限の収納空間を広げる。
【―――】
【―――】
【白鍵】
貫通性の高い光弾を放つ。着弾地点を凍結させる。光属性、炎属性。
【ステータス鑑定:Lv.SSS】
あらゆる道具、スキルなどを瞬時に把握可能となる。
【大賢錬成】
錬金術の極地のスキル。あらゆる素材が扱えるようになる。
「何だこれ……」
一部の表示がおかしくなっている。コアが狂ったのか?
それに――。
「ラウラ、どうしたの?」
「いや、なんか色々とありすぎて……」
いつものようにコアでスキルを見てたら、なんか勝手に目の前にスキルの説明ボードが出てきた。
これが【ステータス鑑定】の効果? 占い師がよく使ってるスキルだ。Lv.SSSってのはよく分からんが……。
「色々?」
「うん。占い師連中みたいにコア開かなくても、スキルとかが分かるようになった」
見るだけで勝手に情報が出てくるが、邪魔な時は出ないようにもできる。軽くトリシャをチェックすると同じようにボードが出現する。なおこれはスキル使用者以外には見えないようだ。
「それって人の強さの目安が、自由に見れるようになったってこと!?」
珍しくトリシャの声量が大きくなるが、無理もないことだ。他人の気持ちは分からないというが、意外と自分自身の事すら理解していない場合は多々ある。
己の中にある才能を把握し、完璧な鍛錬と人生設計を作れる奴はどれほどいるだろうか? 才能がないのに努力し打ちひしがれ、あるいは稀代の可能性に気づけず埋もれていく……ほとんどがそうだろう。
そこで占い師たちが現れた。人の能力を簡略的に数値化するスキルを用い、相談者たちの悩みを解決していったのだ。
冒険者の選定にも彼らは大きく貢献してるだろうな。この鑑定スキル自体、使い手が少ないので習得しているものは無条件で占い師として迎え入れられるとか。
因みにメモリーコアは鑑定スキルの超簡易版だ。現在の使用者の現在レベルと同期してシンプルに表示するだけの機能だが、それでも重宝されている。
「他にはどんなスキルが覚えたの?」
「【匣】、【白鍵】、【大賢錬成】。あとは読めない。コアがおかしくなったのかも」
「……?」
トリシャの動きが止まる、というか固まった。
「……ボクは魔導士だからスキルの専門じゃないけど、それなりに本で知ってるつもりだったよ。でもラウラが今言ったスキルは全然、全く、微塵も聞いたことない……」
「マジか?」
「うん。ハリーさんに聞けば分かると思うけど」
「あいつは嫌だ」
つまりレアスキルって奴か? やっぱあの魔物は只者じゃなさそうだな。
「せっかくだから、実験でもしてみようか」
ギルドの依頼である記録は済んだし、奴が暴れたおかげで周囲に邪な気配はない。自分よりも上の存在には敏感なんだ、魔物ってのは。
今なら安全にスキルを試せるだろう。
「匣」
広げた掌の上に黒い立方体が浮かび上がり、それはゆっくりと回っていた。
これは……収納系のスキルか? 人間で言うなら、商人の素質を持つものが会得できるスキル『アイテムキャリア』が有名だろう。
「トリシャ、そこに倒れてるヨルムンガンドの素材を――」
取ってくれ、と言う前に反応が起こった。
倒れ伏した大蛇の死体が光に包まれたかと思うと、次の瞬間黒い箱の中に吸い込まれていく。
「え……すご……あんな大きいのをしまえるの? 豪商クラスの人たちでも無理なサイズだよ、これは」
「うん、だろうね」
しかもね、アイテムの収納系スキルには上限ってのが必ずあるんだ。デカいものほど容量を食うし、小さなものを押し込んでもやがて限界が来る。
だがこの【匣】には、それを示す数値が出ない。まるで無限に保管できると言いたげな……。
「これってすごい?」
「物凄く」
頷くトリシャ。まあ……いいや。深く考えるのは、辞めよう。歯止めが利かなくなりそうだ。
「……次のスキルを試そうか」
お次は【白鍵】というスキルだ。解説見る限りじゃ、属性複合型の魔法系攻撃スキルかな。多分ヨルムンガンドの鱗をぶち抜いたアレだろう。
威力が強そうだから弱めにして、そこの岩盤に投げてみるか……。
「【白鍵】!」
振りかぶった手に輝く光弾が生まれる。俺はそれを軽く投擲――。
ドガン! と音を立てて分厚い岩盤をぶち抜いていった。
「……は?」
「威力は、第六……ううん、第四等位だね。魔法使いで言うなら、相当の修練を積んだ人が辿り着ける強さ。魔法を操る職なら誰もが憧れる、偉大なる賢者への入り口」
開いた口が塞がらない俺を尻目に、トリシャは淡々と告げる。いや、この子もかなりテンパってるな。だって目が泳いでる。
「賢者って……俺は今まで肉体労働しかやらなかったよ?」
「知識なんて後からいくらでも学べるよ。でもスキルは生まれた時に決まる。ラウラには、その素質さえも外から覚えてしまう素質があるんだよ」
初代勇者、剣王、そして聖騎士王。歴史に名を刻んだ三人の英雄たちが持っていた能力。俺はその四番目の存在になった。
不可能も限界もないんじゃないかって思えてくる。つまりは、この迷宮を踏破する事さえ――。
そこまで考え、首を振る。迷宮を甘く見るな。そもそも全ての始まりは、俺が一度死んだからだ。二度目もある保証はどこにもない。ここは人の夢と野望を無数に喰らってきた魔界なのだから。
今はとにかく、この新しい力を掌握することだ。
「最後はこれか……【大賢錬成】。多分、錬金術のスキルだな」
素材と素材、あるいはアイテムと素材、アイテムとアイテム。無数の法則と組み合わせを駆使し、画期的な新作を開発する。それが錬金術師だ。
言葉にすると簡単そうに聞こえるが、実際は苦難の連続と聞く。億の失敗を経て一の成功にこぎつける……気の遠くなるような職業だ。
どうせ俺は一発で成功すんだろうけどさ。もう何が起きても驚かないぞ。
「単純なものを作ろう。ポーションで良いか」
錬金術の基礎中の基礎、ポーション作り。しかし故に本人の実力が最も如実に表れるアイテムの一つ、と言っていい。このスキルのイカれ具合を確かめるにも丁度いいだろう。
素材はただの水と、荒地でも根を張って育つ薬草『チャヨモギ』。効能は活力の回復、傷の自然治癒効果の向上など。ただし漢方の類なのですこぶる苦い。一週間は苦味の後味が残ると言われ、冒険者からも敬遠されがちだ。
俺は水と採取したチャヨモギを両手に持つ。あとはスキルを発動させ――。
「ん?」
隠し味……? なんだそれは。
どうもポーションに更に素材を加えられるらしい。既にレシピとして完成例が示されてるものに、余計なのを追加すると大体失敗するだけなのだが……スキルが聞いてくるのだから、やれるんだろう。
「トリシャ、なんかある? 調味料的なの」
「んー、これはどう?」
彼女が差し出したのは二層で入手できる植物『ホワイトビーンズ』と、甘味用として持ってきていた『クリーム』。
俺はそれらも手に持って改めてスキルを発動させた。
「……できた」
素材が消え失せ、水で満たされていた小瓶は白色の液体に変わっていた。
「色が違う……」
ポーションの色はドブ水とまで言われるのだが、完成したのは綺麗な乳白色の薬液だ。しかも熟れた果実みたいな甘い匂いまでする。
「鑑定してみるか」
小瓶に視線を合わせ、じっと見つめると半透明のボードが浮かんでくる。
【マトックポーション】
甘みが加わり、マイルドになったポーション。遥か昔には普遍的に流通し、市民の間で嗜まれていた。
……なるほど。冒険者からのクソ不味いというクレームに晒され、何年も錬金術師たちが改良に挑み、悉く失敗しているポーションの味を俺は一瞬で変えてしまったのか。
しかもさりげなく失われた味を再現してるし……。
「………」
「ラウラ……何というか、凄いね」
「うん……」
商人、賢者、錬金術師。俺はたった三つのスキルで三つの職を得てしまったわけだ。
今更ながらラーニングの破格さ、魔物のスキルの強大さを再認識した……。