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6 特殊個体



 今日はソウジの依頼を果たすため地下三階の探索を重点的に行うことにした。


「ねえ、ラウラ。昨日のソウジさんたちが見せてくれた魔物……あれ、マルタが探してた奴……だよね」


 目的地へ向かう道中、杖に明かりを灯したトリシャが話しかけてくる。


「ああ。何だか、嫌な感じだ」


 見えない存在が忍び寄るが、あと一歩のところで手を出さずにこちらを窺っている……そんな漠然とした予感が胸中に広がっていく。


「もう一度マルタに会えると良いけどな」


 ノイスガルドは巨大な迷宮都市だ。訪れるのはドレン帝国人だけじゃなく、ライトリム王国、東の連合国家、南の大平原、小さな国……果てには隠遁で有名なラコー島の竜人ドラクニアまでやってくる。正にこの世界の縮図と言える街並みだろう。


 そんな中で名前しか分からない人を探すのは、砂漠で砂金を識別しようとするのと同じくらい無謀だ。高名な占い師に金を払えばできなくもないが、連中とは関わりたくもない。


 ギルドでも人探しの依頼は受け付けてるが、それは緊急性のあるものだけに限られる。つまるところ、ただのお尋ねなら自力で何とかしろってこと。これを薄情と捉えるか、自分の問題と捉えるかは人それぞれ。


「何でだろう、ヨルムンガンドの気配が全くない」


 周囲を警戒するトリシャが立ち止まる。俺も四方に注意を送るが、昨日とは打って変わりヨルムンガンドの動きを感じられなくなっていた。気づけないんじゃない、周りにいないんだ……。


「巣穴を変えたのかね……」


 あれだけの群れが移動したとなれば、十中八九変化が起きてるぞ。そりゃもう、ウンザリするくらい悪い意味で。今回はどんな障害が行く手に在るのやら……冒険者の常だ。


 故にいつも以上に一歩一歩、慎重に歩いていく。辺りが静寂だと小さな足音でも幾重にも反響し、大勢が背後からついてくるような錯覚さえ感じる。


 そんな状況が数十分は続いただろうか。

 不意にトリシャが俺の手を引く。


「ん、どうした?」

「……アレ」


 指差す先に光が当てられる。


「お……」


 岩肌にベッタリとこびり付く鮮血。色やその濃さからして魔物じゃない……人間だ。


「まだ新しい……でも近くに死体はない」


 妙だ。迷宮の土に還るにはまだ早すぎる。俺は剣と盾を握り締め、全方位に意識を張り巡らす。


「……!」


 その時、突然トリシャは杖の明かりを消した。


「――!」


 驚くが、俺もすぐに理解する。岩陰の向こうからぼんやりとした明かりが近づいてくる。

 他の冒険者ではない。突如として膨れ上がったこの殺気が、人間ではないと物語っていた。


「隠れて!」


 俺たちは慌てて傍の大岩の窪みに飛び込む。そっと顔の上半分だけを覗かせると……。

 あいつだ――ギルドで教えてもらったスペクターの特殊個体。


 ぼんやりとした幽鬼のような光の中で浮かび上がるあの翼、間違いない。俺は気づかれないようにクリスコアを起動させ、息を殺してその魔物を観察する。

 心拍数と呼吸が比例して荒くなってきた。大丈夫……近づかなければ、襲ってこない。


「何を、してるのかな」


 細長い手に何かを持っている。何だ? 暗くて良く見えない。

 出し抜けにソイツは両手を振り回した。ブン、と勢いづけて何かを投げ飛ばす。


「っ!」


 それは手足をだらんと垂らした冒険者と、両腕を失ったマミーだった。

 助けに行くべきか迷うが、トリシャは首を横に振る。


「……ダメ。もう、死んでる」


 首を飛ばされ、胸に大きな穴が開けられても生存できる人間はいない。


「く――っ」


 俺は岩に爪を立てる。アイツ……死体を弄んでるのか。マミーの方は辛うじて生きてるようで、のろのろと起き上がると果敢にもその魔物へ襲い掛かった。

 しかし――。


「!」


 特殊個体は大きく振りかぶり、右手から何かを投擲する。白く輝く光弾が物凄いスピードで投げつけられ、マミーの腹を撃ち抜いた。それでもなお威力は衰えず、背後の分厚い岩々を次々と貫いていく。


「なんつー破壊力だよ……」


 並の防具なんて役に立たないなこりゃ。俺の盾で食い止められるかどうか……もしかしてあの冒険者も今のにやられたのか?

 血と体液をまき散らして崩れ落ちるマミーにはそれ以上、目もくれず魔物は動きを止めた。

 今度は何をするのかと観察していると、ゆっくりと手を虚空へと伸ばし始める。


「手が、消えた?」


 枝分かれした指先が空中に溶け込む。数秒、動きを止めていたが次に特殊個体はゆっくりと手を引いていく。再び指先が出てくるが、何も持っていなかったはずの掌に何かを握っていた。


「うぁ……」


 トリシャが短く呻く。握っていたのは人の生首だった。取り出したそれを造作もなく投げ捨て、再びふわふわと漂い始める。何なんだこいつ。行動パターンがまるで読めない。


 俺たちも暫く待ってみるが、今度は完全に静止していた。ピクリともしない。


「……そろそろ離れよう。動きそうにないし」


 ちゃんと映像も記録できた。奴が未知の魔物である以上の長居は危険だと思う。


「そうだね」


 トリシャも賛成してくれる。音を立てないようにそっと移動しようしたその時だった。


「ヨ、ヨルムン……ガンド……」


 震えるトリシャの声。

 分かってるよ。意識を特殊個体に向けすぎた。気を付けてたって奇襲を食らわしてくる蛇だ、気を抜いたら腹の中なんて誇張でも何でもない事実だからな。

 ところがヨルムンガンドは俺たちには目もくれず、スルスルと横を通り過ぎてあの特殊個体へと近づいていく。


「おいおい、マジかよ!」


 同時に奴も動き出す。振り上げた手に光が生まれ、迷うことなく大蛇へと投擲。輝く一撃が、生半可な剣や魔法なら容易に弾き返す鱗をぶち抜いていく。

 対するヨルムンガンドもその双眸を明滅させ、スキルを解き放った。灼熱の爆撃が地下迷宮を激しく揺るがす。


「うわっ!?」

「わわわ!」


 とんでもねぇ、こんなの人知の及ぶ戦いじゃねぇぞ! よく勝てたもんだとつくづく思うね!


「トリシャ、退却! ここはヤバい!!」


 後先も考えずに暴れるから一角で崩落が起こりつつある。俺は彼女を抱きかかえ、遁走を図る。聖騎士だって逃げる時は逃げる!


「ラ、ラウラ! 危ない!!」

「へ?」


 その声に振り返ると同時だった。

 全身を燃やされ、泣き叫んで崩れ落ちるヨルムンガンド。

 そして、猛スピードで俺に向かって突っ込んできた特殊個体。


「ちょ、おまっ!」


 視界一杯に奴の身体が広がった、と認識した刹那ガツン! という鈍い衝撃を浴びて俺はひっくり返った。





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