1 死、そして
盾役――それは、堅牢な盾と鎧でパーティの壁となるモノたちの総称。最も敵の近くで戦い、最も勇猛で、最も死に近い戦士であることは冒険者ならば誰もがご存じだろう。
仲間を守るため率先して身体を張り、挺身の念でひたすら全ての攻撃を引き受ける――派手な魔法で戦場を蹂躙する魔法使いや、身軽な動きで華麗な技を見せる剣士に比べれば、とても地味だ。
同じ危険な戦場に身を置くなら生存率が高い方を、活躍できる方を選ぶのが常と言えよう。しかし物事には適正というものがある。先天的に授かる才能――『スキル』が選択肢を大きく制限してしまうのだ。
剣士なら『剣術』や『腕力強化』。
魔法使いなら『魔術』や『炎魔法』。
そう言った才覚が必須となる。恵まれた人はその両方の特性を備えた魔法剣士になれるし、逆も然り。
酷いと何のスキルも持たない、いわゆる『役立たず』になる。そんな落ちこぼれの行く末は二つしかない。
農民として一生、実りの少ない荒地で過ごすか、盾役として危険を請け負うか――だ。
俺は後者を選んだ。一度しかない人生を未来のない農民で終わりたくなかった。かつて偉業を成し遂げた伝説の聖騎士王を目指し、一か八かでこの迷宮都市にやってきた。
――だが、やはり無謀だったかもしれない。
盾役は使い潰される底辺職だ。パーティをたらい回しにされ、いざとなれば殿を押しつけられるって話も聞いた。
冒険者になる時に告げられた忠告は事実だったな、と今更のように思い返す。
「……クソ」
だらり、と脱力して俺は仰向けに転がる。周りには魔物の死体の山。何とか全員片付けたものの、腹に受けた傷は深すぎた。いくら防御力を自慢にする盾役でも単騎で二十匹近い魔物に取り囲まれたら、死を覚悟するしかない。
……こうなったのも全て、俺を置いて逃げ出したパーティの奴らのせいだが。
「あいつら、帰ったら覚えてろよ」
自分で言っておいて思わず自嘲する。帰ったら? どうやってだ。腹にどでかい風穴開けてる奴が帰れるわけがない。俺はここで。
死んだら、どうなる?
呆気なさすぎる。こんな簡単に死んでいいのか? こんな最期が俺の人生なのか?
違うだろ。俺は、俺は――。
「まだ死ぬには早いよなぁ……ッ!」
折れ掛けた心を鼓舞し、剣を杖代わりに立ち上がる。傷口から血がボトボトと流れ落ちる。手足などの末端部から熱が奪われていく。視界がどんどん狭まる。死の気配が刻一刻と色濃く染まる。
それでも俺は歩いた。足が動く限り進み続ける。生きて帰ること、それだけを糧にして――。
だが、限界はアッサリ訪れてしまった。意志に反し、俺の肉体は再び倒れる。もう起き上がれるだけの体力もない。身体中がゾッとするほど冷たく、二度と覚めることのない眠りへと誘う睡魔が襲い掛かった。
嫌だ……死にたくない……。
意識が遠のく。五感が鈍り、何もかもが曖昧で他人事のように感じてくる。
「……何もかも、下らねぇ……」
そうして、俺は死んだ。
――条件を満たしました。ラーニング能力を解放します。
――健康状態及び心身の異常を検知。生命反応なし、肉体の蘇生不能。非常手段として身体を再構成します……成功を確認。以上でリザルトを終了します。
今際の幻聴か。抑揚のない平坦な声が、俺の脳内に響いた。