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4 リボンの聖騎士


 今日も俺たちは迷宮へと足を運ぶ。大地に空いた穴の底を目指し、その果てに在るものを暴くために。

 第二階層、地下三階。ラーニングとトリシャの魔法スキルで俺たちは着実に攻略を進めていた。ギルの新装備の調子も抜群だ。マミーやカースカッパーはもはや素材剥ぎの対象でしかなく、スキルすら持たない雑魚は俺たちと出くわすだけで遁走していった。


 だがそう順調に行くものではない。死亡率は一層の倍を行く第二層……そう、奴の住処なのだから。


「……行ったか」


 俺は物陰から、その巨体からは想像できないほど静かに移動していく奴を見送る。

 ――大蛇ヨルムンガンド。第二層の接触禁止種にして、一層で俺らと死闘を繰り広げたばかりのあいつだ。


 無論トリシャの仲間を奪った奴は倒したし、あの異様なまでのしぶとさを持つ個体ではないだろう。

 しかしそれでも強敵であることに変わりはなく、不必要な戦闘は避けるべきだ。


「何だってあんな静かに移動できるんだ? しかも体色が黒いから、見分けがつかないな……」


 普通、光が差さない世界の生き物は総じて真っ白な肌を持つアルビノ種になる。視力も不要になり、音に敏感になるのだ。事実、二層に生息する魔物の中にもそう言うのがいる。

 だが奴は真っ黒で、蛇とは思えないほど目も良い。背を向けた奴から襲い掛かる狡猾さも兼ね備える。

 まるで人を狩るためだけに進化したような存在だ。視認性が最悪な漆黒の鱗と、俊敏で静粛な動き。高い知能。総じて殺意が高いこの迷宮でも、群を抜いた凶悪さと言える。


「こういう時、盗賊やシノビみたいな隠密に長けた仲間がいると心強いんだけどね」


 トリシャも岩陰から遠ざかるヨルムンガンドを見、小さく呟く。


「ないものを欲してもしょうがないよ。それにトリシャの魔法で音が消せるだけでもありがたい」


 ようやく奴の姿が見えなくなり、それでも十分用心してから俺たちは探索を再開した。

 これで四度目である。どうやら三階は連中の住処らしいな?


「前来た時はこんなに沢山いなかったんだけどな……行動パターンが変わった?」


 顎に手を当て、考え込むトリシャ。二層に到達した経験のある彼女だが、訪れない間に随分勝手が変わったらしい。先の不死身のヨルムンガンドと言い、何か不穏な気配が漂っている。

 未踏の迷宮だから何でもアリ、と言えばそれまでだが。


「今回はこの辺で切り上げるか? 出くわす回数が多すぎるし、素材の取れ高はこんなもんで良いよ。一種類だけだけどスキルも獲れた」


 今回、獲ったスキルは【コロシッブ・ミィル】。腐食性の液を噴霧し、相手の堅牢さを奪うスキルだ。人間にも硬さを減衰させる魔法やスキルはあるが、威力はこちらの方が上になる。

 マミーよりも腐敗が進行した魔物『レヴナント』が扱うスキルである。


「そうだね。ヨルムンガンドの動きが読めないし、この辺で引き揚げた方がいいかも」


 引く時は引くのも生き残る術だ。欲も必要だが出し過ぎれば即、死へと繋がる。そうしてこの迷宮は幾多の冒険者を養分にしてきたのだから。




 早めに引き上げたせいか、地上に戻ると日はまだ高い位置にあった。冷え切った地下迷宮から、初夏の気配が濃くなってきた上に戻ると少し暑苦しいな。

 俺は防寒具をさっさと外し、いつものように乱雑に髪の毛をポニーテールに束ねる。その様子を何故かトリシャはじっと見つめていたが……不意に。


「ねえ、ラウラ。それ、ただのゴムだよね? 髪の毛が絡むよ」

「え? まあ、確かにな」


 毎度解く時に何本か巻き込んで抜けるが仕方ない。まさか女物のリボンなんて持ってるわけないし。


「……ちょっとギルさんのところに行こうか。素材も売りに行くでしょ?」

「ん、そうだけど……トリシャ?」


 何だ。何かいつもと雰囲気が違うぞ。よく分からんが、そのままサッサとギルの店の方へ行ってしまうので理由を尋ねるタイミングを逃した。



「いらっしゃい。今日は早く戻ったんだな」

「ああ、流石に二層は一層と同じ感覚で進むのは危険だしな」


 ギルの店に入ると何となく一日の終わりを感じる。無事に探索を終わらせ、今日の稼ぎを精算する場所だからだろうか。


「とは言えヨルムンガンド以外はもう余裕だろ? 大したもんだな」

「いや、スキルとトリシャのお蔭だよ。一人じゃここまで来れなかった……だからこそ魔物と戦って肉体の鍛錬も積んでいきたい」

「やれやれ、変わんねぇなそこだけはよ。ほら今日の稼ぎだ」


 集めた素材とお金が入った巾着袋を交換する。これであとは自由時間。娯楽には困らないノイスガルドの街をぶらつき、明日の探索に備えて英気を養う――のだが。


「ギルさん!」


 先程まで無言だったトリシャが、懐から素材を取り出して手渡す。


「探索中に見つけた魔法の布と糸です。それでラウラのリボンを作ってください!」

「……は?」


 何がツボに入ったのか、ひとしきりドワーフらしい豪快な声で大笑いしてから目尻に滲んだ涙を拭う。


「なるほどな? 粗雑なゴムで髪の毛を結ぶコイツのために、ちゃんとしたリボンを作ってほしいと……随分気に入られてるじゃないか、ラウラ」

「俺は男だぞ。リボンなんかつけられるかッ!」


 姿は確かに女だ。それは認めよう。だが心の中まで女になったつもりはない!


「そうだよね……余計なお世話だったよね。ゴメンねラウラ……」

「あ、いやトリシャの好意を余計とか言う訳じゃなくて、つまるところだね、えっと……」


 シュンとするトリシャに凄まじいまでの罪悪感がのしかかる。気持ちは嬉しいんだ。嬉しいんだけど、その方向を少し変えてくれるともっと嬉しいんだ。


「じゃあつけてくれる?」

「う……」

「諦めろや。男なら引き際も肝心だろう?」

「アンタ、都合がいい時だけ男扱いすんなよ」


 もうダメだ断れない。トリシャの目を見たら拒否できないし、ギルの奴は喜々として作り始めてるし。

 何でこうなるんだろうね? 生臭神父に新ネタを提供しないでほしい。イジられるのはいつも俺だ。


「完成したぞ」


 よりにもよってピンク色! この野郎、染料で染めやがったな。素材の布の色は黒だったろうが。注文にないことをするんじゃないよ。


「『促進のリボン』だ。中々レアな素材を見つけてきたな」

「効果は?」

「つけてりゃ分かる」


 はいはい分かったよつけるよつけますよ。観念して白髪を手で纏め、リボンを取り付ける。リボンの騎士ってか? 

うん、見た目は最高だよ。中身が俺じゃなかったら良いのに。


「似合ってるよ、ラウラ!」

「アリガト……」


 率直に喜べない微妙な気分だ。とにかくあの生臭神父にだけは見つかりたくない。


「おう、忘れるところだった。ギルドマスターがお前たちに会いたいってよ。この前のヨルムンガンドの件についてな」

「ギルドマスターが?」


 ギルドは主に冒険者の管理や依頼の斡旋、犯罪行為などの取り締まりを行う機関だ。俺も依頼探しで何度か利用することもあった。ギルドマスターってのは、まあ文字通りそこの一番エラい人。言わずもがな会ったことは無い。


「何か分かったんかな」

「どうだか。俺もあれ以降、話は聞かねぇ。そもそも冒険者の噂にすらなってねぇぜ。あんだけのバケモンがお前らと死闘を繰り広げたのによ。……意図的に情報封鎖してるぜ、いけ好かねぇ」


 ギルは顔を顰めて毒づく。言われてみりゃ、どんな堅物でも口が軽くなる酒場や毎日発行される冒険日報にもあのヨルムンガンドの話題は上がらなかった。

 こりゃ不自然だな。


「ま、行って洗いざらい吐かせて来い。場合によっちゃその情報、高値で買うからよ」

「ブレないな……そんじゃまた来るよ」


 俺は苦笑し、店から出た。



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