14 新たな一歩
教会で養生してから一週間ほど過ぎた。今日も空模様は曇天で、朝から雨が降りしきっている。この時期は雨が降りやすい。
お蔭で蒸し暑く、粘っこい湿気に毎年ウンザリする。保存食にカビは生えるし、洗濯物は乾かないし……。
「あー、退屈だ」
散歩もできないので、俺は手持無沙汰にメモリーコアを開く。
ラウラ・ヘルブスト
はぐれ騎士
状態:良好
スキル
・ラーニング
・チャージ
・エアライド
・ガンマ
・アカンサスサイス
・パラライザー
・大斬
・麻痺耐性
・肥え太る遺骸
あれだけの死闘で覚えられたスキルが二つしかないのは、少し釈然としない。でも強力な効果があるから足し引きゼロって所だろう。
【ガンマ】は強烈な炎属性のスキル、【パラライザー】はトリシャたちを苦しめた広範囲の麻痺攻撃だ。第二層は炎属性や光属性に弱い魔物が多く出没し、状態異常も決めやすい。トリシャとパーティを組んだ今、挑めるだけの戦力は十分ある。
「早く迷宮行きたいなー」
メモリーコアを閉じて放り出す。ベッドに寝ころび、水滴の伝う窓をぼんやりと眺める。
俺の怪我は割と深刻だったっぽいけど、ハリーの回復魔法やトリシャの介護の甲斐あって順調に良くなっていた。二、三日中には復帰できるだろう。
そのトリシャとハリーだが、今は別室で魔法の練習に取り組んでいた。トリシャは攻撃魔法のスキルだけでなく、回復魔法や補助系の魔法も扱えるらしい。
ただ殆ど使っていなかったので第十三等位の魔法も扱えるかどうか怪しいようだ。
『頑張って覚えるからね。そしたらラウラが怪我してもすぐ治せるから!』
と言って張り切っていた。
メチャクチャ可愛いなぁ、トリシャ。外見が男のままだったら間違いなく告白してた。
「……何一人でニヤニヤしてるんでぇ?」
「わああああ!?」
ギル……いつの間に!
「ノ、ノックくらいしろよ!」
「したわ。十回以上」
全然気づかなかった……。
「そ、それで今日はどうしたんだ?」
「ああ。この前お前さんがぶちのめしたヨルムンガンドの素材を使ってな、新しい武器を作ってみたんだ……どっこいしょっと。ああ、スキルで強化してても腰に来る重さだぜ」
ギルは白い布が巻かれた武器を床に置く。ドスン、と重々しい音と共に床が悲鳴を上げる。
「でも確か死体は調査のためにギルドが引き取ったよな?」
何度倒しても死ななかった謎の個体。魔物に詳しい専門家たちが研究のため、施設に運んだとハリーから聞かされていた。
「フン、それが結局分からずじまいよ。あれこれ調べたらしいが身体の構造や器官は通常のヨルムンガンドと同じだ。だからもういらねぇってんで、突っ返してきやがった」
変わったところは何もなかったのか。
絶対、何かしらの変異があると思ったのに。
「ま、そんなわけだ。触ってみな」
俺は柄を握って持ち上げる。布がずれ落ち、その剣は姿を露にした。
「蛇剣ヴェルトバイパーだ。ヨルムンガンドの毒牙と鋼よりも堅い骨を使って鍛え上げた。刀身の内部には伸縮自在の皮を利用したワイヤーが仕込まれている。振るうと刀身が鞭のようにしなり、敵を打ち据える」
俺は軽く振ってみる。身の丈よりも長く、分厚い剣なのに重さを感じない。手にもよく馴染む。間違いなく名剣だ。
「すごい……」
ギルの造る作品はどれも一級品だが、これは群を抜いていた。
「お前さん、前々から思ってたが筋力どうなってんだぁ? そんな重たい剣を片手で……オーク=ハイ並みの怪力だな……あとルーンアーマーも少し改造しておいたぞ。お前らが集めた執念の魂を使ってな」
「失礼な。努力の賜物だぞ。代金は……」
「かっ、今回はいらねぇよそんなもん」
「でも」
「でももヘチマもねぇよ」
俺の言葉を遮るようにギルは言う。
「前にも言ったろ? 俺はお前さんに期待してんのよ。金はもう十分稼いだ。欲しいのはそんなんじゃねぇ。まだ見ぬ未知の素材だ。これだけの冒険者が雁首揃えてんのに、未だに解明された階層はたったの三階層だけ、しかもその三層すら辿り着ける奴は一握りしかいねぇ」
迷宮の登竜門となる一層でも毎日のように死亡者は出る。二層はその倍。三層ともなれば歴戦の冒険者しか生き残れない。
「たった二人だけでヨルムンガンドを倒したお前さんらなら、誰も知らない四階層への道を切り開き、そこに眠る素材を持ち帰ってくれる。そう信じてんだ。そのためなら何だってしてやるさね」
ギルは真っ直ぐな瞳で俺を見据える。
「……ありがとう」
「礼は第四階層を見つけてからいってくれや」
「ああ。絶対に辿り着いてみせるよ」
さらに数日後。ようやく怪我が完治し、ハリーから迷宮に潜る許可が出た。
「怪我はするな、とは言わんが自分の身体は厭えよ」
「分かってる」
これでも健康には気を使ってるんだぜ。
「ラウラ! お待たせ」
荷物を整えたトリシャもやってくる。彼女も黒コート以外はギルが造った装備に新調していた。
ヨルムンガンドの骨を骨子にした『大地の杖ミドガルズオルム』、頑丈な蛇革を鞣して作られた『世界蛇のガントレット』と『世界蛇のブーツ』、そして執念の魂を研磨した指輪『スモーキークォーツ』と、中々のレベルの装備品だ。
「お面、つけなくていいのか?」
ずっとつけていたお面は顔の横にずらされている。
「うん。ラウラと一緒なら怖くないし、前に進みたいんだ」
太陽のように明るい笑みを浮かべるトリシャ。
……変わろうとしているのは俺だけじゃないんだな。
「そっか、なら出発だ」
「あ、ラウラ……その、手、繋いでもいい、かな?」
「え?」
振り返ると少し顔を赤らめながら俺を見つめている。
「そ、そうだな。――はい」
俺は差し出された彼女の手を優しく包む。彼女もまたそっと握り返してくれた。
「フフ、恥じらう幼女はいいものだな」
「少しは空気読んで黙れないのかお前は」
ニヘラァ、とハリーは相好を崩す。キモい。
「……まったく。トリシャ、行こうか」
「うん」
次に目指すは迷宮の第二層。一層よりも遥かに危険な場所だ。でもトリシャと一緒ならきっと進んでいける。
「気をつけてな。行ってらっしゃい」
雨上がりの青空の下、俺たちは踏み出す。
新しい一歩を。
「――行ってきます!!」