表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/50

12 想い重ねて

 再び蛇の突進が盾に炸裂する。消しきれない威力と重量が全身の骨を軋ませる。


「くっ」


 血の唾を吐き、俺は挑発するように剣で盾を叩く。【肥え太る遺骸】の回復は継続して行われているが、ダメージ量に負けている。遠からず押し切られるだろう。


「受けてるだけじゃ、ダメだ……!」


 何度目になるかも分からない驀進を、今度は盾の角度を変えて上手く力を分散させる。

 右腕の感覚はもうほとんどない。

 あと何分だ? クソ、頑丈さだけが取り柄だろ! 多少の無茶くらい耐えてくれ!


「ラウラ!!」


 トリシャの悲鳴でハッとする。素早く身体を引いたヨルムンガンドの両目が爛々と輝いた。


「――ッ!!」


 ダメだ。間に合わない。

 ならば。


「【ガンマ】ァアアッ!!」


 俺も手を翳し、叫ぶ。灼熱の爆撃が叩きつけられ、互いに身を焼かれていく。


「【エア、ライド】ッッ!!」


 視界を埋め尽くす紅い炎を振り払い、全力で地面を踏み抜いて跳躍。

 それなりの高さを稼ぐものの勢いはすぐに減速し、重力に引かれていく。


「喰らえェッ!!」


 体重、装備の重量、速度、重力、スキル。考えられる限りの力をかき集め、更に加速させる。

 極限まで研ぎ澄まされた鉄の切っ先が、かつてトリシャにつけられた額の古傷を深々と抉っていった。


「がっぁああああああっ!」


 激しい痛みに暴れ始めるヨルムンガンド。不安定な足場では踏ん張ることもできず、俺は剣を手放してしまい、勢いよく振り落とされる。


「くぅ!」


 何とか受け身を取り、草地をゴロゴロと転がる。下が柔らかい土で良かった。剣を失くしたのは痛手だが、盾さえあれば何とかなる。

 俺はまたしても突っ込もうと身を屈めるヨルムンガンドに、盾を向けた。





「ラウラ……ラウラ!!」


 刻一刻と彼女の身体は傷ついていく。ボクは動けない自分の情けなさと不甲斐なさに怒りを感じていた。

 このままじゃ本当にラウラが死んじゃう。また大切な人を――!


「うご、いてぇ!!」


 びりびりと痺れる腕に命令しても、その遺志に反して動こうともしない。

 どうすればいいの? どうすれば助けられるの? 考えなきゃいけないのに、焦りばかりが募っていく。


「ぐあっ!」


 ラウラがヨルムンガンドの体当たりに跳ね飛ばされる。

 背中から地面に落下し、何度もせき込んで吐血した。


「ラウラ!! もう逃げて!」


 ボクは我慢できずに叫ぶ。このまま君を失いたくない! 元々ボクは死ぬはずだったんだ。なのにあの時も、みんなが……!


「―――」


 血まみれの顔でラウラがボクに振り返った。

 猛烈な痛みに襲われてるはずなのに、ピースサインを見せて笑ってくれた。

 そして両足で踏ん張り、また盾を構える。


「ラウラ……」


 まだ、ラウラは諦めていない。

 最後まで戦うつもりだ。


 なら……ならボクも諦めちゃダメだ。ラウラの想いを無駄にしないためにも。

 考えて、考えるんだ。


 どうすればあいつを倒せる? あの時も今も致命傷を与えても蘇ってきた。倒すには蘇生できないくらいのダメージを与えないとダメなんだ。


「外からの攻撃がダメなら、内側から……」


 ボクはヨルムンガンドの額を観察する。ラウラが突き刺した剣、あそこに雷属性の魔法をぶつければ雷撃が体内まで感電するはず。

 後はこの麻痺さえ解ければ――!


「――あれは」


 視界の端にそれが映る。木に叩き付けられ、うつ伏せに倒れるボウマン。その人が腰につけていた袋から薬の瓶が散らばっていた。

 麻痺を治す薬も――ある!


「く、痛っ!」


 距離は数メートルほど。ボクは無理やり動こうとしてバランスを崩してしまう。起き上がる時間も惜しいので、そのまま虫のように這いずりながら進んでいく。


「あとちょっと……!」


 少しずつ狭まる距離。

 だが目前まで来た時、ボクの上に影が落ちた。


「――そんな」


 血の気が引いていく。ヨルムンガンドがボクを見下ろしていた。口が開かれ、真っ赤な舌と牙が露になる。


「っ、嫌……!」


 早く、早く、薬を!


「シャァ!」


 だけど、ボクが目を逸らした刹那、ヨルムンガンドは俊敏な動作で襲い掛かってきた。

 思わず目を閉じそうになり――


「テメェの相手はぁ、俺だろうがァ!!」


 大蛇の頭部にラウラの飛び蹴りが直撃する。


「ラウラ!」

「俺のことは気にするな! やるべきことをやれ!」


 ボクは頷く。

 薬は目の前だ。最後の力を振りぼって手を伸ばして――掴み取る!


「今、行くから!!」


 蓋を開け、苦い薬液を一気に嚥下した。




「……く」


 ごぽ、と口から血の泡を拭く。折れた骨が内臓に刺さったかもな。 

 次の突進は多分防げない。残された手段は俺の身体そのものを盾として使い抑え込み、燃え尽きるまで【ガンマ】をぶつける。


 ……また死ぬだろうな。


 ……死ぬ? ふざけんなって。約束したろうが。トリシャを悲しませんなよ。


 俺だって死ぬのは嫌だろ。自分の命を護れない奴が、誰かを、大切な人を護れるわけがない。

 だから……やるしかない。命を使ってでも奴を食い止め……命を使ってでも耐え抜くんだ。


 コイツは今ここでぶっ殺す。約束を守る。生きてトリシャを守り抜く! とても簡単な事だ!!


「ガァアアアアアアアアアアア!!」

「来やがれ、糞蛇がァッ!!」


 大蛇の猛然たる突進。死しか見えないその光景に、滲み出る恐怖を噛み殺して俺は四肢を踏ん張る。

 振り上げた盾に奴の頭蓋が直撃した。限界まで酷使した骨が悲鳴を逢上げてへし折れていく。筋肉が千切れ、神経がすり潰される。


 五感の全てが痛覚に包み込まれ、もはや痛みが何なのかさえ分からなくなってきた。

 どうしてこんなバカげたコトをやっているのだろう。さっさと倒れてしまえば良いのに。


 痛いのなんて大嫌いだ。

 苦しいのも辛いのも嫌だ。

 キツイよな、辛いよな、下らないよな。


 でも、今のお前の壊れかけた頭の中にあるのは何だ?

 忘れられない想いは何だ?

 倒れたいのに倒れたくない理由は、何だ?


 ――ト、リ、シャ。


 そうだ、護り抜け。


「【ガンマ】ァァァァアアアアアアアアアアッッ!!」


 俺は身を厭わない至近距離から、ありったけの力を振り絞ってスキルをブチ込んだ。

 渦巻く爆炎が奴もろとも俺を焼き尽くそうと燃え盛ろうと、奴が俺を押し潰すべく更に力を強めようと。

 そんなんで、俺を、聖騎士を倒せると思うな!!


「ラウラァア―――――ッ!!」


 杖を構えたトリシャが目に映る。


「待ってたぜ――さあ、ブチかませぇっ!!」


 ヨルムンガンドの頭上に黄色に光る魔法陣が幾重にも重なり、描かれる。


「これが、今のボクが使える最強最大の魔法だッ! 今度こそ、今度こそお前を倒してみせる!! 【怒り、猛り、吼え狂え! その憤怒を体現せよ、爆雷の鉄槌! 雷霆万鈞(トールハンマー)】ァッ!!」


 青白い稲光が魔法陣の中心に収束した。雷鳴が大音量で鳴り響き、凄絶な閃光と共に一条の稲妻を落とす。

 雷撃は寸分も違わずに俺が突き刺した剣へと落雷し、瞬く間にヨルムンガンドの巨体を蹂躙した。


 外側から皮膚を焼かれ、内側から骨肉を破壊されれば、いかに不死身でも耐え切れない。ヨルムンガンドは最後に大きく泣き叫び、動きを止める。

 そしてズゥン、と地響きを立てながら倒れ、二度と起き上がることはなかった。


「……勝っ、た――」


 俺もまた、意識を手放す。トリシャの声を聴きながら、深い眠りへと落ちていった。






 〝目〟を通じて視ていた彼らは矢継ぎ早に言葉を交わし合う。

 周囲は薄暗く、ぼんやりとした光源がどこかにあるだけだ。


「まあいい。諸君、今は研究を続けよう」


 早口の論争を、一人の男の声が遮った。

 男は闇を見つめる。

 底知れぬ暗黒の中で蠢く者たちを。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ