10 大蛇ヨルムンガンド
太陽が一番高くなる時間帯が近づく。持ってきた袋は予備も含めてもう満杯だ。倒した数はゆうに百体を超えたんじゃないだろうか?
「大量だね」
「これだけ集まれば十分だな。そろそろ時間だし、切り上げよう」
俺は袋を担ぎ上げる。いつもの戦果以上に重いが、この程度鍛えたパワーがあれば余裕だ。
「ラウラ力持ち……すごい」
「こんなの余裕だよ」
馬鹿でかい剣と盾を持ち歩き、いつも分厚い防具一式を身に着けてるんだ。フル装備で川を泳ぐことだってできる。それに比べりゃ朝飯前だね。
軽快な気持ちと足取りで入り口付近に戻ると、アホトリオが待ちかねていた。
「遅かったな。逃げ出したのかと思ったぜ?」
「そっちこそ」
憎まれ口を叩き合い、俺は荷物を下ろす。
「何を狩ってきたんだ? せいぜいゴブリンくらいだろ? 俺たちは違うぜ!」
金髪が自分たちの荷物を広げた。ゴブリンの素材の他、ストレイ・ハウンドの戦利品が混ざっている。驚いたのは暴れカマキリの部位もあったことだが、それ以外では概ね予想通りだな。
他の高レベルの冒険者から素材を買い付けるなどの、卑怯な手段を使うかと思ったが杞憂に終わったな。そんなことしてもすぐに分かるけどさ。調べる方法はいくらでもある。
「じゃあこっちの番だな」
俺は袋の口を開ける。
「……は?」
溢れ出した執念の魂を目撃した三人は、面白いように唖然として固まってしまった。
「ふざけんな……!」
金髪が痙攣する指を差してくる。動揺と混乱に挟まれながらも何とか言葉を絞り出そうとしていた。
「ふざけんなぁああああ!! 何でテメェらガキが、一層の禁止種を狩れる!? あり得ねぇ!! きたねぇ手使ったんだ! そうに決まってる!」
だみ声で喚き散らし、癇癪を起こす。
「だったらギルドに持っていて全部、鑑定してもらうか? 俺は一向にかまわないぞ」
「ナメやがって、このガキ! もういい、遊びは終わりだ! ここで裸にひんむいてやる!」
金髪と同じようにいきり立ったデブが、ナイフを抜いて迫ってきた。
やれやれ、結局こうなるのか……俺は荷物を下ろし、指の骨を鳴らす。
「テメェこそそのだらしない贅肉を余さず、周りの奴に見てもらえ。街灯から吊るしてやるからよ。遠慮すんな、下着くらいは慈悲で残しておいてやる」
死なない程度に締め上げてやるかね。俺もデブに向かって一歩、踏み出そうとしたが。
「ッ! ラウラ!!」
トリシャの声で意識を変える。
背を撫でる悪寒――凄まじいまでの殺気に、俺は反射的に足元を見た。
「地面が――」
まるで何かが地中から突き破ろうとするかのように細かく震え、盛り上がる。
「くっそ!」
辛うじて俺は飛び退ることに成功するが、デブの反応は遅い。
「な、え――ぎゃあああああああああ!?」
地面が揺れ、割れる。大量の土塊と土砂を巻き上げてそれは姿を現す。
「ド、ドラゴン!?」
長く太い身体が重力に抗い、高く高く昇る。有名な絵画に描かれた竜のように身をくねらせ、天へと駆け上っていく様は正に昇竜だった。
「違う! あれはドラゴンじゃない……」
だが竜の象徴ともいえる翼はどこにもない。あれは空を飛んでるのではなく、勢いだけで……?
「……第二層の、接触禁止種……」
俺たちが言葉もなくその光景に心を奪われる中、トリシャだけが呟く。
「大蛇ヨルムンガンド……!」
失速した竜もどき――ヨルムンガンドが落下してくる。太陽を隠すほどの巨大な影が頭上に差した。
冗談じゃねぇぞ!
「逃げろォオオオオオオオオオ――――!!」
スキンヘッドの絶叫。言われるまでもない。俺はトリシャを担ぎ上げ、全速力で遁走する。
数秒後、大地震のように大地が震動した。噴煙が爆発さながらの速度で広がり、辺りを覆い尽くす。
俺は鎧のマントを素早く翻し、自分とトリシャの身体を包んだ。
「トリシャ、無事か!?」
「平気、ラウラは?」
「俺も問題ない」
互いの無事を確認し合い、煙が晴れるまではジッと息を殺す。スキンヘッドたちは逃げたのか、やられたのか……物音ひとつしない。
ややあって気まぐれなそよ風が厚い粉塵のヴェールを吹き散らし、視界が戻ってくる。
「……デカすぎだろ」
露となった全貌を見やり、思わずぼやいてしまう。それくらいにヨルムンガンドは巨大だった。胴体は周りの木々よりも一回りも二回りもぶっとく、体長はどう見積もっても数十メートルは軽く超えてるんじゃないか?
全身は塗料で塗りたくったような漆黒。目だけが金色に輝き、鎌首をもたげてチロチロと先の割れた真っ赤な舌を覗かせる。
ドラゴンというよりは悪魔だなこりゃ。
「コイツだよ」
「え?」
トリシャはお面を外し、ヨルムンガンドを睨みつけている。
その瞳には強い敵意と殺意が満ち溢れていた。
「ボクの仲間たちを奪ったのは」