私の恋の行方
やばい、やばい。
なんてことだ。
世間はクリスマスシーズン。
イルミネーションに彩られた町並みに、恋人たちを賛美する歌が蔓延する。
いつから恋人たちのイベントになったのかと、毎年同じ文句を並べてはどうにもならない気持ちを発散する。
一人速足で駅に向かう。
今日は何の予定もないので、素直に家に帰る。
独り身にはコンビニのクリスマス商戦ですらうらめしい。
クリスマスは家族と過ごすものよ!
何年同じ決意をしているか。
物寂しくなり、白くなる息の行方を見上げる。
人工の光におされ、わずかに煌く星。
――ああ、神様。
ふと、脳裏にいつかの教会がひらめいた。
天使の幻影を見たあの教会。
――神頼みしかない!
クリスマスなんだからやっぱり教会だという安直な考え。
「愛といえばキューピット!」
なぜだか気分も軽やかになった気がする。
神様とキューピットが同義ではないことは、この際どうでもよかった。
教会にたどり着いたころには、少し息も上がっていた。
やはりというか、運命というか。
教会の門は開いていた。
礼拝堂の戸にも手をかける。
キィ、と観音開きの扉は軽い音を立てキョウコを迎え入れた。
祭壇に灯されたライトが、薄暗い室内を少しだけ照らしている。
キョウコは迷わず祭壇の前に跪いた。
「神様、天使様、精霊様」
普段お祈りなどしないキョウコである。
キリスト教徒の祈りの仕方などわからない。
「どうか、どうかお願いします。私に素敵な恋を与えてください」
胸の前で手を組み、何度も何度も唱えた。
「素敵な男性との出会いをください」
ゆっくりと、しっかりと。
どれくらいの時間が経っただろう。
絶えることなく祈りをささげた。
少し、寒さで膝が痛い。
「私、恋がしたいんです。身を焦がすような、素敵な恋がしたいんです」
「……恋ができればいいのですか」
静かな声だった。
ドキリ、とキョウコの身に力が入る。
教会の職員に見つかったのかと思った。
だが、その声は祭壇の前から聞こえる。
人が入ってくる足音も気配もなかった。
「……ただの恋じゃダメです。具体的な要望が必要ですか」
キョウコは顔を上げずに答えた。
ふわりと、空気が動く。
キョウコの視界に、白い衣装が見えた。
「そうですね、私はあまりこの世界の恋愛事情に詳しくないですから、できれば具体的な要望があると叶えることもできると思いますが」
男性の声。
キョウコはゆっくりと顔を上げた。
足元から腰、そして体と男の全体像が見えてくる。
柔らかそうな飴色の髪。
上等なシルクのような肌。
エメラルド色の瞳。
彫刻のような青年がそこに居た。
「あ、あなたは神様?」
「いえ。俗にいう天使ですね」
「でも、羽根がない」
「羽根?ああ、あれは力の具現のようなものですので、普段は出しません」
「あ、そうなんですか」
「そうなんです。あ、今騙されてるかもと思いませんでした?」
「……え、あ、はい、だって見た目外国人なのに日本語だし」
「正直な方ですね。我々は神が言葉を分かつ前より世界にある存在ですから、言語などなんの支障にもなりません」
「なるほど」
納得したのかしていないのか、よくわからない返事をしてしまった。
「それに外見も変えることができますよ?あなたと初めて会った時もこの姿ではありませんでしたし」
「え?」
思いもかけない言葉だった。
「前にも会った事あります?」
もしかして、と思いながらもキョウコは聞いた。
「そう、何年か前……。あなたここで恋ができなかったと嘆いていた女の子ですよね」
そういって天使はほほ笑んだ。
その日の出会いは運命だった。
キョウコは時間も忘れて理想の恋について語った。
その間、天使はずっと傍らにいて話を聞いてくれた。
例え本当に天使ではなかったとしても、キョウコには問題にならなかった。
ここまで理想の恋について人に話したことはなかったし、素直に聞いてくれる人もいなかった。
「なるほど、わかりました」
一通りの話を聞いてから、天使は頷いた。
「あなたにこれを差し上げます」
そう言って、一つの羽を差し出した。
「なにこれ」
「私の羽です。恋に効くお守りとでも思ってください」
真っ白で、柔らかな羽。
「ねぇ……。また来ても良いですか?」
羽を受け取りながら、キョウコは控えめに尋ねた。
「ええ、いいですよ。その時は私の名を呼んでください」
「名前……」
「ジヴリエル」
「ジヴリエル?って、超有名人じゃない!」
「あの大天使とは違いますよ。天使にはよくある名前です」
「へぇ、そうなんだ?」
「そうなんです」
天使ジブリエルはそっとキョウコの手に自分の羽を握らせた。
「あなたの恋、叶えます」
温かな手だった。
その日、天使はキョウコに強烈な印象を残した。