めいど・in・アキハバラ
「お前が立っているのは中央通りっていう街の中でも広い通りだ。アキハバラが栄えていた頃をできるだけ忠実に再現しているらしいぞ。乗用車が走っていたからこんなに広い通りらしいんだが、歩行者天国の日には今みたいに道路に人が集まって催し物をやってたそうだ・・・・聞いてるのか?」
言葉は耳に入っていた。けど視界に入り込む圧倒的な情報量の多さに脳の処理が追いつかなくなっていた。圏内に入ってから、いや、あの街を出てから目に映るすべてが初めてで驚かされてはいたが今日この時ほど驚いたことはなかった。
「しょうがねぇよ。圏外の人間が見たら呆気にとられるに決まってる。おい・・あー恭弥でいいか?」
自分の名前を呼ばれて初めて我に返る。振り向くと長瀬さんがそこにいた。
「とりあえず探索は明日以降にして、とりあえず休むぞ。今更だが手当も必要だ。親衛隊の本拠地まで案内するから俺たちについてこい」
アキハバラの街は電飾はもちろん建物の色まで鮮やかだった。赤や黄色、青に橙。おとぎ話に出てくるような虹の都のようだ。
中央通りを曲がり少しだけ狭い道に入ると黄色い看板が目に入った。
「ここが親衛隊の本拠地だな。中は改装しているがこれも外観は当時のままなんだぜ?」
野田さんの話を聞いている最中に頭に思い描いていたのはビルの屋上で見た瓦礫の山と青い空だった。あの日、自分が立っていた同じ地にこんなに色で溢れた場所があったのか。
「さぁ、俺たちの仲間が待ってるぞ」
鮮やかな街アキハバラの本拠地は外とは違い、実に殺風景だった。
自動で動く階段には目を見張ったが行きつく階層には何もなく、白い壁に描かれたか枠のようなドアが一つあるだけ。関係者以外立ち入り禁止の札が張られ、ドアの傍には必ず二人の人員がいる。俺たち、というか俺以外の二人が上がってくるたびに「お疲れ様です」と会釈をする。
疑ったわけではないけど確かに二人はこの町の有力者のようだ。
「殺風景で申し訳ないな」
俺より一つ上の段に立つ野田さんが話しかける。
「いえ、でもあのドアの向こうは何があるんですか?」
「あぁ階層一つ一つに大層なコンピューターがあって今まで発表されてきた作品のデータを管理しているんだ。いわばアキハバラの核みたいなもんだな」
「でももうすぐ賑やかになるさ」
にししと笑う野田さん。沙織とはまた違うがこの人も綺麗に笑う。
ビルの6階までたどり着くと確かに雰囲気が変わった。真っ白で狭い空間が少し広くなって観葉植物が置いてある。ドアの隣には椅子がいくつか用意されていて隣には手書きの看板が立てかけられている。
「メイドカフェ@秋桜・・?」
「もうそろそろ閉店だからガラガラだとは思うんだけど・・」
野田さんがドアを開けるとチリンとベルが鳴る。その音を聞いてか、ものすごい勢いで誰かが走ってきた。
「おかえりなさいませ!!ご主人様!!」
白と黒のエプロンドレスに身を包んだ赤い髪の女の子だ。短い髪も相まって随分活発そうに見える。
「おう美宙、今帰ってきたぞ」
「・・あれ、野田さんだったんですね。長瀬さんも・・・・・・・」
美宙と呼ばれた女の子は見知った顔を確認し、俺を一瞥すると固まってしまった。
「ああああ・・あああああああ!!!ちょっと長瀬さん!!それ!!ひょっとして!!他の文化圏の方をボコボコにして持って帰ってきちゃったやつですか!!!!」
ああ、そういえば今結構酷い顔なんだっけ。
「なんでまず俺を疑うんだよ!!?」
「違う。これは・・あー、とりあえず美月を呼んできてくれ。手当が必要だからさ」
「お呼びですか・・?」
名前を呼ばれるまでもなくパタパタと駆けてきたのは美宙という子と同じエプロンドレスの女の子だ。金髪だけど長瀬さんよりもっと色が濃い。長い髪が揺れるたびに移り変わる金色の濃淡はさながら黄金の川のようだ。
「あら、随分とひどく痛めつけられたんですね・・。長瀬さんこれはちょっと酷いです。軽蔑しますわ」
「だからなんで俺なんだよ!!」
「とりあえず奥で消毒しましょう。それと美宙ちゃん、元気な挨拶はいいことだけれどお店の中は走っちゃダメでしょ?さ、こちらにいらしてください」
うながされて後を付いていく美宙さんもこの美月さんも沙織と同じく小柄だけど美月さんは随分しっかりしていそうだ。歳も沙織くらいなのだろうか。
店内の奥へと向かう途中でもう一人エプロンドレスを発見した。エプロンドレスということはこの子もこの店の店員なのだろうが紅茶を啜りながらくつろいでいるように見える。というかソファに身をもたげて思い切りくつろいでいる。
淡い水色の髪の少女は眉間にしわを寄せながら俺を睨むと「ゾンビ」と一言発して紅茶を啜った。
「・・今のは?」
「気になさらないでください」
にこやかに笑う美月さん。いや、この店に入って一番気になったんですけど。
外と同様、情報量の多すぎるこの店内について考えるのはやめ、店の一番奥のソファに座り消毒液の洗礼を受ける。女の子がいる手前声を出すのはためらいたかったが痛覚がそれを許さなかった。
ぐぅぅと悶える俺に消毒液を塗り、ガーゼで頬を覆い、切れた目の上を縫う彼女は真剣そのものだった。だからなるべく体を動かさないようにして彼女の姿勢に応える。
「男の子だからって無理なさらなくてもよかったのに。はい、氷。これで患部を冷やしてください。多少痛みが引くだけでも全然違いますからね」
氷水の入った袋をガーゼ越しに当ててもらう。腕やわき腹も同様に氷水で冷やされた。とても気持ちがいい。
「氷が解けたら交換しますのでいつでもお申し付けください。店の片づけが済んだらここに戻ってきます。ちょっとの間失礼しますね」
「すいません色々・・」
「当然のことですから」
美月さんは優しく微笑むと入り口の方へ向かった。
本当にしっかりした優しい子だなぁ。
彼女が向かった方向を見つめていると先ほどの水色の少女が入れ替わるようにしてやってきた。
横になる俺を見下ろしたまま微動だにしない。・・何か用なのかな。
「冷凍ゾンビ」
そう一言だけ呟くとまた元の席へと戻っていった。
・・なんというか、圏内はよく分からないことでいっぱいだ。