第6話「Welcome to AKIHABARA」
雨は止んで時折青空が雲の切れ目から見えた。霞んでいた視界も次第に回復してゆっくりではあるが歩くこともできた。アキハバラまではまだかかるそうで休憩を挟みながら二人の後を付いていく。
「見た目ボロボロだけど、よく歩けるなそれで」
満身創痍の俺を見て不思議そうに長瀬さんが尋ねる。
「奴らの仲間は顔とか上半身ばっか狙ってきたからこんなんでも歩くのに支障はなかったんです」
切れた口から漏れだす唾液を啜りながら答える。
「酷い傷だ。能力者同士の戦いだってこんなにはならない。そういえばまだ名前を聞いていなかったな」
「溝口恭弥です。・・圏外から妹とここへ」
「野田義郎だ。こっちの金髪は長瀬弘明。俺たちがいればもう襲われることもないだろう。とはいえまだ圏外だ。他の能力者から襲撃を受けることもあり得る。そんな体だからきつくなったらすぐに言ってくれ」
「あの・・」
「圏外からの訪問者だ。質問はたくさんあるよな。歩きながらでも教えてやろう」
壁の向こうは圏内だと思っていたが、野田さんたちはそれを否定した。
「もうずっと前の話だから真実ではないかもしれない」と前置きをつけて野田さんが話し始めた。
この世界は大昔に大規模な地殻変動によって滅亡の危機にさらされた。かつて日本と呼ばれたこの国も大部分が海に沈み、首都であった東京とその周辺地域を残すのみとなった。
世界では残された資源や土地の奪い合いが始まり、人口が極端に減少。極限の状態の中で人間はさらに滅亡に向かって進化を遂げた。
『第1世代』と呼ばれる超人類たちが生まれたのは地殻変動からそう長い年月も経たない頃だった。それは地殻変動が起こしたものか、人間の生存本能が生み出したものかは定かではない。とにかく人間はかつて夢想した神になった。
ある者は火炎を操りすべてを焼き尽くし、ある者は水を支配し全てを飲み込み、ある者は風を我が身とし、すべてを吹き飛ばした。
これが今現在東京にも存在する『第5世代』と呼ばれる能力者たちの始祖になったという。
「こうして世界は人間の手によって滅亡しました。・・まぁ本当に滅亡したのかは知る由もないからな」
「でもここは、東京はどういうわけかまだ『生きている』・・ですよね?」
野田さんはにやりと笑みを浮かべると今度は重々しい語り口調をやめて誇らしげに語り始めた。
「そう。他国が資源や土地の奪い合いをしてる間に俺たちのご先祖様は何をやっていたと思う?・・文化の保護だよ。笑っちまうだろ?人が生きるか死ぬかのライフラインを無視して文化を保護しようなんて考えたんだ。命よりも漫画やアニメ、音楽やファッションにすべてをかけたんだ」
「なんでそんな・・」
「他国とは文化に対する考えが違ったんだ。本来『人生を豊かにするための文化』だったんだがご先祖様たちにとっちゃ人生そのものになっちまってた。文化とは存在意義であり己の全てだったんだよ」
理解の及ばない俺を一瞥すると野田さんはまた得意げに笑った。
「でも滅亡後の世界だ。文化を生み出すための資源もやがて枯渇していく。それは今も変わりはない。俺たちにとっての文化も昔と同じだ。取って変えられるものではないし保護して受け継いでいくべきだと思っている。アキハバラについたらどんなものか見せてやるよ」
きっとお前も気に入るぜ。と長瀬さんも笑う。
彼らを見ているとほんの少しだけど文化の大切さが伝わってくる。
「資源が枯渇していくのなら文化は生み出せない。本来なら圏内総出でなんとかするべき事態なんだが一つ問題があった」
野田さんは少し間をおいて遠くをみつめる。まるで背の低いビル群の向こう側を透かして見ている様だった。
「文化が多様すぎたんだ。東京はかつてそういった多様な文化が集まる都市だったが街によって文化が住み分けられていた。住み分けられていた街の場所は今の圏内と重なる。圏内とはつまり文化圏の事を指している。」
「間接的には資源の争いと変わりはないんだがとにかく俺たちはその文化圏同士で争い、自分たちの文化を守ると同時に相手の文化をこの世から抹消することに全力を注いでいる。その文化圏の一つが俺たち『親衛隊』を中心としたアキハバラなんだ」
「まぁ、真っ先に抹消されそうな弱小文化圏なんだけどな」
長瀬さんが皮肉るように話した。これだけ強そうな二人なのに弱小なのか。他の文化圏はどれほどの力を持っているのだろう
「お前もその弱小文化を守ってる一人だろ?」
「だな、みすみすやられる気はないが」
低いビル群を進む。日も傾いて来るとその街並みに少しだけ変化があるように感じた。どことなく古びたようなビルが立ち並んでいた大きな通りは交差点を境に綺麗に整備され、真新しいビルが目立つ。ビルには電飾が施され、賑やかに光っていた。
「もしかして・・ここが」
「気づいたみたいだな。ここが俺たちの街、アキハバラだ」
眩しいまでの明かりに照らされた二人の顔は自信に満ちていた。
満点の星空が地上に落ちて眼前に広がったような光景に痛みなど消え失せていた。