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野田義郎、大地に立つ

「あの日、瓦礫の下で咲いていた花だ」

 見渡す限りの薄いピンク色の中から一輪だけ手に取ってそんなことを呟いた。

「ほんとだ。これと同じっぽい」

 沙織がワンピースのポケットから色あせた押し花を手に取って見比べている。色こそ違えど花弁の形がそっくりだ。


 風が吹くたびに花の香りが空に舞い、吸い上げられていく。それは空が呼吸するかのようだった。大地と空の息吹のちょうど真ん中でただただ沙織と話して笑いあう。これが一瞬で過ぎ去る夢だと気づいた時には俺は薄暗い闇の中に引き戻されていた。


 後頭部がズキズキと痛む。動けばほかの部位にも激痛が走るだろう。どうにか首だけ動かすと側で高田が倒れているのが見えた。起きるのは俺が先だったようだ。まだ傷も生々しいことから自分が気を失っていた時間もさほど長くもない様だ。


 立ち上がる俺を邪魔するのは高田ではなく体に刻み込まれた傷だ。奴とは違い一瞬の隙も許してはくれない。ようやく立ち上がって歩き出すころには全身から脂汗が噴き出て眩暈も覚えていた。壁に体重を預けてのそのそと進む。早く圏内に辿り着いて沙織に再会しなければ。


 三十分ほどかけてトンネルを進むと突き当りに鉄製の扉があった。カギはかかっていないようだ。沙織はここを抜けられただろうか。追っ手につかまっていないことだけを祈りながら扉を開けた。


 扉の向こうは日の光が分厚い雲越しに差していた。ここは外なのか。外ではあるが景観はさっきの薄暗い住居の並んだ通りとそっくりでどこか薄暗い。

 しばらく歩くと広い通りに出た。

「ここが圏内・・」

 自分の立っている場所はきちんと整備された通りのようだ。通りを囲むようにして圏外でも見れた住居が並んでいる。少し先には高層ビルの並びも見える。後ろを振り返るとあの壁が空の下半分を覆うようにそびえていた。

 

 人の数はまばらだが、誰もが俺の方をちらちらと見てくる。当たり前か。満身創痍の男が一人でふらふらと立っているのだから。


 期待こそしていなかったが一時間ふらふらしても沙織の姿は見えなかった。横に広いビル群の真ん中に背の高い木に囲まれた空き地があったのでそこでへたり込む。看板には公園と書かれていた。公園という名前の割には誰もいない。


 何かが頭上の木の葉を叩く音がした瞬間、雨が降り始めた。雨を見たのは随分久しい。次第に強まっていく雨。それでも雨よけを探す気力も体力も無く、へたり込んだままで雨音を聞いていた。俺がこうして倒れている間にも沙織の身に危険が迫っている可能性がある。あるいはもう・・いや、それだけはない。根拠もないが、沙織の身は安全だと信じていないと今にも心が折れそうだった。


 数分もすれば滝のような雨になった。傷口に雨水が染みてひりひりと痛む。耳には雨音しか入り込まなくなるほどの豪雨。そんな中で異音が聞こえた。

「おい」

 低く野太い男の声、寝転がったまま振り返ろうとした瞬間にわき腹を蹴られる。

「どうしてお前がここにいる・・?」

 見上げた先には高田の仲間らしき男が立っていた。

 長髪で高田とは一回りほど年が違いそうだ。奥にも若干小太りな男がいる。二人がかりか。じろじろと何も言わず二人を観察しているとそのまま胸倉を掴まれて殴られた。なんでこいつらそろいもそろって戦い方がゲスで一辺倒なんだ。


「ボスはどうした!?」

「トンネルで寝てるよ・・」

「ふざけんじゃねぇ!」

 先ほどの戦い同様、蹴り飛ばされるのは分かっていたが避けられるようなコンディションではなかった。ボロ布のように地面に這いつくばってまた血を吐いた。


「腹いせにぶっ殺してやる」

 腹いせ・・?なんの腹いせだ・・?質問すら暇も与えられずに攻撃の雨が降り注いだ。今日の天気は降水確率120%。傘じゃ足りないな。

 痛みからの解脱を望む精神が意識を体から切り離そうとしている。頭に靄がかかったように何も考えられず、痛みも徐々に消えていった。聞こえるのは雨音と男二人の怒号。死ぬのか。これ。


「おいあんたら!何やってんだ」

 後方から別の声が聞こえてきた。攻撃の手が止む。

「なんだぁ?お前には関係ないだろ?すっこんどけよ」

「関係ありありだよ。無抵抗な青年ボコボコにして、お前らそれでも圏内の人間かよ?」

「うるせぇ!邪魔しようってんならお前らも・・・・」

 長髪の男の声が消えた。

「おい・・どうした?」

「やべぇ、やべぇ奴が来ちまったよ」

 二人の声がたどたどしくなる。どんな男が来たんだ・・?


 やってきた男は二人組だった。二人とも体格が良く確かに強そうだった。一人は金髪でアクセサリーをちゃらちゃらと身にまとい、小さなバッグを肩から下げている。そのバッグは遠目から見ると、何かキラキラしたものがバッグを覆うようにして付いているのが分かった。

 もう一人は浅黒い肌で隣の男よりも背が高く、あまり見たことがないような絵が描かれたTシャツに背負ったリュックから二本の棒が突き刺さっている。


「へっ、ばれちまったようだな。やっぱ俺たち有名人だからなぁ。そう、アキハバラの最終兵器、長瀬弘明とは俺の事よ!!!!!」

 金髪の方がポーズを決めながら名乗りをあげる。

「・・いや、お前の方は知らない」

 長髪は即答だった。なんだったんだあの人。

「知らない!?知らないだと!?お前らモグリじゃねぇの!?」

「だが、そのリュックは聞いている。・・アキハバラの実力者、『ビームサーベルの野田』だな・・?」

「・・おい野田、なんでてめぇだけ有名なんだよ」

「仕方ないだろ?一応親衛隊の代表としていろんなところに顔出してるんだから。で、お二人さん。俺がビームサーベルの野田と分かったところでやる気はあるのかい?」

「・・上等だ!」


 高田の仲間がとびかかるのは早かった。だが、それよりも早くに野田という人はリュックから二本の鉄製の棒を抜き取り、右に持ったそれを飛び込んできた長髪の懐に当てた。

 殴るでも、突き刺すでもなく、優しく労わるようにして棒を当てたのだ。次の瞬間長髪が飛び上がった。

「熱っ!!!」

 すかさず野田の横から小太りがタックルをかます。野田は瞬時に左手に持った棒を逆手に持ち替えて、これまた優しく小太りの腕に押し当てる。長髪同様小太りも悶える結果になった。


「どうだい?ビームサーベルの味は?まだ味見程度しか食らわせてないけどな」


 彼の言うビームサーベルは50cmほどのそう大きくないただの鉄製の棒だ。サーベルという割には先端が尖っているわけでもない。悶える小太りが抑える腕に火傷跡があるということは、あの棒は触れれば火傷するほどの高温だということか。

 

「うおおああっ!!」

 長髪が再び飛びかかる。野田はそれを足払いし仰向けに転ぶ長髪の胸倉を掴んでそのまま地面へとと押し付けた。左手に持った棒を胸へと近づける。

「やめろっ・・!」

「・・お前案内人だろ」

「離せっ・・!頼むから」

「お前んところはどうやら法外な値段で圏外の人間を運んでるらしいな」

 棒が長髪の服をかすめる。

「今すぐ圏内から出て廃業するようにボスに伝えておけ」

「わ・・分かった!分かったから・・!!」

「本当か?お前らの言葉はあんまり信用できないからな」

 チリチリと服が焼け焦げていく。

「このまま胸を熱で貫通させることだってできるんだぜ?」

「やめろ・・!!絶対にボスに言う!!絶対に言うから!!!」


「・・だめだ。信用ならん」

 グッと胸に棒を押し当てた。

「てめぇぇえ!!覚えときやがれ!!戻ったらボスを引き連れて・・・・・・熱くない・・?」

「ほら言ったろ?信用できないってな。圏外に引き渡して戻ってこれないようにしてやる。長瀬、お前の出番だ」 

「あーあ。野田にいいところだけ持ってかれてまたこういうことだけやらされるのか」


 金髪は長髪の後ろに回って後頭部を掴んだ。

「おやすみクズ野郎」

 何が起こったのかまるで分からなかったが、長髪はそのまま気絶したように眠った。金髪はゆっくりと立ち上がり、未だ動けずにいる小太りの元へと向かう。


「まーだ動けねぇのかデブ。大丈夫だ、目覚めたときにはよくなってるから」

「・・待ってくれっ!!」

 金髪を呼び止める。

「どうした。こいつになんか用でもあるのか?」

「そいつに聞かなきゃいけないことがあるんだ」

「だってよデブ。ちゃんと答えねぇとまた痛い思いすることになるぜ」

「わ・・わかった」

「さっき、腹いせって言ったよな?沙織は逃がしたのか?あとお前の仲間はもう一人いたはずだ。そいつは今どこだ」

「・・・逃がしたがもう一人が追ってる。場所は知らない。あいつが捕まえたのかも逃がしたのかも分からない。だがあいつはは勘がいい。たぶん捕まえてるさ」

「・・もう寝る時間みたいだな」

 金髪がまた頭を包み込むようにして手を置くと小太りは意識を失っていった。






「今連絡を入れておいた。あそこに寝かしておけば引き取りにくるそうだ」

「・・・すいません、助けてもらって」

「当たり前のことをしただけだ。いったい何があったんだ?」

 二人に今までの経緯を話した。

「だから妹を探しに行かなくちゃいけないんです。なんのお礼もできなくて申し訳ないんですけど俺もう行かなくちゃ」

「待てよ、気持ちは分かるがそんな体で圏内をうろついてたらいつか死ぬぞ」

「でも妹はいま危険な状態かもしれない」

「二人の追っ手を退けたんだ。それに追っかけられてたら圏内の誰かが助けてくれているはずだ。まずは落ち着けよ」

 野田さんに諭されてその場に座り込む。

「とりあえずウチに来いよ。親衛隊なら情報もよく入ってくる」

「アキハバラの中枢機関だぜ?一般人じゃ滅多に入れないんだからな」


 座り込んだ俺に野田さんから差し伸べられた手を取る。

「俺たちの街の名前はアキハバラっていうんだ。すぐに気に入るさ」

 

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