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瓦礫の海

昔の人に言わせれば世界はとっくに終わっていて、瓦礫だらけの地上に望みも希望もないのだとすればその地の上で生活を営む俺たちは生ける屍だとでも言うのだろうか。


 ここ最近は瓦礫の撤去作業も進み具合がとても遅い。季節は夏、毎日が炎天下。照りつける日差しと熱された焼け石のような瓦礫で作業はもはや作業とは言えなくなっていた。下手に動けば数十分で死ねるこの季節は休憩も結構な回数ある。計算するような頭も持ち合わせてはいないが、きっと作業時間よりも休憩時間のほうが多いのだろう。それでも毎日わずかな金銭を稼ぐためにこの無意味でしかない作業を続けている。

「じゃあまた休憩にするからな。そろそろ腹も空くだろうから少し長めにとるぞ」

 現場監督の声もやっとの思いで絞り出したようだった。通るような声ではなかったがコンクリートジャングルに響くには十分すぎる。無言で焼け石を退ける作業員にその声を待つ以外の気力もない。

 

各々が日陰を探し、水分や食物を摂取する中で、できるだけ日陰を探しながら俺もうろうろといつもの場所へ向かう。この近辺はどういうわけか高い建造物が多い。昔は栄えていたのだろうか。それも今では崩れ、朽ち果て、住処にもならない無機物の塊でしかない。そんな元建造物の森の中で崩れて地上6mほどしかなくなってしまったビルの影が俺の休憩スペースになっていた。大きな地震でも来ればすぐにでも地上0階になりそうな脆いビルだが日中はずっと日陰になっているので休憩のたびに場所を選ぶような必要もない。

 腰を下ろすと余計に疲れが全身に回るようだった。言いようのない鈍い痛みが駆け巡り思わず「ぐおぉ・・」と声が漏れる。監督の言う休憩時間はほとんど気まぐれに近いのでそうのんびりしてもいられない。いそいそと風呂敷に包んでおいた人工培養肉の缶詰を開ける。それを今朝配給されたロールパンに挟み、一口で半分ほど口に入れたあと咀嚼する。ボソボソとした人工培養肉の僅かな油を口の中でパンに染み込ませて無理やり喉の奥に押し込んだ。

 

見渡す限り瓦礫の海。長年日に曝された瓦礫は真っ白に焼け付き、光を帯びたように陽炎とともに輝く。空の青とも相まって見かけだけは幻想的だがそこで生活する人々にとってはいい迷惑でしかない。迷惑という表現も少しおかしい気はする。もともとこの瓦礫の海で生まれ、育ち、瓦礫をかき分け死んでいく。ここの人たちは生まれた時点でそういう運命が確定してしまっている。泣こうがわめこうがすべてを受け入れるしかないのだ。


 この街、というよりもこの世界にはもう何もなくなってしまった。広大な土地も、人も、食料も、資源もすべて海の中か瓦礫の下だ。

 

 俺が生まれる百年以上も前に世界は終わった。突如発生した世界規模の地殻変動、残された資源の奪い合い、そしてとある異常現象。これらがもたらしたものがこの光景だ。嘆こうにも時が経ちすぎた。なぜ地殻変動が起こったのかも、人々が何を奪い合ったのかも、異常現象の詳細も何一つ詳しくは知らない。・・一つだけ心当たりがあるが杞憂に過ぎないだろう。ほつれた糸を引っ張っても布が解けていくとは限らない。

 ともあれ、あとは死ぬのを待つしかないこの世界をできるだけ幸せに生きていくしかないのだ。それでもこの絶望的な世界の中で命を懸けてでも生きる希望が欲しい。自分の生きる意味が欲しい。すべてを受け入れられずまだどこかで抗っている自分が情けなくて、どうしようもない憤りを瓦礫の破片に込めて、馬鹿みたいに青い空に向かって投げた。



 それからしばらく短い作業と小まめな休憩を繰り返し、なんの達成感も得られずに一日の作業を終える。

「ごくろうだったな恭弥。これは明日の配給のパスだ。妹さんによろしくな。明日はお前も休みなんだからたまには手伝いに行ってやれよ」

「はいはいどうも。それじゃあお先に失礼します」

 現場監督と軽い挨拶を交わしてわが家へと急ぐ。ようやく日が傾き始め、暑さも多少は和らいだような気もするが、吹き出す汗と募り続ける疲労感に眩暈さえ覚えるくらいにはまだまだ暑い。踏みしめる足は帰りたいという気力だけで前に進んでいる。もし、わが家がなくてあいつが俺の帰りを待っていないのならたぶんこの場で精魂尽き果てて息絶えているに違いない。


 東の空に星が輝き始めて空が群青に包まれる頃、ようやく街のはずれのわが家にたどり着いた。街とは言っても瓦礫を組み立てて作ったただの建造物の集合体で、生まれてずっとこの街で育ってきた俺でも粗末なつくりであるということはわかる。わが家もそんな瓦礫とさほど変わらない建造物の一部でしかないのだ。

 

 ただいまも言わずに居間へとあがり服を脱ぎ捨て、中庭に出て頭から水をかぶる。少量の水で洗い流される汗と、満たされる渇きの矛盾に身をよじらせながら濡れた肌で夏の夜風を感じる。決して涼しくはないがとても気分がいい。いつの間にか空は星で覆い尽くされ、群青の空も深い闇へと色を変えていた。その壮大な光景はいまだに慣れていない。ちっぽけな自分が広大な荒野に投げ出され、このまま星空へ飲み込まれていきそうな気がしていつも不安になる。そんな不安と濡れた体に吹き付ける夜風に身震いしながら部屋へと戻った。

 

 こんな世界でもちゃんと名前はある。こんな世界だからこそ名前にも縋りたくなるのだろうか。作業着をハンガーに掛け、「溝口恭弥」と書かれた名札を見ながらそんなことを考えていた。言うまでもなくこれが俺の名前であり、俺のすべてだった。あとは作業員のみんなと何も変わりない。瓦礫を撤去するただの人間だ。

「帰ってたんだ恭兄ぃ」

 奥から見慣れた顔が出てくる。

「うん。今日も大した作業もせずに早上がりだよ。沙織と同じ配給の方に就いた方がまだ稼げるんじゃないかなぁ」

「恭兄ぃが配給に就いたら食べ物全部ダメにしちゃいそうだからやめた方がいいよ」

 今日は少ないけど野菜ももらってきたから炒め物でもしようか。と言って沙織は簡易的に作られた台所へと向かった。台所にはガスコンロにまな板、あとは配給された水が保管してあるだけだ。それでも沙織の手にかかればおいしい料理ができる。兄として誇らしい限りだ。

「恭兄ぃ、お肉とって」

「ん」

 言われるがまま培養肉の缶詰を届けに行く。野菜を切る音は常に一定でそれが安心感すらもたらしてくれる。


 ちなみに恭兄ぃとは呼ばれているが彼女は実の妹ではない。小さいころからずっと一緒にいた妹分だ。年も一つしか違わない。十五歳になった沙織は背は相変わらず小柄だが、だんだんとあどけなさも抜けていったような気もする。面倒くさいからと伸ばしっぱなしにしている長い髪のせいだろうか。

「沙織、俺明日休みなんだけどさ」

「ん?恭兄ィも休みなの?久々だね休み被るの」

 手伝いにでも行こうか、と言おうとしたのだが沙織も休みだったとは思わなかった。さて、どうしようかと顎に手を添えて考える。

「じゃあこの前見つけた高いビルのところ行こうよ。昼間歩きたくないから明日は早起きしてよね」

 俺が考えるまでもなく明日の予定をちゃっちゃと決められてしまった。


「そいでは今日のばんごはんでーす」

 そして夕飯がちゃっちゃと作られ提供された。麦ごはんに青菜ともやしと培養肉の炒め物、それと青菜の茎が入った味噌汁だ。よくわからないがたぶんこれを家庭的というのだろう。食膳に手を合わせ、味噌汁をすすって、炒め物を口へと運ぶ。

「うん。今日もおいしいよ」

 一見質素に見える品であるが、培養肉の塩分が強いので味の調和がとれている。この塩辛い培養肉には貴重な調味料を使うのも少量でいいのでここの人たちには大変重宝されている。もとよりこれしかまともな蛋白源がない。

舌に残る塩辛さとともに再び味噌汁をすする。味噌も少量しか使われていないが、炒め物の塩辛さと相乗して自然としっかりした味付けになる。青菜の茎も歯ごたえがあって食べた気になる。少ない食材の中でこうした工夫が大事なのだなとしみじみ思いながら味噌汁も美味しいよと沙織に告げた。

「当然でしょ?何年恭兄ィの料理作ってると思ってるの?」

 それもそうかなんて笑って麦ごはんをかきこみ、あっという間に食器の上はほとんど空になる。満たされるほどでもないが文句も言っていられない。

「ご馳走様でした」

「じゃあ、後片付けはよろしく恭兄ィ」

「はいはいわかってるよ」

 あげる腰は鉛のように重く、両腕でそれを支え何とか立ち上がる。


「じゃあ明日は早いから私はもう寝るね」

「早いってどれくらい早くに出るつもりなんだ?」

「あそこまで歩いて四時間はかかるんだよ?夜明け前には出発するよ」

 何を言っているのと言わんばかりに答える沙織。まさかそんなに早いとは想像もしていなかった。

「大丈夫。恭兄ィが寝てたらたたき起こしてあげるから」

「せめて優しく起こしてくれないかな」

「それは恭兄ィ次第です」

 小悪魔的な笑みを浮かべて寝室へと消えていった。俺もさっさと洗い物を済ませて寝るべきだな。


 沙織の言う「高いビル」に行ったのは半月前くらいのことだ。珍しく空も曇っていて比較的涼しかったので、その日もたまたま休みだった沙織とどこまでも歩いてみようと荒野を歩いていた時にそれを見つけた。崩壊した建造物ばかりのなかで唯一形を残して地上に突き刺さる十五階ほどのビルは中もそれほど荒れているわけでもなかった。さすがにそれぞれの部屋は荒れていてかび臭さにむせ返りもしたが、階段は未だ朽ちておらず上って屋上まで行けた。

 重い扉を開けて生暖かい風とともにひらけた視界にはどんよりとした曇り空と一面の瓦礫の海がどこまでも続いていた。

「すごいね恭兄ィ」と胸を躍らせている沙織を余所に、俺はあまりの絶望に打ちひしがれていたのをはっきりと記憶している。改めてこの世界は終わっているのだと突き付けられ全身の力が抜けていくのを感じた。

「今度は天気のいい日に来ようよ」といつものサンドイッチを渡される。頬を緩ませる沙織に「お前は強いよ」とつぶやいてサンドイッチに齧り付いた。沙織はあの場所を気に入ったようだが、俺はまた来たいとは思えなかった。


 洗い物を終えて横になる。体全部の支えを地面に委ねるのは何時間ぶりだろうか。明日もできればこうして死んだように寝ていたいが、沙織がそれを許さないだろう。

 あの時見たあの光景はいつまでも忘れられない。何も無いというあの絶望感が蘇って胸をきつく締め付ける。それでも沙織が喜ぶのなら。

 隣で安らかに眠るその横顔が胸を締め付ける絶望をゆっくりと解いていくのを感じながら、降りようとするまぶたを優しく導いて、それから深い眠りにつくのに時間はかからなかった。



 手足を使ってなるべくしっかりと固定されている瓦礫を選別しながらよじのぼる。先頭を行くのはもちろん俺で沙織には俺の後をつくように言っておいた。瓦礫の撤去を長年していれば足場になる瓦礫とそうでない瓦礫の区別もついてくる。沙織は女の子だが体力は十分にあって、さっきから何度も俺を追い越そうとしてくるくらいだ。そのたびに「そこは崩れるぞ」と脅しをかけている。


 日も昇らない早朝、沙織の宣言通りたたき起こされ、頭の働かないままサンドイッチや水の入った重たいバッグを背負わされ、夜明け前の冷たい風で二度起こされ、暑くならないうちにさっさと進めと言われながら今に至る。

「あれがそうじゃないかな」

 少し高い位置にある瓦礫を登り切るとあのビルが見えた。まだまだ遠そうだが暑くならないうちにはあそこまでたどり着けそうだ。沙織様様である。

「・・ほんとだ。っと。恭兄ィこんなところ登る必要あったの?」

 あとからよじ登ってくる沙織。さすがに息も切れている。

「ちゃんと近づいているかどうか確かめたかったんだ。あと朝ごはんも食べなきゃだしね」

「しょうがないなぁ恭兄ィは。ちょっとだけだからね」

 サンドイッチを一つ掴んで口にほおばる。ああ、いつもの味だ。

 

 今日は昨日みたいによく晴れていてこの前よりもいい景色が望めそうだった。暑さを考慮しなければいいピクニック日和だ。そういえば帰りはどうしようか。この前はずっと曇っていたから帰れたけど、今日は日没近くまで待ってからでないと帰れない。

「おーい。早く降りてきてよー」

 気が付けば沙織はもう下に降りていた。なんて奴だ。

「ちょっと待ってろ!そこから動くなよ!」

 分かったーと元気よく返事して先を進む沙織。誰に似たのだろうか。


 そんな高速道中のおかげもあって昼前にはビルへとたどり着いた。すでに猛暑ではあるがピークはまだこれからだ。

「やっぱ大きいねぇ。さぁ、暑くなってきたし、さっさと登っちゃおうよ」

「お前よくせっかちって言われない?」

「早起きは三文の得!」

 よく分からないけどたぶんそれ意味違う。

 

 ビルの中は薄暗く、夜明け前に感じた寒さと同じだった。この場所だけ空間が違うような気さえする。異質な空気がまとわりつき、埃とカビのにおいも鼻につく。できるだけ呼吸を少なくするように心がけて階段を上がっていく。錆が目立つが軋むこともなくカンカンと二人分の足音を不気味なくらいビル内に反響させている。明りのない闇に慣れているとはいえ、言いようのない空気と恐怖にはさすがの沙織も少し慎重な顔をしている。

「もうすぐで着くから」

「うん」

 正直なところ、俺も少し心細くなっていたので隣を歩く沙織に声をかける。反響する足音に二人の息切れも交わるころ、ようやく屋上へと続く扉の前までやってきた。冷たく重い扉に手のひらを乗せてぐっと力を込めようとした瞬間、フラッシュバックのようにあの全身の力が抜けていく感覚に襲われた。この扉の向こうにはきっと何もない。どこまでも広がる瓦礫の海だ。今までだってそうだったじゃないか。

 扉の前で立ち尽くす俺の腕を沙織がそっと左手で掴む。鳥肌の立つ右腕が沙織の体温でじんわりと温められていくのを感じた。

「大丈夫だよ」

 俺の不安を察したのか一言だけ呟いて沙織が扉に手をかける。

「怖いし不安だけど、きっと開けなきゃ始まらないから」

 軽そうな体重を扉に預けて両手で開ける沙織。薄暗い屋内に光が差し込むと、俺も両手で扉のドアを精一杯の力で押し開けた。

 

 地上の生暖かい風とはうってかわって冷えた風が俺たちに吹き付けた。眼前に広がるのは暴力的なまでの青と白。照らされる幾億の瓦礫が目に突き刺さるように光り輝いている。

 前訪れた時よりも見晴らしがいい。だから遠くまで見通せる。もしかしたらなんて少しでも期待したのが間違いだったことはすぐに分かった。手すりにつかまりながら脳内に描いた夢想をもみ消す。それでも現実を受け入れるのが怖くて、もはや思考は停止したまま、日干しのようにその場で立ち尽くす。

 

 振り返ると沙織は強風にあおられる長い髪を抑えながら俺と同じように立ち尽くしていた。

「あのさ、恭兄ぃ」

 目配せすらせずに俺に話しかける沙織。それからも目を合わせることなく瓦礫の海を見据えながら続ける。

「この前恭兄ぃがここで思ったこととたぶん同じこと私も思ってたよ。たぶん今もそう。私ね、もう一回確かめてみたかったんだ。恭兄ぃが心の中ではいやだって思ってるのもなんとなく分かってたけど、私たちずっとこのままでいつしか死んじゃうのかなって、ここに来てどうしても確かめたかったの」

 沙織の言葉は震えていた。強風ですぐ飛んで行ってしまいそうなほど繊細でか弱い言葉を必死で紡いでいく。

「この前はここの景色全然見れなかったんだ。すごいなんて喜んでたけど本当は遠くなんて怖くて見れなかった。でも遠くの景色は恭兄ぃの姿見て分かっちゃった。恭兄ぃは・・しっかりと・・前を見てたんだよね」

 いつの間にか儚げな声も涙声に変わっていた。それでも俺は簡単な言葉すらかけられずにただ黙ってその姿に視線を合わせることしかできない。

「私、強くなんかなかったよ・・こんな世界に・・生まれてきた意味なんてないって、そんなの受け入れられなかったよ・・!」

 根を張ったような足を無理やりに動かしてゆっくりと沙織に近づきさっき彼女がそうしたように、震える肩に手を添えた。こうするのが正しいかどうかは今はどうだっていい。

「俺も強くなんかないよ」

 泣きじゃくりながら首を横に振る沙織。その頭を優しく自分の胸に寄せてそっと抱きしめる。

 

 俺は今までこんな小さな子を荒野の中で一人きりにしていたのか。こんな世界の中で必死で取り繕う彼女のことなんて何も知らずに、のうのうと自分の絶望にだけ打ちひしがれて生きていたのか。奥歯で自分の過ちを噛みしめながら喉の奥から断片的にでもへたくそな言葉を紡ぎだす。

「二人はきっと弱いからさ、これからもずっと二人で生きていこうよ。今やっと沙織のそばに立てたから。これからはずっと一緒だから」

 日は高く上り、風は止み、静謐な空気の中で俺たちは確かにこの世界で二人きりだった。


 ほどなくして二人で屋上のスペースを動き回って辺り一面に敷かれた瓦礫を見渡す。あと何百年撤去作業をすればこの世界は綺麗になるのだろうか。ほかにも俺たちと同じような人の住む集落でもないかと目を凝らしてみたりしたが収穫は無い。

「ねぇ恭兄ぃ!どうせなら一番高いところまで行こうよ」

 沙織が指さしているのは屋上の扉の上。錆びたアンテナのようなものがいくつか置いてある。登るのは少々至難の業だが無理そうなこともない。

 

 沙織を肩に乗せてなんとかよじ登らせてから自分もピョンピョン跳ねて縁をどうにか掴もうとするがあと少しのところで届かない。沙織は登ってそのまま奥へと進んでしまった。

「沙織ー!そっちはどうなってるー!?」

 少し待つが反応がない。

「沙織・・・?」

 タタタタと駆け寄る音がして上から沙織が覗き込み手を伸ばした。掴まれ、ということだろうか。心もとないが一瞬でも支えがあればなんとか登れるかもしれない。

「そっちはどうなってるんだ?」

 呆気にとられたような表情の沙織が「いいから早く」と俺を急かす。ジャンプして右手で沙織の手を取り、急いで左手で縁を掴み、壁を蹴りながらよじ登る。

「手、放すよ」

 沙織はそういって手を放すとまた向こうへと駆けていった。

 

 ここ周辺で一番高い場所からもう一度地上を見下ろす。自分の標高が少しだけ高くなっても、やはり俺たちが三百六十度瓦礫の海に囲まれていることに変わりはないようだ。

「ちょっと!早く来てよ恭兄ぃ!」

「一体なんだってんだよ・・」両手で埃を払い沙織のもとへと歩く。

「恭兄ぃ、あれ何?」

 沙織が指をさす方向をじっと見つめる。

「・・なんだあれ」

 自分の目を疑った。何度も目をこすっては遠くに見えるものが幻覚ではないことを祈る。

「恭兄ぃにも見えてるんだよね」

「ああ、しっかりみえてるよ」

 遠く向こう、南の方角にそびえたつ、いくつもの巨大なビル群。それら一つ一つがきっとこのビルの二倍や三倍もあるであろうその光景に、かつてないほどの高揚を胸の奥で感じていた。

「恭兄ぃ・・あれってさ」

「確証はないけどさ・・間違いないよ・・あそこに見えてるのは・・俺たちの希望だ」



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