前世の記憶、思い出しました
ある広いホールで立ち尽くす、〝少年〟がいる。まだ5歳くらいの子どもだ。
周りの大人も子どももそれを気にせず、〝王子〟だと王に紹介された子どもに賞賛や世辞を投げかけている。
そしてその少年ただ一人、他のもののように何かを言うわけでもなく、目の前にいる王子を見て、目を見開き、そしてーーーーー
「嘘でしょうーーーー?」
そう、呟いた
声は低かったが、分かる人が聞けばその声は〝女の子〟の声だと気づく。
そう…〝少年〟は〝少女〟だったのだ。
そして、その少女が呟いたその言葉は幸運にか、誰にも聞かれぬままに周りの喧騒の波に呑まれて行った………
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私の名前は木城紅葉。5歳。
宰相の〝娘〟である。
今私は城で開かれた王子の誕生日パーティーにて、〝ある記憶〟を思い出していた。
それは、この今私が生きている世界が、乙女ゲーム…『七つの罪〜君は誰と恋に落ちる?〜』の世界だという記憶。
このゲームは七つの大罪がモチーフにされ、攻略キャラはそれぞれ、七つの罪を表す。
七つの罪は『強欲』、『暴食』、『色欲』、『怠惰』、『憤怒』、『傲慢』、『嫉妬』、である。
あの記憶によれば恐らく、この記憶は〝前世の記憶〟と呼ばれるもので、今の私の現状は所謂、〝転生〟と言うものだろう。
粗方、脳内御花畑の人であれば、この自体はとても喜ばしいものであろう。
だが、私にとっては最悪な自体だ。
私の前世は女である。
今世も女だ。だが私は結婚する気などない。それよりも仕事だ、仕事……と言う思考が普通の私。
まあそんな私だから、前世でも結婚せずに生涯を終えた。世間で言う、アラフォーなのだ、私は。
だから、ここに転生したことを喜ぶ気もないし、楽しむ気もない。
ではなぜ私がこれをしてたかと言うと、妹が結婚もしない私を心配して、恋愛に興味を持つように無理やりやらせたのだ。
しなければ怒るよ?と脅してきた
年下、しかも妹だと侮ることなかれ、妹は怒るとほんっとうに怖いのだ。
そういうわけでこのゲームをしていた。ほんっとうにここに転生したのはいいことだとは思わない………が。
しかし、仕事はやり甲斐がありそうだし、あのゲームに〝木城紅葉〟という女は登場しなかった。
だから恐らく私はモブなのであろう。
そうでなければ困る。
ということで、なるべく関わらないように生きて行くと決めた…の、だが…
「君が僕に将来仕えてくれる子かな?」
…私は宰相の娘。
時期王には仕えなければならない。
よって、この目の前で私に気持ちの悪い、下げずんだ視線のまま、満面の笑顔を見せる性悪王子に、私は仕えなければならないのだ。
……マジで勘弁願いたいな。
あ、そうそう、言い忘れていたが、この目の前の気色悪い笑みを浮かべている王子の名は『狐神 真守』
この名前はゲーム設定によるもの。
ゲームの設定では真守は〝強欲の罪〟を表し、欲しいもののためならどんなことでもする汚いやつ。強欲を表す悪魔は、動物では狐などで表され、名前はマンモンと言う。
だから苗字に狐が入り、名前はマモルとなったのだ。
さて、王子の紹介も終わったし、これからどうするかな…
そしてこの場には、満面の笑みで宰相の娘を見る王子(下げずんだ笑み)、その王子を見つめ、笑みを浮かべる宰相の娘(目は冷ややか)と、そのそばで王と宰相はにこやかな顔(睨み合っている)という、はたから見れば微笑ましい。
だが、事情を知るものは口が引きつるしかない。なんとも言えない光景が広がっていたのだった……